1-6
一通りの応急処置が終わると御犬は不機嫌そうに言った。
「あんたら、しゃべってる暇があったら止血ぐらいしろ」
「うむ。悪いが御犬、キリウを医療棟まで連れて行ってくれぬか」
校長は御犬を見てそう言った。そしてキリウの方を向くと、厳しい口調で言った。
「キリウよ、お主の気持ちが分からんでもないが、これはやりすぎじゃ。懲罰に値する」
ここで言葉を切ると、校長は御犬に行く様軽くあごをしゃくり合図した。
「申し訳……ありません」
キリウは未だ呆然とし、やっとそれだけ呟いた。
御犬がキリウに肩を貸し、トイレを出ようとすると、校長はキリウの背中に慈しむかの様に言った。
「お主を想う者達がいる事をゆめゆめ忘れるな」
キリウはゆっくりと振り返り、「はいっ」と呟くと、再び背筋を伸ばし凛と立って言った。
「直也、試験が終わったら医務棟まで来てくれないか」
「うん。……俺の為に、ごめんね。兄ちゃん」
直也が言うと、キリウは何もなかったかの様に、ただ苦笑して言った。
「お前が謝る事じゃないだろ」
そう言うとキリウと御犬は、今度こそ本当にトイレを出ていった。
残った三人、校長、キミドリ、直也は校長に促されトイレから体育館の椅子に移動した。
「さて水海」
校長は真っ直ぐに直也を見て言った。
「お主、未だこの学校に入ろうという意志は変わらぬか?」
直也は一瞬キリウの事を考えたが、すぐに今までずっと望んできた事を思いだし、「はいっ!」と大きな声で答えた。
「では、合格じゃ」
校長はあっさりそう言うと、髭を撫でながら続けた。
「この面接試験は、受験生の覚悟を見るためのもの。お主の覚悟は先程十分聞かせてもらったのでのぉ。実技もその年にしてはなかなかのものじゃったしな」
「校長!」
キミドリはキリウの願いを思い、非難する様に思わずそう叫んだが、後を続けられなかった。
「何より、キリウのせいで時間が押しておるのでのぉ。では水海、お主はここで解散じゃ。正式な通知は一ヶ月以内に郵送するので、後はその指示に従う様に」
校長はそう言うと表情を柔らかくした。
「医務棟はこの体育館の入口にある校内図を見ればすぐに分かるじゃろう。すまんが、キリウには今日一日そこにいる様に、御犬には最後の受験生に間に合う様に戻れと伝えてもらえんかのぉ。筋術系の受験生は、後はその子だけじゃからの」
心構えなく聞いた合格通知に驚きながらも、直也はキリウの様子が心配で言い捨てる様に「はいっ。今日は試験、ありがとうございました!」と言い、駆け出した。
直也ははやる気持ちをそのままに急いで医療棟へ向かったが、初めてのしかも広い校内で十分ほど迷ってしまった。
やっと医療棟を見付け駆け足で入り、五歩ほど受付を通り過ぎたが、キリウのいる部屋が分からない事を思い出し慌てて受付へ後戻りした。
受付の人に聞くと、一般外来Ⅰにいるらしい。
直也は目的の部屋の前に着きノックをしようとしたが途中で手を止めた。御犬の責める様な声が聞こえてきたのだ。
「……誇りがなきゃやってられないでしょ、仲裁師なんて。他人の為に体を張るなんてね。それを教えられない、むしろ潰す様な教師なんていらないよ」
声が小さいのか黙っているのか、キリウの声は聞こえない。
「転職しなよ。あんたも辛いんでしょ」
口調を変え、労わる様に御犬は言った。
やはりキリウの声は聞こえない。
「じゃ、俺もう行くんで。お大事に」
そんな声がして戸が開き、御犬が出て来た。
直也と目が合うと一瞬にっと笑い、次の瞬間直也の頭を片手で掴み、憎んでいるのではないかというぐらい笑みを深くした。
いきなり頭を掴まれた事に驚いた直也は、飛び退こうとしたが、御犬の細い体のどこからそんな力が出ているのか、いくら手を退け様と手足を動かしてもミシリと御犬の筋肉に力が加わるだけだった。
「御犬先生、何してるんですか!」
声と共に、開いたままになっている戸から胸を庇う様にしてキリウが飛び出してきた。
胸のやや下の辺りまで巻かれた包帯が上衣の合わせから覗いている。
一瞬緩んだ御犬の手からすかさず逃れると、直也はキリウの側に駆け寄った。
「直也! 大丈夫か? 気持ち悪くないか?」
キリウの尋常じゃない慌て具合と御犬の不可解な行動に訳が分からなくなった直也は、ただ細かく首を横に振った。
「んーちょっとした確認ですよ。もうしませんよ」
「校内でそんな物騒な気を出さないで下さい! 生徒が怖がります!」
「一番近くにいてけろっとしているコもいますけどねー」
そう言い直也に手を振ると、次の瞬間御犬はさっと姿を消した。
キリウは憮然として御犬の消えた所をしばらく見ていたが、突然直也の方を向いた。
「で、ナオ。もしかしてもう受かってたりするか?」
直也は何で分かったんだろうと不思議に思ったが、素直に頷いた。
キリウは苦虫を噛み潰した様に、しかたなさそうに言った。
「ナオ、仲養学校に入ると、保証人を決めなきゃならない」
いきなりそんな事を言われて戸惑った直也だが、取り敢えず今日はもうキリウの気に障る様な事はしない様にしようと思った。
「それって保護者みたいなの?」
「……まぁそんなもんだ。いいかナオ、保証人には俺がなる」
キリウは真剣な目で直也を真っ直ぐ見て言った。
「だから院長に保証人の話しはするなよ」
受かるかどうかも分からなかったので、もちろん直也は保証人の事なんてまだ何も考えていなかった。なので、よく分からないままキリウの迫力に圧されてただ頷いていた。
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