1-3
名前を呼んだ事務員風の女性に先導され、直也は校内の体育館に着いた。
「失礼します」
そう言って中に入ると、バスケットコート四つ分の広さの室内半分に、剣道、柔道用の畳が敷かれていた。畳の敷かれていない板張りの部分に簡易机とパイプ椅子が置かれ、そこには四人の試験官らしき人達が座っていた。試験官達は入って来た直也をちらりと見ると、一番左に座っている一人を除いて皆、手元の書類に視線を戻した。
直也が事務員風の女性に促され、試験官に向かい合う様に置かれた椅子に座ると、女性は試験官達に軽く頭を下げ体育館の控え室らしき方に消えて行った。
緊張のためよく試験官の顔を見ていなかった直也だが、見直して驚いた。
なんとそこにはキリウが座っていたのだ。
落ちたら恥ずかしいのと受かったら驚かせようと思い、キリウに仲養学校の単術入試を受ける事を内緒にしていた直也だが、計画がおじゃんになってがっかりするよりも不安な中一番信頼している顔を試験官の中に見付けてほっとした。
キリウの方は受験者名簿等で直也が受ける事を知っていたのだろう、直也の顔を見ても驚いた様子は見せず、ただ眉を今までに無い程ぎゅっと寄せ直也を睨む様に見詰めていた。
直也は他の二人の試験官の名前もテレビや新聞を通して知っていた。
それは御犬とキミドリで、試験官の中にいると聞いてはいたが、本物を見る事ができ嬉しかった。
ただ直也が知っているキミドリはいつもベールで顔を隠していたので、今目の前にいる顔を隠していない猫を思わせる小柄な女性がキミドリだというのは待合室で聞いた話しを信じての認識だ。
初めて会ったはずなのに、直也は何故かキミドリとどこかで会った事がある様な気がした。どこで会ったのか思い出せなかったが、キミドリの顔を見ると何故か少し悲しくなった。
御犬とキミドリは、直也と友達の間でも特に人気のある戦滅師だ。
けれど直也は、同じ剣繋がりか、仲裁師の中で剣士春雪を一番に応援していた。
残り一人の高齢の試験官を直也は知らなかったが、席順と年齢から、この場で一番偉い人なんだろうなと見当を付けた。
席順は、直也から見て一番右に御老体、その次に御犬、その次にキミドリ、そして一番左側がキリウだった。
「では、名前、年齢、在籍学校または出身校を言って下さい」
キリウが直也の事など素知らぬ顔で言った。どうやらここではキリウが進行役らしい。
直也はキリウに知らん顔されたと少し悲しくなったがこれは試験だからと納得し、気を取り直して元気よく答えた。
「はい。水海直也、十五才。総和町立下辺見中学校、三年次に在学中です」
「では水海君、この後何点か簡単に質問しますので答えて下さい。その後すぐに実技試験となります。そして実技試験の後に本格的な面接となります。特に何もなければ四十五分程で終わり、そこで解散となります」
ここでいったん言葉を切ると、事務的な口調でキリウは続けた。
「最終確認ですが、本試験に受かった場合、入学放棄はできません。放棄した場合、他校に受かっていてもその学校にも入る事はできません。それでも本試験を受けますか?」
「はい」
直也がすかさず答えると、キリウは苦い表情をしたがそれはすぐに掻き消えた。
間髪置かずに、御犬が口を開いた。
「水海君は剣道で試験って事になってるけど、それでいいのかな?」
そこで初めて書類から目を離し、御犬は何気なく直也を見た。
直也は、今の剣道着をまとい竹刀と防具入れを脇に置いた自分の姿を見て、どうして御犬はそんな見たら分かる様な事を尋ねるのか少し不思議に思った。
「履歴書見た限り、大会成績とか全く書かれてないけど」
御犬は皮肉ではなく、ただ淡々と聞いた。
直也は一瞬にして赤くなったが、キリウが言った「ムキになるな」という言葉を反射的に思い出し、ちらりとキリウの方を見、(落ち着け)と心の中でとなえながら答えた。
「はい、大会には出場した事ないので書けるような実績はありません。でも、それなりの自信はあります!」
「ふーん。何で大会出た事ないの? 独学で練習してるの?」
「いえっ。中学の剣道部に所属して、兄……の様な人に教えてもらっています。大会は……」
ここで直也は口籠もってしまった。キリウの前で今まで黙ってきた事を話してしまうのにちゅうちょしたのだ。
御犬、他三人は先を促す様に黙って直也が話すのを待っている様だ。
直也は他に上手く話を切り抜ける方法が思い付かず、渋々キリウには隠していた事を話し始めた。
「……大会には、わざと負けて部の選考に選ばれないようにしていました。自分がいる養護施設に余りお金が無いので……」
そこまで黙って聞いていた御犬は不思議そうに尋ねた。
「良く分からないんだけど、何で養護施設に金が無いと選考に選ばれちゃいけないの?」
直也がちらりとキリウを見ると、キリウは眉の間の縦皺を少し浅くし、その分悲しそうな表情になった。
「大会に出るにはお金とか、保護者の手が必要なんです。大会登録費、バス代、遠くに行く時は宿泊費とか……。バスを頼まない時は親が会場まで送ってく事になってるんですけど、僕にはいないし……」
直也はうつむきがちにそう言うと、急に顔を上げて一気に言った。
「でも、大会に出られなくても、ちゃんと練習してきました!」
「ふーん。なかなか苦労してんだね。じゃ、大会に出ないでその自信はどっから来るの?」
何を考えているのか読めない声で御犬が言った。
「それは……」
この場で言ってしまっていいのか迷い、直也はキリウをちらりと見た。目が合ったキリウは、眉間の皺をそのままに口を開きかけた。
「キリウじゃろう」
思ってもみない方から声を聞いて、直也は驚いた。そう言ったのはさっきまで黙していた御老体だったのだ。御老体はしみじみと、しかしどこか愉快そうに言った。
「キリウよ、院の子ども等にまで金欠がばれている様じゃの」
「校長……。試験の公平性のため、知り合いだと言う事は隠しておこうと思ったのですが」
校長に向かってキリウは情けない声を出したが、直也に向かっては何も言わず直也の視線を避けているかの様だった。
「ふーん、じゃ、水海君は真納先生に教えてもらってたって訳だ。それで先生に強いとか筋がいいとか言われたと」
脇でのやり取りなど素知らぬ風に、御犬はひょうひょうと話を進めた。
「はい、キ、真納先生に教えてもらいました。それで何度か筋が良いって言われました」
「ふーん。でもいくら真納先生が仲養学校の教師でも、優しいお兄ちゃん先生に何度強いって言われても強さの証明にはならないんだよねー」
そう言うと御犬はぐるりと左を向いてキリウを見たが、何も言わなかった。
御犬とキリウに挟まれたキミドリは、左を向いている御犬と近距離で無理矢理目を合わせ睨み付ける様に、
「さっさと試験すりゃ分かるでしょ!」と言った。
心術系実技の試験官である彼女は、筋術系の受験者続きで暇過ぎて機嫌が悪い様だ。
「そーだね。百聞は一見にしかーずっ」御犬はそう言うと直也を見、「それでは試験始めますか」と相変わらずひょうひょうと言った。
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