第9話 帰宅と発覚

 ごく普通の二階建ての一軒家の前に吉田さんと二人で立っている。問題なのは、この家の表札に「羽沢」とあることと、その家の玄関に先に入っていくのが俺ではなく吉田さんということだ。なんで俺は自分の家に招き入れられているんだ。


「さ、とりあえず入りな」

「ほんとにここで合ってるんですか?」

「当たり前だろ。中はちょっと散らかってるかもだけどごめんな」

「いえいえお構いなく、じゃないんですよ! それ住んでる人以外が言ったらただの失礼です」


 吉田さんは構わず玄関のドアをガチャリと開け、中へと入っていく。


「言われてみれば確かに。それは失礼したな。え、うわ、今の謝罪と室内に入る時の『失礼します』で二重の意味になったじゃねえか」

「はあ、だとしてなにか困ったことでも?」

「私がしょうもない奴だと思われるだろう。なんだその顔は。『そんなこと気にする方がしょうもないって思われますよ』ってか? いい度胸してんじゃねえか」

「被害妄想です! 人の家入る時は『お邪魔します』の方がしっくりくるので今回はセーフってことにしときましょうよ」

「そうだな確かに。そういうことにしといてやろう。さ、入りな」


 もう多少の違和感には目をつむることにした。こんなことでいちいちツッコんでいては時間がいくらあっても足りない。

 

「吉田さんってうちに来るの初めてじゃないですよね?」

「そりゃそうだろ。じゃないとこんなズカズカ入らない。この時間にお前も、お前のご両親も基本家にいないことも知ってる」

「今のところ恐怖でしかないんですけどそろそろ僕を安心させる言葉を掛けてくれませんか?」

「ああ、お前のお姉さんと妹ちゃんはもう家にいるぞ。靴もあるし」

「絶望に変わりました」


 恐る恐る玄関に並ぶ靴を確認すると、吉田さんの言う通り、両親はまだ帰宅しておらず姉のパンプスと妹のローファーがあった。両親という、姉と妹の横柄ない態度を制するストッパーなきこの状況で家にいることは自殺行為に等しいので普段の俺は図書館や本屋、ゲーセンなどに立ち寄り時間を潰しているが、今日はそういうわけにはいかない。


 それに妹のローファーの横に、別のローファーが並べられている。サイズも微妙に違うっぽいので妹のものとは考えにくい。


「この靴は、谷塚さんのですよね?」

「ああ。どうせここに逃げ込んでるだろうと思ってな。学校指定の靴なのにあいつのってわかるのは流石としか言いようがないが。いや、キモいとも言えるか」

「違いますって! 谷塚さん最近新しいのに履き替えてるんで流石に靴だけじゃわからないです」

「なんだその情報網。追いキモいしてくんなもうお腹一杯だから」


 なにか言い返そうと思ったが、侮蔑の表情の吉田さんにこれ以上は逆効果だ。それよりも気になることが他にはる。


「というか、普段から谷塚さん僕の家出入りしてたんですか?」

「ま、そういうことになるな」

 

 あっけらかんとした口調で言われると拍子抜けしてしまう。謎はますます深まるばかりだ。


「どうりで家で谷塚さんの匂いがほのかにしわたけです。好きすぎて鼻がバグってたのかと思いましたよ」

「脳はとっくにバグってそうだな。とりあえずここで話しててもなにも解決しないから上行くぞ」


 吉田さんはリビングをスルーし階段を昇っていく。


「どうした、早く来いよ」


 階段の中ほどで、まだ昇ってこない俺に声を掛けてくる。


「なんだ、迷ってんのか」

「いえ、もちろんそれもありますけど……吉田さんスカートなんで」


 心の整理がついてないのとこれから起こりうる想像もつかない事態に不安があるのを事実だが、一緒になって昇っていくと必然的にスカートをローアングルから見ることになる。


「あ、なるほどそういう。悪いな気づかなくて」

「いえ、大丈夫です」


 吉田さんは早足気味に階段を昇り、音が聞こえなくなったのを確認して俺も階段に足を掛ける。


「姉と妹いるんでよくあるんですよね」

「そうか、普段から気を付けてるのな」

「はい、よく階段から突き落とされました」


 階段を昇りながら、上で待つ吉田さんに声を掛ける。


「ほんと、誰がお前らのスカートの中に興味あるんだよって言ってやりたいんです、けど……」


 最後の段に足を乗せたところで何故か人影が二人分あることに気がついた。恐る恐る顔を上げてみると、吉田さんの傍らに妹のマイが仁王立ちで立っていた。


「よかったじゃん。言えて」

「あの、違うんですこれは」


 俺の言い訳は聞き終えぬまま、妹の足が伸びてきて俺はぐへっと情けない声を上げながら階段から転げ落ちていった。



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