第14話 谷塚さんといつかの回想②

「谷塚さん……そんな、急に転校って」


 クラスメイト達は私との別れを惜しんでくれた。その言葉だけで少しだけ心が軽くなる。


「でも、夏休みはまだこっちにいるんだよね?」

「うん、でも引っ越しとかで忙しいから」

「そう、なんだ。最後にみんなで送別会とかしようって話してたんだけど」


 あれはどうだ、これはどうだと色々と提案してくれたが、私は全ての遊びの誘いに首を横に振った。


 私と一緒に遊んだとしても、転校という別れが念頭にある状況だと心から楽しめないだろうし、そうなるくらいなら私に構わずみんなで気兼ねなく過ごし、小学生最後の夏休みを謳歌してほしいと思ったのだ。


「あと、これ。一応みんなの分書いたから。ごめんね遅くなって」


 すっかり渡しそびれていたプロフィール帳を彼女へ差し出す。転校というショックから返すのを忘れていたのだ。


「ううん、せめてそれだけでも貰って」

「え?」


 彼女はプロフィール帳をぐっと私の方に押し返してきた。


「それ、みんなのこと書いてあるでしょ? 寄せ書きとかもうする時間もないし、それを見て私達のこと思い出して!」

「でも、せっかくみんなにたくさん書いてもらってるのに」

「いいの。谷塚ちゃんが持っててくれるのがみんな一番嬉しいよ、ね?」

 

 話を聞いていたクラスメイト達が揃ってうんうんと頷いてくれる。


「そう、わかった。大切にするね」


 戻ってきたプロフィール帳を抱き寄せると心がじんわりと温かくなった。


 そして、みんなとの挨拶を終えてから私は最後になるであろう学校の正門をくぐり、帰路に着いた。


◆ ◆ ◆

 

 その約一ヶ月後、引っ越しを終えて家の付近を散策しようと私は家を出た。近くに見つけた公園に入り、ベンチに座るとなんとなく家で広げる気にならなかったプロフィール帳を広げる。


 出席番号の順番でファイリングされているプロフィール帳をはじめのページからゆっくりと眺めていく。


 野球が好きな伊藤くんに、料理が得意な上田さん。クラスのムードメーカーの柿本くんとプロフィール欄を見ながら自分とその人との数少ない思い出を巡らせながら読んでいく。


 好きなところの欄も充実していて大げさなくらい褒めたり、そっけなかったりふざけていたりとその人たちとの関係性がわかりこれもまた面白かった。


 そうして読み進めていくと最後に私のページに差し掛かる。


 自分が書いたものなので目新しさこそないが、ここ書くの苦労したなとか、ここは一回消して別のに書き直したんだとか書いた時の情景を思い出し、また別の楽しみ方ができた。


 そしてワクワクした気持ちで隣の好きなところの欄に目を移す。しかし、そこには一つも文字は刻まれていなかった。


「あ、そっか」


 自嘲気味に笑ってしまう。そうだ、書いてもらう時間がなかったんだ。


 真っ白いページを見ていると、気持ちがズンと沈んでいくのがわかった。


 私が早く転校のことを伝えていれば、このページを埋めてくれただろう。しかし、この気持ちの落ち込みはそれとは別のものに感じた。


 クラスメイトはとても私によくしてくれたと思う。今回に限らずその前もそのまた前も、急にやってきた私に優しく接してくれた。


 しかし、どうしても「ゲスト」のような扱いから抜けだせず、あけすけでなんでも言い合える関係にまで達していない。


 気をつかうことなくありのままの自分をさらけ出せる相手を、そんな関係性を諦めていたと思ったのに、心のどこかではまだ探してしまっている自分がいる。わがままかもしれないが、それが私の本心なのだ。


 ありのままの私を理解した上で、好きになってほしい。この好きなところの欄に埋まらないくらい、それくらい深く関われる友達が欲しい――そう思えば思うほど今の自分が孤独に思えて虚しくなっていく。


 父の仕事のことは理解している。私たちのことを身を粉にして働いているのも充分に知っていて、そんな姿をかっこいいと思うし誇らしいとも思う。だからこの感情を父、そして家を支えてくれる母にぶつけてしまうのは違う気がした。


 涙があふれそうになるのをこらえ、パタリとプロフィール帳を閉じてバッグにしまう。気付けばだいぶ時間が経っていてもう太陽の色が変わり夕方になろうというところだ。


 そろそろ帰ろうか、と心の中でつぶやき立ち上がる。すると、一人の女の子が砂場で遊んでいるのが見えた。


 もう日が暮れるし、帰らないのかなとなんとなく眺めてしまう。年は私より少し下くらいに見える。近くにお母さんも友達も確認できないので一人で来たのだろうか。


 砂のお城を作っていた女の子を見ていると、急にこちらをバッと向いたので驚く。女の子はせっかくさまになってきていたお城をなんの躊躇もなく無言で蹴り飛ばすと私の元にとてとて駆けてきた。


「え、ん、なにかな?」

「私、迷子なの」

「あ、そう迷子……」


 迷子にしてはやけにのんきだな。


「お兄ちゃんとお姉ちゃんも迷子」

「そっか、お兄ちゃんお姉ちゃんとはぐれちゃったんだ」

「違う、お互い迷子なの。あたしもはぐれたけどあっちもあたしとはぐれたから迷子」

「え、あーそうなんだ」


 頑として両者迷子と言い張るので否定しないことにした。それよりも早くこの子をどうにかしないといけない。


 とりあえず、元いたベンチに二人で腰掛け、話を聞くことにした。


「名前はなんて言うの?」

「マイ」

「おうちまでの道わかる?」

「わからない。迷子だって言ってるじゃん」

「あ、そうだよね。ごめんごめん」


 なんでこんな偉そうなんだこの迷子は。別にいいんだけど。


「お姉さんは私の家の場所わかる?」

「わからないなー。私も最近引っ越してきてばっかりでさ」

「なんだ、じゃあお姉さんも迷子だ」

「お姉さんは自分の家には帰れるの。このままあなたを置きざりにもできちゃうの」


 別によくなかった。なんだこの生意気な子は!?


「お姉さんにそんな度胸ないのはわかってる」

「もうちょっと言い方どうにかならない?」

「お姉さんは私をこのまま放っておくようなひどい人じゃない。絶対優しい人」

「言い方って大事だね。よし、最後まで面倒見るよ」

「チョロい」

「なんか言った?」

「ううん、なんにも」


 なんだか乗せられた気がしたが、このままはいさよならってものも心配だ。その後も女の子から色々話を聞いてみることにした

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