第5話 念願と映画館

 休日の昼前。学校の最寄りから一つ離れた駅前に俺は来ていた。今日は谷塚さんとの念願のデートの日。その待ち合わせ場所がここというわけだ。


 身だしなみを整え、駅の時計をチラリと確認する。針は15時を過ぎたところで一瞬大遅刻をしたのかと焦るが、携帯を見ると待ち合わせ時刻である11時を差そうかというところで安心する。


 閑散とした駅でよく見るとところどころ綻んでいて整備が行き届いていない。


 電車という、時間に厳しく決められた乗り物が通る駅の時計が狂っているのはいかがなものかと思うが、接客する駅員さんの朗らかな笑顔を見ると悪気はないように思える。


 そうしていると、トタトタと元気な足音が段々と近づいてくるのがわかった。平静を装い素知らぬフリでいると、なぜか足音のボリュームは小さくなる。


「や、羽沢くん。お待たせ」


 しずしずと小さい歩幅で歩いていくる女性は間違いなく谷塚さんで、言うまでもなくすごくかわいくて眩しいくらいだった。


 白を基調としたワンピースはとてつもない破壊力を有していて俺の頭の中も白に染められて言葉がうまく出てこない。


「どうしたの? ん、もしかしてあまりのかわいさに驚いてしまってる? まあ無理もないね、私も思わず見とれちゃったもの」


 コクコクとバカみたいに首を振ることしかできない。谷塚さんはそんな俺を見て面食らった様子だ。


「お、おう。なんだ、ちょっと恥ずかしいな」

「今からこんなかわいい人と並んで歩く僕の方が恥ずかしいです」

「なにそれ、羽沢くんも負けず劣らずだよかっこいい」

「そんなこと言わないでください、死にます」

「もちろん冗談ってわかってるのに妙に説得力あるな」


 ファッションのことなどわからない俺は昨日、妹様に泣きついてなんとかそれっぽい服を見繕ってもらって今に至る。定価の倍の値段を請求され少し文句も垂れたがこんなことを言われたら感謝するしかない。ありがとう、妹よ。


「谷塚さん、なんだか少し息上がってませんか?」


 呼吸が早く、顔も若干赤らんでいるように見える。


「ん、なんのことかな? 待ち合わせに遅れそうで走ってきたけど、上品なイメージを崩したくないから直前で走るのやめてゆっくり歩いて余裕ある素振りで合流したとでも言いたいのかい?」

「ああ谷塚さんの陰ながらの努力が水の泡に……全然急いでないので大丈夫ですよ」

「そういうわけにはいかない。ここで遅れて来ようものなら『初デートから遅刻してきた女』という烙印を押されてしまう」

「そんなの押しませんって。デートできるこの状況で僕はもう胸一杯なので」

「……君、私のこと好き過ぎないか?」

「好きに過ぎるなんてものないですよ」

「おいおい名言出ちゃったよ。じゃあ、とりあえず行こうか」


 谷塚さんは「しゅっぱーつ」と拳を掲げ陽気に歩き出す。最初は映画を観る予定なのでそこまで悠長していられない。


「そういえば映画館って私、久しぶりかもしれないわ」

「そうなんですか。あ、でも僕もだいぶ行ってないですね」

「だって、家で観ればよくない?」

「今から映画館に行く人とは思えない発言ですね。まあ、言いたいことはわかりますが」


 映画のチケット代と割高のドリンク、ポップコーンまで購入するのは学生には手痛い出費。レンタルして家で観た方がだいぶ安く済ませることができる。おまけに周囲の迷惑を考えない人がいたら没入感や臨場感といった映画館で観るアドバンテージがなくなってしまう可能性も否めない。


「それに、今日観るのって恋愛映画よね? ちゃんと理解できるかしら」

「どうでしょう、そこは楽しみにしておくってことで」

「そうね。これで、少しは羽沢くんを好きな気持ちを知れるかもしれないし」

「めっちゃ嬉しいのでやめてください」

「初めて聞いたよその文章。そうだ、映画の席隣なんだし、どさくさに紛れてよきタイミングで手とか繋いでも大丈夫よ」

「それを言われたことでよきタイミングが消え失せました。僕の密かに企んでいた計画が終わりました」

「なんでよ、全然待ってるのに」

「だってもし、僕が手を繋いできたら『あ、言われた通りきたきた』とか思いませんか?」

「そりゃ思うよ」

「なんでそんなまっすぐな目ができるんですか。もう、期待しててください」

「やった。なんだか羽沢くんの扱いがわかってきた気がするわ」


 谷塚さんはにんまり笑い、歩調を早める。風に煽られたワンピースの裾がはためき、それが彼女の胸の内を表しているような気がして少し嬉しくなる。


「なにニヤニヤして。いいことでもあったの?」

「秘密です」

「あら、つれないね。次はもう少し短いスカートにするね」

「誤解です。ちょ、待ってください」


 俺の弁解を待たず、谷塚さんはスタスタ進んでいく。やがてショッピングモールに到着すると、その一角にある映画館へと一直線に向かう。


「ま、羽沢くんと観るなら退屈しなさそうね」


 チケットを発券し、手にはドリンクとポップコーンを抱え、準備万端で劇場へと入る。


「終わったら感想言い合いましょう。寝たらダメですよ」

「そんな失礼なことしないわよ。涙なしには観れないって触れ込みだったし、羽沢くん泣いちゃうんじゃない?」


 声を潜め、耳元で囁いてくる谷塚さんにドキドキしてしまう。それを悟られまいと少し強がってみせる。


「バカなこと言わないでください。腐っても男ですよ? 人前で泣くのはこの世に生を受けた時の一回きりと決めてます」

「え、うん、最近任侠もののマンガでも読んだの? 一応ハンカチ二枚持ってきたんだけどムダだったかしら」

「泣いてみせます」

「そんな意気込むことじゃないと思うけど。楽しみにしてるわ」


 しばらくして予告が入り、劇場が暗くなる。無音の状態が続き、スクリーンに徐々に光が現れると映画が始まった。



 

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