第4話 ノートとデート
「や、昨日はごめんね!」
「いえ、僕も悪かったので」
明くる日の放課後、ガラガラっと勢いよく開けられたドアから現れたのは谷塚さん。帰ってしまったのかと思って不安だったが、今日は何故か教室外からの登場である。昨日、一人でそそくさ帰ってしまったのでそのことを謝っくれているのだろう。
しかし、こちらにも非があったのは否めない。むしろ、あんな変態めいた発言を聞いてなお、こうして話してくれるなんていい人過ぎる。帰って冷静になってみると、その場から逃げてしまうのも無理ないほどに気持ち悪い発言をしてしまったと反省してしまった。
「もう、好きなところを言うにしても最初は普通のとこから攻めてほしかったな。いきなりあんなこと言われてびっくりしたんだよ?」
「いや、あの……僕もそこまでバカじゃないので」
「ん、どういうこと?」
「思い付く限りであれが一番ベタな好きなところだったもので、すいません」
「お、おおうそう来たか。つまりあれよりマニアックなのが飛んでくると」
「はい。今日は、昨日の続きを言えばいいんですかね」
ゴソゴソと鞄からノートを一つ取り出す。ペラペラと軽くめくり、不備がないことを確認する。
「そ、それはなんだい?」
「なんだって、決まっているでしょう。谷塚さんの好きなところを書いたノートです。昨日とっさに思い付かないところもあったのでノートを見ながらの方がより伝わるかと」
「それ、昨日書いてきたの? なんかチラッと見えたんだけど全ページ文字びっしりだよ?」
「昨日だけでこんな書けるわけないじゃないですか」
「だよね、よかった。あれか、使ってないノートの余ったとこを」
「いや、全部谷塚さんの好きなところですよ?」
「ん、どういうこと?」
「毎日書いてるに決まっているでしょう」
「なにそれそんなサプライズいらないよ!」
「違うんです。これは12冊目。ほんとはもっとあるんです!」
「更にいらない情報だよ! 誰が少ないとか言ったんだよ! もう恥ずかしいから捨てて!」
「捨てる、のはマズくないですか。こんなの万が一他の人の手に渡ったら僕は社会的に死に、谷塚さんは恥ずかしさのあまり不登校になってしまう恐れが」
「なんでそこの感覚だけは生きてるの!?」
谷塚さんは慌てふためきノートを破ってしまおうかという勢いだ。だが、宝物をやすやすと失うわけにもいかない。俺は必死でノートを守る。
すると、コッコッと乾いた音が廊下から聞こえた。それを聞いてピタリと動きを止める。
「もうそろそろいい? 私も暇じゃないんだけど」
そこにはクラスメイトの吉田さん。けだるそうにドアにもたれていた。さっきの音は吉田さんがドアを指で叩いたものだったらしい。
というかマズいっ!! 人に見られてしまった! 心臓の鼓動があからさまに早くなり、妙な緊張感が押し寄せてくる。
「あ、ごめん! そうだ忘れてたよ、今日は桜を呼んだんだった!」
「忘れちゃダメでしょ。では、お幸せに」
「ちょ、待ってよ桜。ええっと、今帰ったら待ってたのがただ無意味な時間になるよ? 帰らなかったら私たちの相談を聞くために待ってた時間って意味のあるものになる」
「どの角度からアプローチしてるのそれ。わかったから離せ」
おいおいと泣きつく谷塚さんの腕を無理矢理ふりほどく。谷塚さんは一歩下がってから「ありがとう」とパァッと顔を明るくした。
なるほど、教室の外から来たのは吉田さんを呼びに言っていたかららしい。
「羽沢」
「……はい」
「事情は粗方バカから聞いてる」
「え、バカって私のことじゃないよね? ってことは他にこの教室に誰か」
「黙ってろバカ」
谷塚さんは信じられないといった顔で吉田さんを見つめる。「バ、バカ……ん、え、私が?」とかぶつぶつ呟いてるが、吉田さんは構わず続ける。
「大丈夫。こんな奴の外面以外を好きになる奴はろくでもないに決まってる。そのノートの中身なんて詮索したくもないから大事にしまっときな」
「ありがとうございます」
俺はノートを鞄にしまう。ろくでもない奴認定されたのは強く否定できそうもないのでなにも言わないでおいた。
「私は口が固いから安心しな。……なんだ、『口が固いやつは自分で口が固いって言ったりしないだろ』ってか?」
「まだなにも言ってないです。それ言うことがダメな気がします」
「口答えするな。他の奴にバラすぞ。ん? 『言ったそばからバラそうとしてるだろ』ってか? うるせえよ」
「せめて僕に言わせてくださいよ」
吉田さんは飄々とした態度を崩さない。普段無口でほとんど話したことがなく、谷塚さんとよく一緒にいるくらいしか認識がなかったがこんな人だったとは。
「まあとにかく、私はあんたたちの関係を整理すべく呼ばれたんだ」
「あ、そうだった。そう、桜なら解決してくれると思って呼んだんだ」
ポン、と手を打ち目的を思い出した様子の谷塚さん。全くこの人は……。
「要はあれだ、好きだけどなにが好きかわからないんでしょ?」
「そうそう。わかってるじゃないか」
「そんな堂々と言われたらいっそ清々しささえ感じますね」
谷塚さんはコクコクと頷き同調する。
「あんなノートまでしたためてる変態性を見てもそう言えるの?」
「う、うーんそうだね、正直引いたけど全然気持ちは変わらないかな」
「あんたの好きっていうのはなに? 一緒にいたらドキドキするとか?」
「そうそう、わかってるね桜。ドキドキして緊張するけど、どこか心地いいって感じかな」
「……だってよ」
「ここで僕に振らないでくださいよ」
吉田さんは「どうなんだ?」と言いたげな視線を送ってくる。何も言えずにいると谷塚さんまでも見てきて俺の次の言葉を待っているようだった。
「いや、まあはい……素直に嬉しいというかますます好きになるというか」
「これはいよいよ私帰りたいな。早く付き合え。よし解散」
「ちょ、待って桜! 私はまだ友達の関係を楽しみたいの!」
「まだ言ってるのそれ。それ、羽沢の好意に甘えてるだけだろ。そんだけ好きって気持ちが揺らがないんならもう理由なんてなくていいよ。無理して探すものでもないだろうし。それに、付き合う前の関係ってのは相手の好意が不明瞭でなんともいえない距離感があってこそだ。お前ら好き同士ってわかっちゃってるし意味ないの」
吉田さんからピシャリと言い放たれたものは正論でしかなく、「確かに」と思うしかなかった。なんかおかしいと思ったらそういうことか。
「ぐ、ぐうの音も出ない」
「まあでもあくまでこれは私の意見だ。それでもまだふんぎりがつかないならいっそデートでもしてみたらいい」
「デート? デートってあのですか!?」
びっくりすぎて声がうわずってしまう。吉田さんはうっとうしそうな表情のままで、
「逆に他にどのデートがあるか教えてほしいんだけど」
と聞いてきたのでしばらく考えてみる。
「いや、まあそう言われると一つしかないんですけど」
「まあ恋愛する上で定番のイベントだな。じゃあほんとに私帰るから。彼を待たせてるし」
「ああ、それはごめんそうだったんだ! 相談乗ってくれてありがとう!」
今度こそ教室を出ていこうとする吉田さん。携帯を取り出し、その手を掲げて谷塚さんに応える。
俺も感謝の意を述べるべく口を開くが、携帯の画面を見て、ピタリと動きを止める。吉田さんの携帯の画面が光り、なにやらアプリゲームの画面が開いていた。人の携帯を覗き込むのはあまりよくないが、飛び込んできたその光景に思わず釘付けになる。
そこにはイケメンのキャラクターが写っていた。挑発的な表情で「いつまで待たせるんだ」と低温ボイスで語りかける。吉田さんはアプリが立ち上がるのは想定外だったらしくピタリと動作を止めてしまう。しばしの静寂が場を支配し、「桜、もう我慢できない」とイケメンの声が追撃する。どうやら彼氏とはアプリゲーム内の推しキャラのことを言っているらしかった。
「桜はああ見えて2次元にどっぷりでね。今はイベント中で大忙しらしいよ」
アハハとのんきに笑う谷塚さんとは対照的に吉田さんは氷のように鋭い目付きでこちらを睨む。
「おいなんだ羽沢。言いたいことがあるなら言ってみろ」
「言ってみていいんですか? 発狂したりする恐れとかないですか?」
「するわけないだろ。なんだ、『桜って名前合ってなさすぎでしょ』とでも思ってるんだろうるせえわかってるわそれくらい」
「一ミリも思ってませんでした。完全なる被害妄想やめてください」
「もう桜、これ以上傷を深くしないで」
「あんたたち……覚えてろよ」
谷塚さんに諭され、吉田さんの足音はゆっくりと消えていった。
「覚えてた方がいいんですかね」
「ううん、忘れてあげよ。それがお互いの為だ」
なんだか大幅に脱線してしまった気がするが、谷塚さんと週末にデートの約束ができたのでまあよしとしよう。
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