第17話 変わってると変わらない
「え? え、え?」
谷塚さんは目を丸くして、まだ理解が追い付いてないようだ。
「だから、谷塚さんがあの時の女の子っていうのは知ってましたって」
「う、嘘だあ」
「嘘じゃないです。というかあんなおかしな出来事忘れる方が難しいですよ」
年老いて、過去の思い出がおぼろげになったとしても覚えている自信がある。それくらい、衝撃的な出来事だった。
そして、谷塚さんを好きになったのはあの時だ。そんな日ということもあって忘れるはずがない。
迷子になったマイを探して公園を覗いてみるとマイと一人の女の子が話しているのが見えた。話し掛けると振り向いた女の子の顔はそれはもうおかしくて、笑いすぎて腹がねじ切れるかと思ったほどだ。
衝撃的だった女の子の顔はしばらく経っても頭から離れず、衝撃が薄れるにつれ、別の感情が芽生えていき、やがて「好き」という感情を自覚するに至った。
あんな出会い方をしておいて、こうまで好きになるとは我ながら驚いたが、あの出会いがなければ今こうしてここにいないことを思うと感慨深いものがある。
「じゃあなんでずっと私のこと知らないフリしてたの!?」
「そんなことしてないですよ?」
「だって、それなら話し掛けてくれても……」
「それはすいません。話し掛ける勇気がなくて……それに、谷塚さんがあの時出会ったのが僕だって気付いてないんじゃないかって」
「気付いてるよ! 覚えてたよ、あんなの、忘れるわけないじゃんか」
少し怒ったような口調の谷塚さんは涙目でそう訴えかけてくる。
「私にとってあの時の羽沢くんがしてくれたことはめちゃくちゃ嬉しくて、すごく救われたんだよ。本当にありがとう」
ニコリと笑う谷塚さんが眩しすぎて思わず目を細める。気を抜けば思わず抱き締めてしまいそうだ。
「僕の方こそ、あの時から人の好きなところを見るようになって。今の自分にもすごく活きていて、かけがいのない素晴らしい経験をしたなと思います。あ、ちょっと待っててください」
「ん、なに?」
俺は急いで自分の部屋に向かい、用を済ませ戻ってくる。持ってきたのは二冊のノート。その内の一冊には「好きなところNo.1」と書かれている。
それの最初のページを開いて谷塚さんに近付ける。
「これって、まさか」
「そのまさかです」
ノートには5年前の8月から記載があり、「変顔がおもしろい」、「優しい」、「かわいい」と箇条書きで書かれていた。
「谷塚さんのことが好きだとわかってからいてもたってもいられず、とりあえずノートに好きなところを書いていくようにしたんです」
「なにそれ。でもうん、羽沢くんらしい、かな」
「オブラートに包まず言うと?」
「普通に気持ち悪い。変態」
「表情と言葉が全然合ってない」
笑顔でそんなこと言われる日が来るとは。でも谷塚さんならきっとこんなどうしようもないところも込みで俺のことを受け入れてくれるはずだ。
「そして、この前書いていたノートがいっぱいになりまして、なんと13冊目に差し掛かりました」
「サプライズだからってなんでも嬉しいと思わないことだね」
谷塚さんは諦めたように笑い、だらんと体を楽にして天井を見上げた。
しばしの沈黙が部屋の中を支配し、俺の大きく息を吸う音が響く。
「谷塚さん、好きです」
「うん、私も好き」
こちらを真っ直ぐ見る谷塚さんと目が合う。いつもなら恥ずかしくて目を逸らしてしまいそうになるが、今はそんな気は微塵もなく、むしろこの上なく心地よく感じられた。
「もう、友達でいるのはいいですか?」
「うん、わがままに付き合ってくれてありがとう。それに、私にはとっくにサクラとマイちゃんとマミさん――他にも気を許せる友達がたくさんいたよ」
「そんなに友達いましたっけ?」
「あ、失敬な。みんながいなかったら……まあこれはまた今度話すよ」
「なんだか気になりますけど。それはまた機会があれば教えて下さい。じゃあ、いきますよ」
「うん」
ふう、と息を吐いて少し間を取った。
「僕と付き合ってください」
「よろしくお願いします」
食い気味で返事がきたので反応できないままただ見つめ合う時間が数秒流れる。なにか言わないとと口を開く前に、谷塚さんが例の変顔を披露してきた。
ピンと張りつめた空気に久しぶりに見た変顔は想像を絶するほど俺の笑いのツボに入り込み、数年ぶりに膝から崩れ落ちた。
数十秒後、どうにかして呼吸を整えると、改めて谷塚さんの方に顔を向ける
「ようやく念願叶って付き合えました」
「でも、今までと対して変わらないかかもね」
「どうでしょう。でも、それもまた僕たちらしいじゃないですか」
――変わってる二人の、変わらない関係。それもまたいいだろう。
両思いなのに付き合わないってどういうことです谷塚さん? 伊角せん @engawasuki
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