2. 仲裁師養成専門学校
2-1
柔らかに桜咲く四月。国立仲裁師養成学校、大講義堂では入学式が開かれていた。そこは新入生とその家族、在校生、学校職員、合わせて五百人程の人々で埋め尽くされていた。
「諸君、入学おめでとう」
ステージの真ん中に立つ柳田校長が言った。
「この学校は承知の通り他校とは異なり、諸君は良くも悪くも貴重な経験を多く積む事となるじゃろう。辛く苦しい時もあるやも知れぬ。そんな時こそ、自分の本当に目指す道を見失わず、広い視野を持って立ち向かって欲しい」
柳田校長はそこで新入生一同を見渡すと、皺だらけの厳つい顔に笑みを浮かべた。
「長話は好かんのでここで止めるが、最後に、悔いの無いよう修行し、学び、遊び、この学校での時間が諸君にとって楽しきものとなる様願っておる。以上じゃ」
校長がそうまとめるのを最後に、式はあっさりと終わった。
入学式の後、新入生はそれぞれの教室に行く様指示があり、直也もそれに従った。
約六十名の新入生は三つの組に分けられており、直也は三組だった。
中学の頃と大して代わり映えのしない教室に入ると、それぞれの机に名前が印刷された紙が置いてあり、ホワイトボードに書かれている指示に従い直也は自分の名がある席へ着いた。席には校内見取図など何枚かのプリントが置かれていた。
「よっ、お互い受かって良かったな」
そんな声に後ろを振り返ると、そこには単術入試の時に会った少年、笹梅がいた。
「あーまた会えた。えーと、
直也は机にある名前を読みそう言った。
「よせやい、笹梅でいいよ。お前、名前は?」
笹梅の席からだと直也の机に置かれた名前が見えないのだ。
「俺、水海直也! 直也でいいよ」
「じゃ、直也。うちらの担任って誰だか見たか?」
「ううん」直也は首を横に振った。
「俺もまだなんだけどさ、知ってるか? 姉ちゃんが今の一年生は担任が担任で大変だって言ってたぜ」
「何で?」
「一年の三人の担任、揃って『自虐トリオ』って呼ばれてるらしいぜ、仲養じゃ」
「ジギャクって何?」直也は意味が分からず聞いた。
「……よく分かんないけどよ、とにかくやけっぱちっていうか、やる気ないらしいぜ」
「何でそんな人達が担任なんか任されるんだろ?」
「さぁ。で、姉ちゃんが言うには、『アル中』と『人嫌い』と『自殺未遂』らしいぜ」
「それって先生務まるの?」
「さぁ? でもどれに当たってもやだな」
笹梅がそう言い終わらないうちにガラリと前の戸が開き、二十代後半から三十代前半の男が入って来た。途端に教室中にアルコール臭が漂う。
男は、黒髪がほとんどのフルガ人にしては珍しく紅茶色の髪をもち、それで顔の左側を覆う様にしている。
生え際からその色なので髪を染めている訳ではなさそうだ。
体躯は比較的小柄で痩せ型だが、その鷹揚な態度からか小さいという印象はあまり受けない。
アルコールのせいか赤い顔をしているが、その濁り少ない赤さから色が白いのだと覗える。眉毛も紅茶色、アーモンド型の目も薄茶色と全体的にフルガ人にしては色素が薄い様だ。
男は教卓に荷物を置くとだるそうに口を開いた。
「よう。俺が担任の
笠間が口を開く度にアルコール臭が強くなる。
笹梅が直也を後ろから突付いて「アル中だな」と言った。
「まだましかもね」直也も後ろを振り返り小声で言った。
「はっきり言って、俺ぁおめーらに一々お伺いを立てて面倒見る積もりはねぇ。勝手にやれ」
笠間は抑えようともしないあくびと共に言った。
生徒達はぽかんとして笠間の言う事を聞いている。
「校長も言ってたが、この学校は中学や他の高校とはまったく違う。やる気がある奴はフルガ最高レベルの勉強や鍛錬を好きな様にできるが、やる気がねぇ奴は奨学金がでる五年間を遊んで過ごしてもいい。……但しそういう奴はすぐにおっちんでその殉職手当てで奨学金を返す事になるがな」
笠間はにやりと笑い、続けた。
「まぁ、脅すのは明日の制度案内までとっとくとして……そんな訳だ」
話す事に急に飽きた様に、笠間はそこで言葉を切った。
直也は(どんな訳だ!)と思ったが、クラスが静かだったので黙っていた。
「こん紙に今日クラスでする事が書いてあっから、この通り色々やってくれ。学校案内までいったら説明するんで起こしてくれ。以上」
笠間はそう言うと、これまたアルコール臭の染み付いたワラ半紙をホワイトボードのど真ん中に磁石で止めた。
そして教卓から少し離れた教室の隅にある教師用机に着くと、両手に顔を埋め堂々と寝始めた。
呆気にとられ暫く黙っていた生徒達だが、本気で笠間が寝始めたのを見て、ばらばらとホワイトボードの前に集まってきた。
そこに貼られたワラ半紙は一年の担任向けに配られた書類で、入学式の日に行うべき次の事項が書いてあった。
担任紹介、生徒自己紹介、クラス委員選出、校内案内、今後のオリエンテーションについて(学校制度案内、授業案内、奨学金制度説明、等)。
生徒達はざわめき戸惑いながらも、笠間が一向に起きる気配を見せないので、机の順で自己紹介をしていった。
じゃんけんで決まった委員長、
笠間はけだるそうに教卓へ着くと話し始めた。
「机の上に校内見取図があるはずだ。で、みりゃぁ分かるが、校内はこんな風になってる」
直也が図を見ると、大雑把にいって北を山に覆われ、南に街並みが広がっている。
西と東は森で、そんな中仲養学校の敷地は正方形の壁にきっちりと囲まれている。門らしき物は街に面した南側に一つしか見当たらない。
敷地内には、十階建ての一般棟を中心に、南西に中型コロシアム、南東に医療棟とちょっとしたスーパーマーケットと郵便局、北西に図書館と学生寮、北東に幾つかの実験棟と幾つかの体育館が書いてあった。
「じゃ、校内を実際に歩くぞ」
そこで笠間は五霞を見て続けた。
「適当に二列んなって付いて来い。五霞、皆が邪魔になんねー様任せたぜ」
言われた委員長は誇らしげに口元を引き締めると「はいっ」と元気よく応えた。
教室をでて、直也は笹梅の横に並び言った。
「俺、アル中先生そんなに嫌いじゃないかも」
「えーあいつすっげーやる気ねーじゃん。俺は引いたね」
直也の顔をまじまじと見詰め笹梅は言った。
「生徒に任せっきりで寝るのってどうよ?」
「んー、でも成り行き聞いてたんじゃん? 委員長が五霞君に決まったって知ってたし」
「そっかー? ただ起きた時にホワイトボードに書いてあった委員長とかの名前見て分かったんじゃん?」
笹梅の言葉に、直也は首をひねり「うーん、そうかも」と呟いた。
そんな事を小声で話しながら、校内の赤い鯉が泳ぐ池や満開の桜並木をのんびりと歩いて行った。
じんわり体を芯から暖める様な春の日差しに、直也は幸せな気分になった。
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