3. バーベキューと無愛想な奴

3-1

 授業と共に新しい生活が本格的に始まった頃、直也は廊下でキリウに会った。


「直也、明日空いてるか?」


「えーと明日はー。岡本屋に行こうと思ってるんだけど」

 照れくさそうにキリウから目をそらせ、顔を少し赤らめながら直也は言った。

「なんで?」 


「んー、ミッちゃんかー? ナオもなかなか隅に置けないよなー」

 キリウはからかう様に言うと、直也のほっぺたを軽く引っ張り自分の方に顔を向かせた。


 ミッちゃん、岡本ミツは直也の文通友達で、もとはと言えばキリウが二人を引き合わせた様なものなのだ。


 ある日キリウが院の子ども達のお土産にと豆大福を買おうとしたところ、話しの流れでそれをミッちゃんに話した。

 それじゃあ院の子ども達にいっぱい食べてもらおうと、ミッちゃんはキリウに小山の様に店中の和菓子を詰めて持たせたのだ。

 キリウは一言ずつミッちゃんに御礼の言葉を書く様にと子ども等に一枚の便箋を回したのだが、豆大福の美味しさとミッちゃんの優しさに感動した直也は一人で便箋二枚使い豆大福がどれ程美味しかったか、自分がいかに感動したかを書きつづったのだ。

 キリウにより届けられた直也の手紙に『こんなに喜んでもらえて嬉しい』と感動したミッちゃんは、その気持ちをしたため、次にキリウが店を訪れた時に直也に渡す様頼んだのだ。


 それからキリウが院に行く時は必ず、岡本屋のお菓子とミッちゃんから直也への手紙が付く様になった。


 因みにキリウは学生時代から岡本屋の常連で、岡本屋主人の孫娘、ミッちゃんとは彼女がまだ小学生だった時からの知り合いなのだ。


 直也が真っ赤になって黙っていると、キリウは言った。


「明日バーベキューパーティがあるんだけど、直也に来て欲しいんだよ。留学生会館の新入生歓迎会なんだけど、参加するフルガ人の生徒が少ないらしくてさ。どうだ、直也?」


 キリウに頼られるこそばゆさと文通でしか知らないミッちゃんに初めて会える嬉しさを天秤にかけ直也が返事を渋っていると、キリウは独り言の様に言った。


「そう言えば来週の日曜日、俺も岡本屋に用事があるんだよなー。ミッちゃんも美味しいお茶を用意して待っててくれるって言ってたっけなー。直也君も一緒に来るといいのにって言ってたなー」


「えっ、キ、先生! ほんとにミッちゃんそう言ってた? 絶対? 俺の事待ってるって言ってた?」

 ミッちゃんが待っていてくれると聞いて、直也はすぐにでも岡本屋に向かって駆け出したくなった。

 しかし、以前手紙の中で岡本屋は日曜は休みだとミッちゃんが書いていた事を思い出し、疑わしげにキリウに問いただした。


「でも、先生。岡本屋、日曜は休みだってミッちゃん書いてたよ」


「ふふん、なんでだろなー。不思議だなぁー。来週岡本屋に行けば分かるかもなー」

 惚けた口調でキリウは言った。

「それにナオ、岡本屋の場所知らないだろ?」


「……うん。じゃあ岡本屋には来週行く」


 キリウの顔には、嬉しいほっとしたとはっきりと書いてあった。


「そっかそっか。じゃ決まりだ。明日正門十一時に待ち合わせだ。特に何も持ってかなくて平気だけど、少し準備手伝ってもらうから汚れてもいい動きやすい服装で来いよ」


「分かった。……先生、来週の事忘れないでよ!」


「了解了解。明日うっまいもん食わせてやるから楽しみにしとけよ!」


 そう言うとキリウは昔よくした様に直也の頭をバスケットボールを掴む様にぐりぐりと撫で、「じゃ、明日な!」と上機嫌で歩いて行った。

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