3-3

 不意にキリウから携帯の振動音が聞こえ、キリウは携帯を取り出すと「ちょっと悪い、電話だ」と言ってその場を離れた。


 丁度その時、会場がざわめいた。

 留学生の間で「オイヌ!」「オイヌ来た」という囁きが聞こえた。


 直也も皆が見ている方を見てみると、仲養学校の標準服を着た御犬がそこにはいた。


 場のざわめきを気にする事なく辺りを見渡すと、御犬は真っ直ぐにカイルの元へと歩いて行った。


 カイルの側へ行き何度か言葉を交わすと、御犬は再度会場を見渡した。

 周りと同様、成り行きをじっと見ていた直也と目が合うと、御犬は目を三日月型に歪め半ば引きずる様にしてカイルを直也の元へと引っ張って来た。


「やぁ水海君だっけ? 前は悪かったね」

 そんな事ちっとも思ってなさそうに御犬はさっぱりと言った。


 直也とカイルは微妙な心境でお互いを視界に入れない様にしていた。

 直也はしかたなく答えた。

「……こんにちは、御犬先生」


 御犬はカイルをぐいぐい直也の前に押し出し、脅しとも採れる迫力ある笑顔で言った。

「こいつカイルっていって俺の……弟子? みたいなもんなんだけど、今フルガ語勉強中なんだ。しばらく相手してくんないかな?」


 直也が口を開くより前にカイルが言った。

「バーベキューがオわったら、このタテモノを、このヒトにミせます」


「なーんだ。もう友達だったんだ。そりゃ余計な事したねー」


 直也は『え、会館案内してもらうだけで友達って言うの?』と思ったが、御犬が嬉しそうに直也とカイルを交互に見るので、何となく頷いてみた。


 カイルはというと、真剣な顔で、

「トモダチというコトバのテイギはナンですか?」

とこの台詞だけやけにすらすらと言った。

 言いなれている様だ。


「うんうん、なんだろうねー。じゃ水海君、教えたげてね」

 御犬はそう軽く言いその場を離れ様としたが向かって来る人を見、にやりと笑い足を止めた。

 キリウが戻って来たのだ。


 キリウは御犬を見て一瞬足を止めたが、カイルと直也が一緒にいるのを見て嬉しそうに目を細めてやって来て言った。

「こんにちは、御犬先生」


 一度御犬は「こんちは」と言ったが、カイルが視界に入り「こんにちは、真納先生」と言い直した。

「確か先生がカイルの担任でしたよね。……よろしくお願いしますよ、ほんと」


「どういう意味ですか」

 キリウは眉を顰め言った。直也はキリウが目に見えて不愉快そうにしているのを初めて見た気がした。


「そのままの意味ですよ」

 御犬はひょうひょうと言い放ち、続けた。

「まあ取り敢えず、今日は安心しました」


 少し驚いて目の前のやり取りを見ている直也を見て、御犬はにっこりと笑った。


 キリウと御犬は、しばらく言い争いの様な会話を続けて直也をはらはらさせたが、御犬はただキリウをからかっているだけなのを感じ取り、安心して食欲に従う、つまり皿の上の肉に取りかかる事にした。


 串の真中辺まで食べた時、カイルが何も持っておらず、食べていない事に気が付いた。

 御犬に引き摺られて来たので木の下に皿やコップが置きっぱなしなのだ。

 直也は少し悩んだが、皿の上にある串を一本カイルに差し出した。

「やるよ!」


 キリウと御犬の会話に聞き取りの練習の様にじっと耳を傾けていたカイルは、急に声を掛けられて驚いた様だ。


「やるよ!」直也はもう一度言った。


 カイルは不思議そうな顔をし、「ヤルヨ?」と繰り返した。

 意味を推測している様だ。

「ボクにそれを、あげるという、イミですか?」


「そうだよ。あげます」

 分かりやすいかと思い、カイルの真似をして直也は言った。


「ありがとうございます。しかし、ヒツヨウありません」

 カイルは差し出された串を見るのも嫌そうに視線を反らせた。

「ボクはニクが、スきではありません」


「え! 肉だよ肉! しかも牛! 何で嫌いなの?」

肉を嫌いな人がいるなんて初めて見て、直也はびっくりして言った。院では肉はどんな料理でも真っ先になくなっていたのだ。


「コタえません。ナゼならそれは、とてもコジンテキです」


「ふーん」

 直也は食べ物の好き嫌いに個人的じゃない事なんてないんじゃないかと思ったが、面倒臭いので黙っていた。


「ボクはキのシタにトりにイきます、サラを」

 そう言ってふいっとカイルは直也の側を離れ、木の下で再び本を読み始めてしまった。


(なんてマイペースな奴!)

 直也は思ったが、大して気にせず、町子先生が作っている焼きうどんの鉄板の側に移動した。


 珍しいのか何人かの留学生が興味深そうに焼きうどんの鉄板の側で、できあがっていくのをじっと見詰めていた。直也も釣られてしばらく見ていたが、しょうゆが加えられその香ばしい匂いに我慢できず「先生、もう食べれる?」と聞いた。


「食べられるわよ。お皿出して」


 言われるままに皿を出し、湯気の立つうどんをよそってもらった。直也はさっきまで肉やサラダ、おにぎりを食べていたのが嘘の様な勢いでうどんを頬張った。


 直也がうどんを食べるところを珍しそうに見ていた留学生の一人が直也に言った。

「~~~ウドン~?~~~?」


 直也はうどんという単語は聞き取れたが、それがエスラペント語なのか他の言語なのかも分からなかった。

 直也がどうしたものかとまごまごしていると、町子が助け舟を出してくれた。


「うどんを汁につけなくていいの? これは何て言う料理? って聞いたのよ」

 町子は微笑んで、続けた。

「直也君、エスラペント語は戦滅師には必須よ。ここの子達はみんな母語以外に

エスラペント語は話せるわよ」


 人工的な国際共通語であるエスラペント語を母語とする国はまだなく、つまり留学生達は一から勉強して意識的にエスラペント語を習得し、更にフルガ語を勉強しようとしている訳で、直也は『留学生って凄いなー』と感心した。


 感心しながら直也はうんうん頷き、うどんについて聞いてきた留学生に慌てて答えた。

「焼きうどん」

 焼きうどんの皿を、箸を持った手で指差し言った。


「ヤキ・ウドン?」不思議な発音でその留学生は繰り返した。


 うんうん頷き直也も少し不思議な発音で言った。

「イヤー。ヤキウドン、ヤキウドン」

 直也はそれしか言えない自分を恥ずかしく思った。


 その後を受けて町子がエスラペント語らしき言葉で何かを話しだしたが、直也はうどんと何回か聞こえた事から、それが焼きうどんの説明だという事ぐらいしか分からなかった。


(エスラペント語。……やっぱりちゃんと勉強しなくちゃかな)

 中学での成績を思い出し、直也は心の中でため息をついた。


 その後直也は、その留学生の一団はフルガ語も少し話せるという事で、エスラペント語とフルガ語の単語と身振り手振りで話しを続けた。

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