3-4

 焼きうどんもバーベキュー肉もなくなりみんな満腹になった頃、直也の元にキリウがやって来た。手にはキリウが持って来た御重の一段を持っている。


「これ食べないか? 俺が作ったんだ」

 直也のいる一団に向かってキリウはそう言った。


 中にはころりと小ぶりな豆大福がみっちり詰まっていた。


「えー、ほんとにキリウ兄が作ったの? 食べる食べる!」

 直也が真っ先に手を伸ばすと留学生もそれに続いた。


〈これは何?〉

 豆大福を不思議そうに見詰める留学生の一人がエスラペント語で言った。


「これは『豆大福』。フルガの甘いお菓子だ」

 キリウがゆっくりフルガ語で言った。


 一口で大福を口に入れもごもごさせながら直也は言った。

「美味いよ兄ちゃん! 岡本屋の味だよ!」


「そーだろうそーだろう。ナオは違いの分かる男だな!」

 美味いと言われたのがよっぽど嬉しかったのか、キリウは顔中笑顔にして言った。


 留学生達も恐る恐る小さく一口かじり、顔をほころばせた。

〈美味しい〉

 口々に言う子ども達を見て、少し照れながら本当に嬉しそうに笑い、軽く鼻の頭を掻いた。



 バーベキューがお開きになり直也が片付けを手伝っていると、カイルがやって来た。

「カイカンをミましょう」


 近くでまだテントを畳んでいるキリウを覗い、直也は言った。

「もうちょっと待って。すぐ片すから」


 カイルは眉をしかめ、隠す気もないほど不機嫌になった。

「ジカンがありません!」


 今度は直也がむっとし、言い返そうとしたが、キリウの声にさえぎられた。


「直也、片付けはもういいから案内してもらえよ。カイル、忙しいとこ悪いな!」

 キリウは二人の不機嫌さに気付いていない様に軽く言った。

「直也。これ終わったら俺は一階ロビーにいるから、そこで落ち合おう」


 直也は『なんでこんな奴にわざわざ案内してもらわなきゃいけないんかな』と思いつつも、キリウの顔を立てる為しぶしぶカイルと歩き出した。


 直也とカイルはしばらく無言で留学生会館を歩いていたが、沈黙に耐えきれずに直也が口を開いた。

「カイルってどこから来たの?」


 カイルは一瞬ぴくりとしたが、何も答えない。

 直也は言葉が通じなかったのかと思い、もう一度ゆっくり言った。

「カイルは、どこから、来たのですか?」


 やはりカイルは答えない。ただ前を向きずんずん進んでいる。

 むっとしながらも、直也はもう一度繰り返した。


 カイルはようやく直也の方を向き、うるさそうに、そして直也の見間違えでなければ少し悲しそうに「キタ」と一言答えた。


 その馬鹿にした様な答えに直也は更にむっとし、その後二人は始終無言で会館内を巡った。


(こんなんじゃ全然面白くないや!)

 直也は腹を立てて思った。



 一巡りし一階ロビーに戻ると、キリウが町子と楽しそうに話していた。


 直也とカイルに気付いたキリウは、カイルに案内の礼を言った。

 次にキリウと直也は町子にバーベキューの礼を言うと、会館を後にした。


 仲養学校への帰り道、キリウは直也に尋ねた。

「直也、カイルとは仲良くなったか?」


 心配そうな顔で聞くキリウを見て、直也はさっきまでカイルに対して怒っていた気持ちを静め様としたが、それはあまり上手くいかなかった。


「どっから来たのかも教えてくれない奴と、仲良くなんかなれる訳ない!」


 しばらく無言で考えていた様だがキリウは口を開いた。

「カイルが自分で言うまで誰にもしゃべらないで欲しいんだけどな――」

 キリウは重そうに口を動かす。

「カイルはな、ルッサから来たんだ」


「ルッサ……この前戦滅試合したのに、留学生受け入れてんの?」


「あぁ。仲裁はあったが、フルガとルッサは世界大戦時からの同盟国だからな。本来は友好的な関係にあるんだよ。だからさらに悪化する前に仲裁が行われたんだ」


「ふーん。そういう事もあるんだ」

 直也はカイルがルッサ人だと聞いて、どうしてカイルが出身国を言いたくなかったのか納得した。

 ルッサは去年の戦滅試合から未だにフルガの敵国の様に言われているのだ。


「……分かった。誰にも言わないよ」

 直也の中でカイルの印象が一気に変わるのを感じた。


(今まで慣れない言葉や文化ですっごく大変だったろうな。しかも気を張っていなきゃいけなかっただろうし)

 直也は自分が想像するカイルの気持ちに同調し、悲しくなった。


(カイルはきっとフルガで自分はたった一人だと思って淋しくて落ち着かない気持ちでいるんだ)

 かつて自分が院にいる時に感じた悲しさを思い出しながら直也は思った。


 そう思うと、キリウと御犬がそう促している様に、素直にカイルと友達になってもいい様な、むしろ進んで友達になりたいと思う様になった。


「兄ちゃん、俺、カイルにエスラペント語教えてもらおっかな……。そんで、俺がフルガ語を教えるん」


 キリウはほっとした様に柔らかく笑った。

「そりゃいい考えだ! カイルのエスラペント語はちょっとしたもんだぞー。ナオがフルガ語教えるより上手いかもな」


 そこで一瞬考える様にし、キリウは続けた。

「……ただカイルがすんなり了解するとは思えないからな、いい口説き文句を教えてやるよ」


 キリウからカイルを説得する方法を聞きながら、直也は『待ってろカイル、絶対友達になってやる! 嫌がっても友達だって言い張ってやる!』とおかしな方向に進みそうな決意を固めた。

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