1-4

 実技試験開始後十分、直也は御犬から一本取らないまでも、抗戦していた。

御犬の鋭い打ち込みも持ち前の素早さで何とか避ける事ができ、一本取られないでいた。


 直也も御犬も防具を付けず、竹刀を休まず振り続け、体育館内の剣道場の中を走り回っていた。

 防具を付けていないのは、御犬が「防具なんて動きにくい物着けていたら、一人袋叩きになっちゃうよ」という忠告を聞いてだ。


 試験内容は単純で、剣道の様なルールで――ただし体の何処に打撃を喰らわせても一本と見なすというもので――御犬から一本取るというものだ。

 一本取っても取れなくても、面接との総合評価で合否は決まるとの事だ。試験終了は、どちらかが一本を取るまでだ。


 御犬は、大会に出られない直也の身の上を哀れみもしたがそれはそれ、今ここでそれなりの力を証明できなければ直也がここにいる意味はないのだとも考えていた。

 そんな考えの中、意外にも直也は良い動きを見せた。

 単純な大振りが目立つものの、時折思いもよらない詰めの速さと振りの速さで、何度か御犬をひやりとさせもした。


(もしかすると、前に受けた子より強いかもねー)

 御犬は、剣道全国大会中学生の部を優勝したと言っていた少年を思い浮かべた。


 二十分経過後、全力で走り竹刀を振り回していたせいで直也は汗まみれで疲れ切っていた。

 同量の運動をしたはずの御犬は相変わらず軽い身のこなしで汗一つかいていない。


(大体の力も分かったし、そろそろ終わらせるかねー)

 御犬はそう思い、竹刀を頭上へあげ上段に構え直した。


 御犬のひょうひょうとした表情が真剣なものへと変わった事から思考を読み取ったのか、直也も疲れた表情を引き締め直し、竹刀の先を御犬の目の高さに合わせ正眼に構えた。


 しばらく互いに睨み合っていたが、先程までふらふらしていたにも関わらず、果敢にも直也は自ら攻め込んで行った。


(その気概は嫌いじゃないけど、このまま仲裁師になったら一番に死んじゃいそうなタイプだよねー)

 そんな事を思いつつ、御犬は突っ込んできた勢いをそのまま込めた胴狙いの素早い一振りをぎりぎりで避けると、すぐさまその竹刀を直也の肩に打ち込もうとした。


 その刹那、御犬は鋭い闘気を感じ、驚きから振りが一瞬遅れた。


 その隙を突いて振りをかわすと、直也は「胴!」と叫び、渾身の力でもってその竹刀を御犬の右脇腹に打ち込んだ。


「うっ…」

 そう呻くと、御犬は脇腹を押さえしゃがみ込んだ。

 予想外の事に筋に力を入れる間もなく、もろに打撃を喰らってしまったのだ。


 御犬は、すまなそうに「ご、ごめんなさい。痛いですよね」とおろおろしている直也を呆然と見上げた。


 その頭の中にもうすでに痛みは無かったが、十の至宝とまで言われる自分が驚きででも一瞬動きを止めてしまう様な闘気を浴びて、どうしてこの子は平気で動けたんだと驚きで一杯だった。

 ましてや、その闘気は御犬ではなく、明らかに直也に向けて発せられたのだ。


「校長、先程一瞬ですが水海君目がけて闘気の妨害が入りました。恐らく、発したのは真納先生です」

 御犬は苦々しい口調でキリウを睨み、続けた。

「見事な心力制御だけど、俺を欺けると思うなんていい度胸だよねー」


「じゃが、水海は何事も無かった様に見えたがのぉ。その年でキリウの闘気を押して動けるのか……。それとも何も感じてないのか……」

 校長はにやりと笑うと、真っ白な山羊髭を撫でながら口の中で呟いた。

「いずれにしてもなかなか面白い子じゃわい」


 しばらく楽しげに髭を捻っていた校長だが、「キリウ」と鋭く叫ぶと「私事を持ち込むな。試験を妨害するつもりなら出て行け」と厳しい口調で言った。


 どうやら先程の剣呑な気を発したのは本当にキリウらしいが、直也が闘気を浴びて動けるとは思っていなかった様で、当のキリウは驚きで目を見開いていた。


「いくら直也君合格させたくないからって、そんな試験妨害はないんじゃない?」

 キミドリも非難する様に言った。


 キリウは無表情に戻り校長と御犬に向かって「すみませんでした」と呟くと、感情のこもっていない他人行儀な声で続けた。

「これで実技は終了です。十分後に面接に入ります。お手洗い、洗面所が向こうにあるので自由に使って下さい」


 水を飲みトイレで顔を洗い一息吐くと、直也はようやく色々と考えられる様になった。あの御犬から一本取れた嬉しさで、試験官達が言っていた『妨害』については深く考えなかった。何しろ直也は何も感じなかったので、なんの事か分からなかったのだ。


 そんな中、一番の気懸かりはずっと怒っている様なキリウの表情で、どうしてそんなに怒っているのか不安に思った。


(キリウ兄に受けるの秘密にしてたからかな……それとも俺が将来危険な目に遭うのが嫌なのかな……。

 そう言えば前院で戦滅師になりたいって奴がいた時、危ないし大変だから止めろって言ってたっけ……)


 そんな事を考えていると、トイレにキリウが入って来た。顔が強ばり、眼鏡の奥の目が据わっていた。

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