第3話 別の人と特別な人

「谷塚さん」

「なんだい羽沢君」

「今日はその、相談があるんです」

「おお、珍しいね君が相談がなんて。いいだろう」


 明くる日の放課後。もう、なんか恒例になりつつある二人きりの空間。俺は深刻に話を切り出した。


「ちょっと色々頭が混乱してるんですけど、聞いてもらえますか」

「いいよ。なんでも私に相談しちゃって」

「ありがとうございます。その、恋愛の……好きな人の話なんですが、」

「早速前言撤回しちゃいそうなんだけど、それって私に相談していいやつ? 混乱してるにも程がないかい?」

「客観的で忌憚のない意見を聞かせていただけると助かります」

「ほう、まあ冒頭を聞いて判断しようじゃないか」

「最近、前から好きだった人と両思いだったことが判明しまして」

「ダメだ、客観的な意見は出せそうもない。なにせ当事者だ」

「一応聞くだけ聞いてくれませんか。こんなこと相談できるの谷塚さんしかいません」

「んー、そうは言ってもね。なんかほら、親友とかいないの?」

「口の軽い、が前の方に付く親友ならいますけど」

「じゃあやめといた方がいいね。妹さんとかは?」

「会話の選択肢が暴言と無視の二択しかない、が前の方に付く妹とついでに姉ならいますけど」

「それもやめといた方がいいね。仲良くするんだよ。よし、じゃあ私を別の人だと思って話してみなさい。もうそれしかない」


 悩んだ挙げ句、谷塚さんは足を組み、ポケットから眼鏡を取り出してスチャリと掛ける。気持ち程度に目を鋭くして高圧的な女生徒になりきる。


「ありがとうございます。それじゃあ、」

「ごめん、やっぱやめ。私以外の女の子としゃべってるの見たら嫉妬しちゃう!」

「今日は僕がふざける番なのでツッコミは返ってこないと思ってください」

「ひどいじゃないか。折角羽沢君好みの高圧的メガネ女子を演じて見せたのに」

「それはそのまま続けて貰って。あと腕組みした方がいいかもです」

「演技指導入っちゃったよ」


 谷塚さんはこうかな、と恐る恐る腕組みして足を組み直す。


「ありがとうございます。では、本題に入りますが、先日僕は好意を寄せていただいている女性に言われました。『好きだけどどこが好きかわからない』と。これはとんちですか?」

「なんだいその女。変わってるね」

「ですよね。よかった、もしかしたら僕がおかしいのかと思ってました」

「絶対その子が変だよ。いっそここに連れてきなよ」

「ここにですか……鏡でもあれば可能なんですが」

「鏡? それだとかわいい私の顔が写るだけじゃないか。バカだな君は」

「自覚はあるんですね。もういいです忘れてください」


 すっとぼける谷塚さんにツッコミそうになるのを我慢し、話を続ける。


「とにかく、そんな風に言われた僕としては気が気でないわけです。しかも両思いであると発覚したのにお付き合いするのは保留にされています」

「ほう、意味わかんないね」

「ツッコミ禁止にした自分が恨めしいです」

「なにを言ってるんだ君は。でもさ、そんなところも込みで好きなんでしょ?」

「いやまあ、そうですけど」

「なら君にとやかく言う筋合いはないね。そんな変な女を好きなった君にも責任がある」

「彼女を悪く言うのはやめてください。いくらあなたでも怒りますよ」

「ねえ一旦この意味わかんない状況やめていい? なんで私、別の人のフリして自分を悪く言って怒られてんの? 夢でも滅多にお目にかかれないくらいおかしい設定だよ」

「なにを言い訳してるんですか。いいから謝ってください」

「そうだった、ツッコミしてくれないんだった。もう、ごめんって。撤回するよ」


 高圧的メガネモードの谷塚さんは両手を顔の前で合わせ謝罪する。この状況で冷静になった方が負けだ。勢いに身を委ねるしかない。


「わかればいいんです。彼女ほど素晴らしい女性を僕は知りません。本当に僕にとって特別な人です」

「……そこまで言えちゃうくらい好きなんだ。じゃあ聞くけど、君はその子の好きなところってどこなんだい?」

「え、そりゃあまあ色々と」


 谷塚さんはニヤリと笑い距離を詰めてくる。Sっ気が板に付いてきたのは大変喜ばしいことだが、これは非常にピンチなのではないだろうか。


「色々? 色々じゃあわからないな。具体的に言ってもらわないと。それとも何か? ただ顔がよくて頭もいい、実は隠れ巨乳という、絵に描いたような高嶺の花ポジションに君臨しているから好きになったのかい?」

「自分で言ってて恥ずかしくないんですか。というか驚きの新情報も入ってましたけど」


 どうやらツッコミ禁止はここまでのようだ。谷塚さんにはもうツッコミなしでは太刀打ちできない。


「自分で言ってて? なんのことかわからないけど、どうなんだい?」


 そうだった、谷塚さんには別人のフリをして貰っている最中だ。余裕そうに足を組み直す谷塚さんをギリッと歯を食いしばりながら見つめる。


「わかりました。そこまで言うなら言います。けど、ドン引きしないでくださいね」

「しないしない。大丈夫、私もそこそこ理解がある方だ。並大抵のことじゃあ引いたりしないよ」

「ありがとうございます。それを聞いて安心しました。ではまず一つ目ですが、くしゃみの仕方ですね。女性は豪快なくしゃみをするのが恥ずかしいので『くしゅん』とかわいらしくする方が多いですが、私の好きな人の場合、『くっしゅん』と微妙に勢いが殺しきれていません。それをごまかそうと追いくしゃみをするのですがあまりにわざとらしすぎて僕からしたらもうバレバレだぞと」

「あーまたもや前言撤回だ。もうちょっとその辺でやめておいてもらって」


 慌てて口をふざがれ、これ以上の言葉が続くことはなかった。言うのを渋ってはいたが、途中で止められるとそれはそれでもやもやしてしまう。残念、パッと思い付くだけであと117個ほどあったのに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る