第11話 弱気とクッキー


「あの服! 白いかわいいワンピースね! 私のおすすめ。もう見た瞬間これだと。もうやっちゃんが着る為の服じゃんて思って買ったの! ね?」

「いや、けっこう何着かで悩んでた気が」

「もうだから買い物もそっこうで終わってさ、」

「けっこう掛かった覚えがあります……それにマミさんがちょくちょく寄り道するのもあって――私もお願いしてる身なのであまり言えずに結局予定よりだいぶ長く」

「……とまあそんなわけよ」

「お姉ちゃん。もういい黙って」


 せっかく出番を貰えた姉だが、ここでお役御免となり吉田さんに連れられ再び部屋の隅へと戻っていった。不満げに口をとがらせブーイングしてるが誰も助ける素振りすらなかった。


「ごめん、要するに――」


 役立たずの姉に代わり、妹が事実を再度説明する。デート前日の土曜日、谷塚さんはデートで着る服を買う為、姉と二人でショッピングに行ったという。


 デートで緊張しないように下見も兼ねてデートをするショッピングモールの近くを歩いていた時に撮られたのがあの写真だったという。


 そこまで聞き終えて、何回か反芻するといくつか頭の中で疑問が生まれる。


「羽沢くん、私ね、羽沢くんが思ってるほどちゃんとしてないの」


 谷塚さんは泣きそうな声で、ゆっくりと口を開いた。


「男の人とデートなんてしたことないからどんな服でいけばいいのかわからないし、方向音痴だから待ち合わせに遅れたらどうしようとか、ていうか現に遅れそうだったし他にもお化粧とか髪型とか……本当に、羽沢くんが思ってるほどなにもできなくてダメダメで」


 最初に言っていた「嘘」というのは不甲斐ない本当の自分を隠して接してしまっているという意味だったようだ。


「そんな顔しないでください。そんなこと言われたくらいで僕の気持ちが変わったりとかするはずないじゃないですか」

「うわキモ」

「おい今は黙ってくれ」


 妹の冷たい言葉に少し傷ついてしまう。


「というかお前、俺と服買い行った時知ってたのかよ」


 そういえば俺も谷塚さんと同時刻にデートで着る服を妹に付いてきてもらって買ったんだった。


「当たり前じゃん。さっきまでの話聞いてた? バカなの?」

「どうりであんな遠いところまで……」


 妹が付いてくる条件として買う店の指定させろというのがあった。それがけっこう遠くて、俺はデートの下見もかねてショッピングモールに行こうと提案したが却下され、なくなく指定されたお店までまあまあの時間を掛けて行くことになったのだ。


「だって鉢合わせたら嫌じゃん」

「まあそうだけど」

「それに満足そうに着てたじゃん。文句ある?」

「いや、その点に関してはないです。ありがとうございます」


 軽く頭を下げると購入金額の倍の値段を請求されたのを思い出したが、それはぐっと飲み込んでおいた。


 なるほど、なんとなくの事情はわかった。俺とのデートの為にあれこれ考えてくれて、みんなも協力してくれて――俺のいないところで色々なことが起こっていたらしい。


 ただ、そうなるとまだ一つだけわからないことがある。


「大体はわかりました。ですけどあと一つ……クッキーってその、どうなったのかなって」

「え、あ、その……」

「ん、クッキー? あれ、渡してないの?」

「あんなに時間掛けて作ったのに?」


 姉と吉田さんが目を丸くする。谷塚さんは消え入りそうな声で「ごめんなさい……」とうつむいた。妹は顔に手を当て呆れた様子だ。なんだか状況がよくわからないが余計なことを言ってしまったのは間違いなさそうだ。


「あのねえやっちゃん、やっちゃんや。うちの弟ならなんでも喜ぶっていったでしょう? 見た目がアレだろうが関係ないって」

「そうそうマズくてもいいのよ。味なんてわかりゃしないんだから」

「二人ともフォローになってない気がします。てか羽沢、貰ってないならなんでクッキー渡すこと知ってんだよ」

「えーっとほら、谷塚さんが写ってる写真にそれらしいものがあってさ」


 俺が携帯で写真のクッキーらしきものを指差して見せる。どれどれとみんな寄ってくるが、


「こんなバッグからちょっとはみ出してる部分でよくわかったね、お姉ちゃん引いてる」

「てか堂々と盗撮してる写真見せるのどうなの。早く消せよ」


 と姉妹から鋭いお言葉を頂戴する。その通りすぎて言い返すこともできない。


「さすが能崎と野泉ね」

「ああ、そうなんだよあの二人のお陰でわかって。そもそも写真も能崎に匿名で送られてきたらしくて」

「そうなんだ」


 吉田さんは意外にも落ち着いていて、特になにを言うわけでもなさそうだ。


「ごめんなさい羽沢くん。帰りにでも渡そうと思ってたんだけど中々タイミングがなくって。見た目も悪いしおいしくできたか不安で……それに、デートが楽しくて気づいたらあっという間に終わってて家に帰ってたの」

「そうだったんですね。全然気づかなかったです、すいません。ちなみにそのクッキーは今どこに?」

「えっと、一応鞄の中に」

「では今渡してくれませんか。谷塚さんが作ったクッキー食べたいです」

「でも、あんまりおいしくないと思うし、それにけっこう作ってから時間も経っちゃってて」

「大丈夫でしょ。最悪お腹壊しても1日休むくらいだし」

「マイさんフォローしてるつもりですかそれ? 大丈夫、一週間くらいなら問題なく食べられるはず」


 吉田さんの言葉に背中を押され、谷塚さんは少し迷う素振りを見せながらも鞄からクッキーを取り出す。それを両手で大事そうに抱えながら、


「ど、どうぞ」


 と俺の前に差し出した。

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