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 次の日、慣れない環境でどたばたしながらも、直也と草野は遅れずに、むしろ少し早めに中講義室に着いた。


 教壇を中心にすり鉢状に設置されている椅子に笹梅が座っているのを見付け、直也は笹梅の隣に座った。


「じゃぁ」と直也に軽く手を挙げ、草野は二組が固まって座っている方へ向かって行った。


 中講義室には一年生が半分位と、笠間、兎留場、それにキリウがいた。


(もしかしてキリウ兄が一年二組の担任?)

 直也はキリウが担任を持つとは聞いていなかったので驚いた。

 前、直也がキリウに何の教科を教えるのか聞いた時、護身術だとは聞いていたのだが。

 今キリウは真面目な顔で笠間、兎留場と共に打ち合わせをしている。


「あいつが『人嫌い』かな?」

 キリウをじっと見詰める直也を見て、笹梅が言った。


 知らないとは言え、キリウを『あいつ』呼ばわりされたのと人嫌いと思われた事にむっとし、直也は声を抑えながらも勢い込んで言った。


「人嫌いなんかじゃないよ! すっごい面白くて優しいよ!」


 笹梅はきょとんとして言った。

「直也、あの先生知ってるんか?」


「うん! 俺の兄貴みたいな人。小さい頃から面倒見てもらってる」


「ふーん」

 笹梅はちょっと詰まらなそうに言った。自慢の姉が少し霞んだ様で詰まらないのだろう。


「笹梅の姉ちゃんが言ってたの、ただの噂なんじゃないかな?」

 直也は言った。


 笹梅が今度はむっとして言った。

「姉ちゃんが嘘言ったって言うのかよ」


 直也は手を目の前で振り、慌てて言った。

「そんなんじゃないよ! ただ何とかトリオっての、笹梅の姉ちゃんも人からそういう話を聞いただけなんじゃないの? 笠間先生が酒臭かったのはただの偶然で!」


「『自虐トリオ』。……姉ちゃんに聞いてみる」

 納得いかない顔をしながらも笹梅は言った。


 そこで授業開始の鐘が鳴り、教壇に兎留場が立ち言った。


「皆さん、おはようございます。これより本校の制度案内を始めます。皆さんの殆どが大体ご存知だと思いますが」

 兎留場は生徒をぐるりと見渡した。


 兎留場の言葉を聞きながら、直也は何故か単術試験の時に見たキリウの古傷が頭を掠めたが、すぐに説明を聞くのに集中した。


 スクリーンに図や表を映しながら、兎留場、キリウ、笠間の順に説明が進んでいった。


 説明をまとめると次の通りだ。


 仲養学校はフルガ国立の仲裁師や仲裁に関わる人材を育成するための学校で、他の学校とは異なり、文部科学省と防衛省の下に位置する(因みに直也は、それがどう他の学校と違うのかよく分からなかった)。


 仲裁師の九十パーセントがこの学校を卒業しているが、御犬共樹の様に仲養学校には通わずに仲裁師登録試験を通ってなる者もいる。


 仲裁師には、Ⅰ種、Ⅱ種、Ⅲ種があり、仲養学校の学部を卒業すると自動的にⅢ種に登録される。

 それからⅠ種、Ⅱ種の登録試験に受かるとそれぞれの階級に登録される。

 Ⅰ種仲裁にはⅠ種仲裁師しか出場できず、Ⅱ種仲裁にはⅡ種仲裁師しか、Ⅲ種仲裁にはⅢ種仲裁師しか出場できない。


 Ⅰ種仲裁では殺人も罪とはならず、つまり戦争と同意と見なされ、主に国単位の仲裁で行われる。


 Ⅱ種仲裁では基本的には人命を奪う事が禁じられており、主に国内大企業間で行われる。


 Ⅲ種仲裁はⅡ種と同じく殺人は禁止されており、Ⅱ種行われるものの規模が小さくなった様な感じだ。


 仲養学校には中学を卒業した十五才から入学可能で、基本は学部の五年生までで、所定の単位を取得すれば準学士の学位とⅢ種仲裁師の資格が得られる。


 専攻科と呼ばれる二から七年間のさらに上の教育機関もあり、取得単位数や研究論文によっては学士、修士、博士の学位を取る事も可能だ。

 ただ学部から仲養学校にいた者が修士と博士に進むのは稀で、それらの学位には違う大学を出た者が編入してくる方が多い。


 学部では一、二年まで普通高校と変わらない科目とそれに何教科か専門の科目を受けるだけだが、三年から生徒それぞれの専門、例えば剣術、忍術、魔術等を中心に学んでいく。

 因みに一、二年でも部活動として自分の専門を学ぶ事も可能だ。


 教科数が多い事から必然的に他の高校と比較するとかなり学ぶ時間が長くなる。週休二日だが、一日の授業時間が長く、一年は朝九時半から夕方四時近くまで授業が続く。 


 高校で必要な単位は一から三年で取れるので、四年次に進まずに他の大学に入る事も可能だ。


 部活は自由参加だが、大体の生徒はいずれかの部に入っている。部活は基本的に夜七時までと決められている。


 生徒数は学部と専攻科合わせて五百人程で、今年の一年生は三組合わせて六十二人、一クラス約二十人となる。


 学費、教材費は無料、希望者には奨学金という形で、生活費、寮費が無利子で貸し出される。

 好い事尽くめの様に思えるが、仲裁師の資格を取得した際には、在学年数や奨学金の金額に応じて一定期間または一定数、フルガ国お抱えの仲裁師として仲裁試合に出なければならない。

 その期間は『年季』と呼ばれる。

 年季中に出場拒否したり、年季を半永久的に全うしなかった場合、例えば海外に移住したり自ら命を絶ったりした場合、その保証人にその仲養生の学費、奨学金、さらにその何倍もの違約金の支払いが要求される。

 ただし年季中に仲裁試合によってその者が亡くなった場合、それらの支払いは殉職手当てで支払われ、その残りの額が保証人、または遺族に支払われる。


 これを聞いて直也は、

(キリウ兄に保証人になってもらえてよかったー。院長先生に頼んでたら、お金の事でまた余計な心配かけちゃうとこだったもんな)

と院の金欠振りを回想し思った。


(それにもちろん兄ちゃんに金払わされる積もり無いけど、キリウ兄なら仲養の教師してる位だからお金の心配なんてなさそうだし。なにしろ一個二百園(えん)、豆大福が基本です! の『岡本屋』の常連みたいだし)

 直也はキリウが院に持って来てくれた岡本屋の豆大福の事を思い出した。


(どっしりした貫禄あるあの形。保存料添加物無し、本物の餅の歯応え。べろを優しく包みこむ様な甘さの粒餡―漉し餡もまた美味しい! そんな大福としての調和に新風を巻き起こす塩味の豆のゴロッモソッとしたあの触感。…それに看板娘もすっごいいい子だし!)


 直也は仲養学校の近くにあるという岡本屋に、休みになったら真っ先に行こうと改めて決心した。


 直也が岡本屋に思いを馳せ、顔を多少赤らめながら腹を小さく鳴らせているうちに制度案内が終わり、昼食の時間となった。直也と笹梅は一般棟一階にある学食に歩いて行った。

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