第13話 谷塚さんといつかの回想①

 当時、小学生だった私は親の仕事柄、転勤が多い関係でいくつかの学校を転々としていた。


 それもあって中々友達ができずにいた。その時は友達ができないことを親の転勤のせいだと完全に思い、恨みさえ感じていたが、今思うと「どうせこの学校も短い期間しかいないから」と無意識に浅い関係で留めておこうという気持ちで接していた気がする。


 仮に、友達ができて仲良くなってしまってもいずれ来る別れが辛くなるだけで、そんな思いするくらいなら最初から親しい人を作らなければいい――そんな考えが心の中に居座ったまま、私は日々の学校生活を淡々と過ごしていた。


「谷塚ちゃん、これ、みんなで書いてるの。よかったら書いて!」


 ある日、気を利かせたクラスメイトが私に話し掛けてくれる。手には最近流行っているプロフィール帳があった。自分の好きな食べ物や好きな教科、将来の夢などの欄を埋め、書き終わったら渡された人に返すというものである。


 そのうちの一枚を私の前に両手で「はい!」と差し出してくる。


 なんだかんだこうして相手から話し掛けられることは悪い気もしないので、私は嬉しさを顔に出さないように努めて紙を貰うと、いつもより丁寧に字を書いて空欄を埋めていった。


「はい、これ」

「わー! ありがとう! あとよかったらこれもお願いしていい?」


 出来上がった紙を返すと、今度はプロフィール帳まるごと渡される。頭に「?」を浮かべていると彼女はそれを察してか、


「これ、見開きで一人用のプロフィールになってて。今書いてもらったのと、その横のページにみんなからその人の好きなところを書いてもらうことになってるの!」


 見ると、確かに今書いたプロフィールが左側のページで、右側のページがまるまる「好きなところ」となっていて、そこにはもう私以外のクラスメイトたちの字が確認できた。


「だから、ちょっとめんどくさいかもだけどみんなの分、頼める?」

「ええ、ああうん」

「遅くなっても大丈夫だから! 終わったら返してね、そしたら谷塚ちゃんの分もみんなに書いてもらうから!」


 それじゃ、と彼女は私の返事も聞かぬまま元々いたクラスの仲のいい女子たちの輪に戻っていった。


 その日の夜、私は机に座りノートとしばらくにらめっこをしていた。


 ノートの中身はクラスメイト全員分のプロフィールカードが入っていて、少し驚いてしまう。こういうのは仲のいい女子だけでやるもので、男子がいても数名かと思っていた。


 もしかしたら私がクラスで浮いているをどうにかしようとみんなにプロフィールを書いてもらうのをお願いし、このプロフィール帳を通してクラスに馴染んでほしいという粋な計らいなのかもしれない。


 そう思うと、さっきまで人数の多さにちょっぴりだけうんざりしていた自分を戒めるように両手で顔をパンと叩き、「よし」と記入にとりかかる。


 やってみるとこれが結構大変で、みんなが既に書いていることを参考にしつつもそれに完全に同じようにするのではなく、オリジナリティを加えつつ記入していくのはとても一日では終わらなかった。


 全く話したこともないクラスメイトはその日ちょっとだけ行動をそれとなく観察してみたり、自分から話してみたりなどして、その人のよさを見つけることにした。


 そうしてみんなの好きなところを見つけては埋めていく、という作業をしていくと自然とクラスメイトと話す機会を増やしていき、後ろ向きだった人との交流も悪くないと思うようになった。


「できた……できたーー!!」


 やっと全員分の好きなところを埋め終わると嬉しさのあまり大きな声が出てしまう。実に3週間程掛かってしまい、危うく夏休みに掛かってしまうところだったが、なんとか書き終わってほっとする。


 明日はこれを返して、そしたら今度は自分の好きなところもみんなが書いてくれる――みんなはいったいどんなことを書いてくれるんだろうか。想像するだけで嬉しさやらむず痒さが膨らんでいき、ベッドにダイブして身悶えする。


 階段の昇る音がギシギシと聞こえたのは、私がひとしきり喜び終わってすぐのことだった。


 私はサァ、と血の気が引いていくのがわかった。


 この階段を昇る音は母のものじゃない――いつもより軋む階段の音で誰が昇ってきたのかがわかる。


 その音の主は私の部屋の前でとまると、一拍あけてからドアをコンコンとノックする。


「すまん、ちょっと話があるんだけど……いいか?」


 父の申し訳なさそうな声がドア越しに聞こえる。私が思春期に差し掛かっていることに配慮して、父は滅多なことがないと二階の私の部屋に訪れない。


 私は叫びたくなる気持ちをぐっと抑えて「うん」と抑揚なく返事をする。


 その後の父との会話の具体的な内容はあまり覚えていない。ただ淡々と父の言葉に返事をし、湧いてくる感情をなんとか押さえつけた。


 もう幾度となく味わった心にぽっかり穴が開いたようなこの気持ち。


 私の転校がクラスメイトに告げられたのは、夏休みに入る前の一学期最終日のホームルームだった。

 

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