第16話 谷塚さんといつかの回想④
「いやほんと、妹をありがとうございます」
「いえいえ、とんでもないです」
なにはともあれ、マイちゃんがお兄ちゃんと再会できて本当によかった。
「マイちゃん、またどっかで会ったら遊ぼうね」
「うん、ありがとうお姉ちゃん」
「ほんとに、めちゃくちゃ感謝してます」
膝を曲げてマイちゃんと同じ目線になり最後の挨拶をするが、何故かこっちを向いてくれない。お兄ちゃんの方もほんとに感謝してくれているんだろうが、中々目が合わない。
まあもちろん心当たりはあるのでそこはなにも言わないことにした。相手を見て話をしない無礼より、顔を見て笑ってしまう無礼へのリスクをなくす為の行動であることはわかっている。
私にできることはさもなにごともなかったかのように振る舞うことだけだ。
「ほら、マイ。帰ろう」
「気安く話しかけないで」
「そんなつれないこと言うなよ。目を離して悪かったって」
「別に。怒ってるわけじゃないし。ちょっと、触んないでよ」
マイちゃんはお兄ちゃんの手を払い、ふんとそっぽを向いた。さっきまでお兄ちゃんのこと好き好き言ってたのになんだこの温度差は。
難しい年頃なのでその辺も余計な口出しはよしておこう。
「ちょっと涙目じゃんか。よっぽど怖かったんだな」
「それはまた別問題。だってあんなの見せられたら」
「おい笑っちゃうだろやめてくれ」
「どこに笑う要素があるんですか?」
「いえ、なんでもないです。すいません」
深々と頭を下げられる。別に怒っているわけではないのだが、お兄ちゃんはマイちゃんの頭に手を添えて半ば無理やりに頭を下げさせた。
頭を下げて数秒、沈黙に耐えきれなかったのか二人して「ぐふっ」と笑い声が漏れて、やっぱりなんだかんだ兄妹なんだなあ、と思うことでなんとか怒りの感情が湧くのを防ぐ。
「え、なになにこの状況!? めっちゃ面白いどうしたどうしたよ!?」
ワクワクした声が後ろから聞こえ、振り向くと嬉々とした顔をした女の子が立っていた。年は私より少し上くらいに見える。長い髪をファッサファッサと踊らせながらはしゃぐその姿はかなり不気味で、思わず後ずさってしまう。
「あ、お姉ちゃん」
「またこんなややこしい時に」
二人は頭を抱え、めんどくさそうにため息をついた。そうか、これがこの二人の姉か。
「おいおいどうした愚弟に愚妹! なにをどうして頭を下げることがある!? えぇ?」
「お姉ちゃんうるさい」
「迷子になったマイをこの人が見つけてくれて、それで二人してお礼をしてたんだ」
「あ、そう。それはちゃんと感謝しなくちゃね。でもお礼を言ってる時に吹き出しちゃダメだよー」
「そこまで見てたのかい」
「うん、ほらバッチリ」
姉はじゃーんとスマホを取り出し、画面を見せると二人が私に頭を下げている写真を見せてきた。
マイちゃんは無言で姉に向かっていきスマホを奪取しようとするが、高々とスマホを届かない位置に移動させて「へへーんだ」とか言われている。かわいそうに。
「写真なんか撮るなよ。この人も写ってるし」
「写真じゃないよ動画だよーん。ほら」
画面をタップすると中の二人が吹き出すところまでばっちり撮れていた。
「中学生になったからってスマホを買って貰い一週間。そんなに必要性を感じてなかったけどなるほど、この為にスマホはあるのか。べんりべんり。宝物フォルダに入れときますね」
鼻歌まじりに画面を操作して、姉は満足そうにスマホをしまう。
「じゃ、マイも見つかったみたいだし私帰るね」
「自分勝手か。元はといえば姉ちゃんが」
「はいはい済んだことは気にしない。あなたもありがとねほんと」
お兄ちゃんの文句も聞かず、姉は私の肩にポンと手を置いて真剣な顔でお礼を言ってくる。ふわふわしているようで、マイちゃんが見つかったことにだいぶほっとしているようだ。
もしかしたら空気が重くならないようにわざと砕けた感じで話してくれていたのかもしれない。中学生にもなるとどうすれば良い方向に場が進んでいくかも把握する能力も身に付いていくのだ、すごいとしか言いようがない。
「いえいえ。困ったときはお互い様ですよ」
「できた人ね。すごい、マジで……感謝してるのよほんとに……」
なんだか様子がおかしい。私の肩に手を置いたままうつむいた顔が段々と下がっていく。
「どうかされました?」
「いえ、ちょっと……あなたのあれは才能よ」
「え? ……いつから私たちのこと見てたんですか?」
「ほんのさっきよ」
「具体的には?」
「あなたがマイを慰めようと変顔を披露したくらいから」
「だいぶ前からいたんだじゃないですか!!」
なんならお兄ちゃんが来るより早くに発見していたとは。ってことは一部始終を彼女は目撃していて、頃合いを見計らってやってきたのだ。最低だこの人!。
「大丈夫! バッチリ動画に納めたわ!」
「大丈夫とは!?」
親指を突き立て良い顔する場面では断じてない。
「いつか私が困ったとき、あなたのことを思い出すわ」
「……それはなぜでしょう?」
「私のこと、助けてくれそうだから(なんでも言うこと聞かせるだけのネタを握れたから)」
「すごく悪質な心の声が聞こえた気がします」
彼女はそのまま駆け足で公園を去っていった。場を荒らすだけ荒らして去っていくとはまるで台風のような人だ。
「じゃあ俺たちもそろそろ。ほんとにありがとう」
「いえ、なにごともなくてよかったです」
日もそろそろ沈んでいく頃だ。二人とももうお別れをしないといけない。
「お姉ちゃんありがとう! プロフィール帳も見るの楽しかったよ!」
「そう、よかった。私もマイちゃんと話すの楽しかったよ」
「なんだ、プロフィール?」
「ああ、これのことですこれ」
お兄ちゃんは馴染みがないようでピンと来てない様子だったので開いたままだったプロフィール帳を広げてみせる。
訝しげに眺めながら、ふーんとなにやら考えてる様子で、しばらくしてふっと優しい顔になる。そのふいに見せられた表情に思わずドキッとしてしまう。
「ちょっと書くもの持ってない?」
「え、ペンならあるけど」
「ああ、じゃあそれちょっと貸してもらっていい?」
疑問を抱えつつも「はい」とボールペンを差し出すと、なにやらプロフィール帳にせっせと書き出した。
「ちょ、なにしてるの?」
「いいからいいから。ほら、じゃあ俺たち帰るから」
プロフィール帳を私に返すとマイちゃんの手を引っ張り公園を後にする。マイちゃんはむすっとした表情だったが、私にブンブンと力強く手を振ってくれてそれに控えめに手を振り返した。
「なんだったんだろ」
誰もいなくなった公園でポツリとこぼし、ページをパラパラとめくる。
いたずら書きでもしたんだろうかと彼の筆跡を探すと、それは最終ページ――私のプロフィールのところにあった。
なにもなかったはずの右側の好きなところのページ真新しい文字が追加されていた。
『変わってるけど優しいところ』
でかでかと書かれた文字に私の心は強く揺さぶられた。
さっきまで空欄だったこのページを埋め尽くす力強い字が、私のぽっかり空いた心の穴さえも埋めていくのがわかった。
彼の歩いていった方を見るとそこにはもう二人の姿はなく、ただ沈んでいく夕日によって作られた建物の影がゆらゆらと揺れている。
――そう、私はこの時恋をしたのだ。
彼にとってはたいしたことのない、なにげなくとった行動なのかもしれないが、私にとってはそれはなによりも強く深く心に残るものだった。
◆ ◆ ◆
「ってところかな。今思うとほんと恥ずかしい限りだけど」
一通り話し終え、一つ伸びをする。全てを吐き出してすっきりした気持ちと恥ずかしい気持ちが混ざったなんともいえないふわふわとした感覚が体を支配している。
「羽沢くんは覚えてないかもしれないけどさ、あの時の行動はすごく心の支えになったの」
素の自分を見せてしまったというのに羽沢くんは私に真摯に接してくれた。それがとてつもなく嬉しくかけがいのないものだったのだ。
だからこうして5年経った今でも羽沢くんのことが未だ忘れられずにいて、学校で見かけた時はびっくりしすぎて飛び上がりそうだった。
羽沢くんは私があの時の女の子だと気づいてないようで嬉しさ半分悲しさ半分な気持ちだったが、こっそり帰り道の羽沢くんを尾行していたらマイちゃんとマミさんと会い、二人にあの時の子だと認識していただいて、と一悶着ありつつこうしてたまに家に通っておしゃべりする仲になったというわけだ。
「谷塚さん、正直すごく驚いています」
ずっと真剣に話を聞いてくれた羽沢くんが神妙な面持ちで口を開く。
そうだろう、さぞ驚いただろうよ。実は昔会っていたなんてね。
「そして今から僕が言うこと、驚かないで聞いてください」
「え、あ、うん?」
「知ってますよ、そんなこと」
「…………え?」
私は耳を疑わずにはいられなかった。
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