第59話 あぁ、やはり貴方は素晴らしい
「……あぁっ、もうっ!!!」
私は左の道を選んだ。
あんな声を聞いておいて見捨てるなんて、意気地のない私には出来なかった。
でも、自分の選択に思い悩んでいる時間はない。
なら、男の人を襲ってるモンスターを速攻で片付けて、
また道を引き返せばいいだけだ。
そう開き直って左の道を全速力で突き進むと、
オーガが居た時に入ったような部屋が見えてきた。
ドーム状に拡がる部屋の中、そこで見た光景に私は絶句した。
そこにはゴブリン達に痛めつけられている男の人がいた。
片方の腕は変な方向にひしゃげていて、
あちこち破れているズボンから見える両足は全体が打撲により腫れ上がっていた。
ゴブリンは下品に嘲笑いながら、男の人を棍棒で殴り続けている。
そして、私の頭の中で何かが千切れた音がした。
「────やめろぉおおお!!」
「グギャアアア!!?」
私は猛然と駆け出して部屋に侵入し、
ゴブリン達に向かって私は持っていた宝箱と、
二本の〈衛種剣モラスチュール〉を投げつけた。
三つの投擲武器によってゴブリン達はボーリングのピンが如く、
扇状に吹き飛ばされて壁へと激突する。
そうしてゴブリン達はずるずると壁からズレ落ちて息絶えた。
ゴブリンはこれで全員いなくなった。
けれど、未だに男の人は痛々しい身体をガタガタと震わせながら、蹲って動かない。
彼は頭を抑えて顔を地面に伏せている……きっと、酷く怖い思いをしたのだろう。
私は男の人を安心させようと声を掛ける。
「もう大丈夫ですよ。貴方を襲ってた化け物は全員倒しましたから」
「……う……うぅ……」
声をかけたが男の人はうめき声を上げるだけで、碌に返事をしてくれなかった。
それも仕方無い事だろう。
こんなにボロボロにされて、凄く怖かった筈だ。
その恐怖で心が埋め尽くされて、私の声が聞こえ無くなっていても不思議じゃない。
……このまま声をかけ続けて下手に怖がらせるよりも、
まずは身体を回復させた方が良いかもしれない。
私は投げつけたせいで転がっている宝箱を開けて
〈回復薬〉を二本取り出し、男の人の身体に満遍なく振りかけた。
「あ、あぁ……?」
「…………えっ?」
────傷が治らない?
そんな馬鹿な。
私の首につけられた手跡や、土倉に付けた傷跡も、
あんなにすんなりと治ったのに。
まさか、全然傷が治らないなんて、一体どうして……!
傷が深いから時間がかかってる?
いやでも、即効性がある薬なのに、そんな事──?
「ぅ……アァ?」
男の人の様子が変わった。
私がいきなり〈回復薬〉をかけたから驚いたのだろう。
私は安心させる為に説明をしようとする。
「ごめんなさい。怪我が酷かったので、
〈回復薬〉っていう傷が治るガチャアイテムを使わせて貰ったんです。
その、筈なんですが……何故か、貴方の傷は治らなくて……」
「ぉまえ……」
顔を伏せたまま男の人がはっきりと声を出した。
さっきとは雰囲気が違う。
彼の声色は感謝しているようでもなく、
勝手に何かされて怒っている訳でもなかった。
もしかして──笑ってる?
それに訝しむ間もなく、続けて男の人が言った。
「おまえ。やさしいな?」
そう言った途端、男の人の顔がこちらへ向いた。
首を──"縦"に折り曲げて。
「……っ!?」
その人間の身体の構造から反した行動によって、
逆さまになった顔は男の背中とくっついていた。
しかも、その顔には"何"もない。
そこには目も口も鼻もない、のっぺらぼうの顔があるだけだ。
そして、その顔とも呼べない顔からニョキニョキと棘が生え始めていき、
やがて、顔を覆う程に生え揃った瞬間、その棘は私に向けて放たれた。
「くっ!!」
両手の剣で棘を弾きながら、奇怪な生物から距離を取る。
不意を突かれた攻撃に加えて、飛んできた棘は細くて小さかった為に捌き切れず、
いくつか身体に当たってしまった。
……油断した!
この男は人間に擬態したモンスターだ!
ゴブリン達に自分を襲われているように見せかけて、助けようとした人を襲う。
なんて陰湿なモンスターだろうか。
ここにきて神話とかの元ネタがないモンスターを出してきたのも、
出てくるモンスターの傾向をパターン化しておき、
思考を固定化させた後にこういったモンスターを出す事により、
攻撃を避けさせないようにする為だったのだろう。
モンスターがモンスターなら、親も親で陰険だ。
さっき当たった針は服に防がれているのが大半だったが、
一部は顔や手に当たってしまっている。
けれど、自分のステータスが高いお陰か、
チクッとした程度の痛みに抑えられていたので、戦いに支障はなさそうだ。
それから擬態モンスターは針を飛ばした顔を反対にして、
腕と脚を虫みたいに動かして私に襲いかかってきた。
──いや、気持ち悪っ!
創った奴の趣味悪すぎるでしょ!?
その上、かなりのスピードだ。
今まで出会ったどのモンスターよりも速いし、動きも独特なせいで読みにくい。
慎重に動きを見極めないと……。
擬態モンスターは腕を地面から離し、
脚だけを動かして私に近づきながら、両手を私の方へと伸ばしてきた。
言葉通りに、"手を伸ばして"。
「はあっ!?」
そして、ゴムのような伸びた両手が私の喉元目掛けて迫ってきた。
私はそれに驚きながらも剣の振り下ろしで両手を撃ち落とした。
その攻撃によって両手は折れ曲がって地面に叩きつけられた。
「あ"あ"あ"あ"あ!!」
口がない筈の男から悲鳴が上がった。
どうやら今度の悲鳴は嘘じゃないらしい。
しかも、攻撃を受けて擬態モンスターの動きが止まっている。
よし、ここで畳み掛けてトドメを──!
「──えっ!?」
踏み込もうとした脚に力が入らない。
それどころか身体全体に痺れが走り、
思うように力が入らなくなって、膝が地べたについてしまう。
──この感じ……これは、毒!?
だが、一体何処でそんなものを食らった──!?
……まさか、あの時に食らった針に毒が塗ってあったのか!?
くそっ、どこまでも陰湿な化け物め……!
私の身体が止まったのを見計らっていたのか、
擬態モンスターが凄まじく勢いでの接近してきた。
近付きながら擬態モンスターは反対にしていた顔を正面に戻してから飛び上がる。
そうして一気に私の眼前までやってきて、顔を縦に避けさせてきた。
開いた顔は幾層にも連なった鋭い歯が並んでいる。
そんな不気味で醜い口が大きく開き、私の頭を味わおうとゆっくりと迫ってくる。
まずい、このままじゃ……!!
「ぐっ……お、ぉおおおお!!!」
こんな所で、殺されてたまるか!
私は思うように動かない身体に鞭を打って頭を振り被り、口の中へと頭突きを繰り出した。
まさか、自ら口の中へ頭を突っ込んでくるとは思ってなかったのだろう。
擬態モンスターは私の攻撃を、文字通り口の中でモロに食らう羽目になった。
「あっ……あ"あ"あ"あ"!!」
「ぐぅっ……!!」
その衝撃により化け物の歯は砕け散り、口の中は打撲で腫れ上がった。
擬態モンスターは激しい痛みを感じたようで、
その場でのた呻き声を上げながらのたうち回る。
まるで剣山のような口内に頭をぶつけた事で、
私の頭は血だらけになったが、動けなくなる程痛い訳でもない。
今のうちに〈解毒薬〉と〈回復薬〉を……!
擬態モンスターが苦しんでいる隙に私は身体を引きずって、
宝箱のもとへ芋虫のように近づいていく。
この化け物を助ける為にゴブリンを倒した時、
宝箱を投げていたので、幸いにも宝箱との距離は近い。
私は力を振り絞って宝箱の下まで辿り着き、なんとか宝箱を開けた。
「──あっ……!」
しかし、無理に開けたせいで入っていた薬が地面に散らばった。
せめて、〈解毒薬〉は手に入れなければと、
私は震える身体を奮い立たせ、転がる瓶を手で抑えた──
「……! ぁ、う、うそ……」
けれど、抑えた時に力を込め過ぎていたせいで、
薬を止めるどころか、その容器である瓶を割ってしまった。
中身の青い液体がバシャリと私の手にかかり、地面を湿らせて沈んでいく。
そんな……!
この一本しか無かったのに、このままじゃ……!
そうして、自分のうっかりに心底絶望していると……
不意に、何故か身体の痺れが取れ始めてきた。
「? ……ど、どう、して?」
完全に回復とまではいかなかったが、
それでも立ち上がって歩くくらいは出来るようになったので、
私は転がった〈回復薬〉を飲んで傷を癒す。
ふと、傷が治って思考力が戻ってきた私は毒が薄れた理由に思い至った。
そういえば、この〈回復薬〉を使って貰った時、
ソラちゃんは塗り薬のように私の首に塗布していた。
そう考えると、恐らく〈解毒薬〉も同じ様に、
塗り薬として使えるものだったのだろう。
一応飲み薬とは書いてあったが、経皮投与も可能だった訳か……何にせよ助かった。
二つの薬を使用した事で体調が戻り始めたので、
改めて擬態モンスターの動向を確認する。
擬態モンスターは私と同じように体制を立て直し始めていたが、まだ隙を晒していた。
「……これで、終わらせる……!」
病み上がりながらも、私は全速力で擬態モンスターまで接近し、
両手で一本の〈衛種剣モラスチュール〉を握り締め、
擬態モンスターの背中へと思いっ切り突き刺した。
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!」
そして、断末魔の雄叫びを上げ、擬態モンスターは息絶えて、
ゴブリン達と擬態モンスターは淡い光に変わって宝箱となった。
私はそれを見届けた後、大の字になって倒れ込んだ。
辛勝だったが、私は生き延びた。
生の喜びと安堵を感じながら、私は息を切らしながら乾いた笑みを浮かべた。
「はは……生きてて、良かったぁ……」
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