第7話 目撃と衝撃

「おい羽沢聞いたぞ」

「そうか、俺はなにも聞いてないし聞きたくない」


 谷塚さんとのデートを終えた次の日の学校。自分の席に着いて一息する間もなくそいつは現れた。


「まあそう言わず話を聞いてくれ」

「あのな能崎くん、能崎恭平くん」

「何故にフルネーム」

「君から持ちかけた話のほとんどは人の噂話だ。あとは宿題を見せろだろなんだの」

「うわ、説教ムーブなら出直すぜ」

「そうしてくれるとありがたい」


 能崎は常備しているメモ帳をポケットに引っ込めておとなしく去っていった。朝からめんどうごとはごめんだ。

 はあ、とやっと一息ついてカバンから必要なものを取り出しせっせこしていると誰かが近づいてくる。もしや谷塚さんかと顔をバッと上げるがそんなわけはなかった。


「よ、ちょっと聞きたいんだけどさ」

「おい口で言ってもわかんないのか」


 能崎はなにごともなかったかのように再びやってきた。出直せとは行ったがこんなにすぐ来るとは。


「いやわかってるけどさ、これは緊急を要する事態なんだよ。いいだろちょっとくらい」

「お茶漬け出すから帰ってくれ」

「それ京都の人が遠回しに言うやつだけど最後の方に本音ダダ漏れだわ」

「えーっと、あーほら、あっちにUFO飛んでるぞ」

「おい子供あしらうみたいにやめろ。誰が引っ掛かるかそんなの」


 一応俺が適当に指し示した方を見てから能崎はこちらに向き直る。ちょっと引っ掛かってんじゃねえか。


「あのなあ、お前からされる噂話はろくでもないのが多いんだ。聞いた後、気分がよくなることもほとんどないしけっこう信憑性のないものもある」

「まあそういうなよ、噂ってそういうもんだろ。基本的に最初に話すのがお前だしな」

「なにそれ全然嬉しくねえ」

「いや喜ぶところだぞ。お前から貰う意見は忌憚がないからそれで真実かどうか判断するところもある。ほら、お前って人付き合い悪い方ではないけど広く浅くの付き合いでそこまで仲のいいやついないだろ? だから情に流されて本音をねじ曲げることがない」

「おい口喧嘩したいなら反論の余地残しとけ。なにも言えないから暴力振るうしかねえじゃねえか」

「やめとけ。お前の好きな谷塚さんが見てるぞ」


 振り下ろした拳をピタリと止める。確かに谷塚さんはこちらを見ていて、俺の視線に気付いたのかなにごともなかったかのように自然に目を逸らされた。


「はい嫌われたー」

「うるせえ。てか教室でそんなこと言うなよ」

「いやいやもうみんな知ってるって大丈夫。誰が広めたと思ってるんだ」


 拳を振り下ろす理由を一つ思い出してしまったが、俺はゆっくりと腕を下げ観念する。どうせこいつは自分の用件が済むまでここに居座るつもりだ。


「……で、なんだよ」

「お、気になるか?」

「ならねえ。気に障りはするけど」

「お、上手いこといって。そんな君に残念なニュースだ。これを見てくれ」


 能崎はスマホの画面を俺の顔の前に持ってきた。うっとしい態度を全面に押し出し俺は目だけ動かしてそこに表示された画像を見る。


 そこにはなんの変哲もない休日の街並みが写っていた。日が暮れる前で買い物を終えた主婦や部活の格好で自転車をこぐ学生の姿などがある。ただ、一点だけ――その中の一人の少女に目が釘付けになる。ありふれた日常の中に眩しいほどに際立つ谷塚さんの姿があるではないか。


「おま、これ……ついにやったのか」

「おいおい俺が撮ったんじゃねえよ。ある筋から入手したんだ」


 能崎は写真をアップにして谷塚さんが画面にでかでかと表示される。


「おい遠ざけろ。緊張するだろ」

「写真だバカめ。いいからよく見ろ、この谷塚さんの表情」


 急に目前に迫った谷塚さん(写真だが)にどぎまぎしつつ、言われた通り見てみると非常に柔らかい表情をしている。


「これがどうした? 一万円払ったら貰えたりするのか?」

「おい冗談かわかんねえよとりあえず財布しまえ。どうしたじゃなくて谷塚さんといえばいつも落ち着いてて感情の起伏があまりないタイプだろ? それがこのウキウキした表情だ、なにかあるに違いない」


 言われてみれば谷塚さんは人前で感情を表に出すタイプではない。常に真顔というわけでもないが、無邪気に笑ったりむすっとした表情をしたりというのはあまり見たことがない。そこは彼女なりの「高嶺の花」像に乗っ取っての行動なのだろう。


 ただ、能崎に指摘されるまでこの写真の表情に違和感を感じなかったのはここ最近の谷塚さんと話をする中で色んな彼女を知ることができたからだ。この笑顔はもはや俺にとっては新鮮ではなく馴染みがあるものに変わっている。


「なんか、悪いな」

「悪いのはお前の頭だ。気が動転するのはよくわかる、でもよく聞け羽沢」


 両肩をガッチリホールドして俺の目を見る能崎の表情は真剣そのものだった。俺も覚悟を決め生唾をごくりと飲み込む。


「これは恋人とのデートへ向かう最中だ」


 その言葉を理解するのに、俺はかなりの時間を要した




 

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