第58話 分水嶺となる道を

あれから私は道すがらソラちゃんに

何度も電話をかけ直したが、一向に繋がらなかった。


取り敢えず死んではいないみたいだったけど、

何かを必死に叫んで私に伝えようとしていたし、

危険な状況に陥っている可能性は高い。

私は気が気でならなかった。


何しろ、このイベントであの子が殺されないという保証はないのだから。

いや、寧ろ私と関わっているからこそ、殺されてしまうかもしれない。

私があの子に頼ってばかりだから、成長に繋がらないとか

そんな馬鹿みたいな理由で……殺されて……。


────嫌だ!!! そんな事、絶対にさせない!!!


だけど、ソラちゃんはどうやって助ければいい?

このままソラちゃんの折返しの連絡を待っていても返ってくるとは思えないし、

ダンジョンを闇雲に進んでもソラちゃんを探し出せる訳でもない。

私にはどうすればいいのか分からなかった。


でも、運営は私に強くなって欲しいと思っている筈。

だとしたら、私がダンジョンを誰よりも早く攻略出来れば、

力は充分にあると判断してソラちゃんを解放するかもしれない。

根拠もないもないが、何も探し出せる方法がない以上、

とにかく進んでいきながらソラちゃんを探しつつ、

ダンジョンを逸早く攻略するのが、私に出来る事だろう。


そう方針を決め、そのまま洞窟内を

猛スピードで突き進んでいくと、やがて次の部屋に辿り着いた。


空間の広さはまた教室くらいのものに戻っていたが、

お馴染みの奴らの他に、別種のモンスターが現れていた。


新たに出てきたモンスターは人間の女のような外見をしていた。

その全身は毛で覆われており、両腕には翼が、両脚には鳥の脚が生えている。

また、頭は人間のものだが、頬まで裂けた口と、

人とはまるで違う瞳孔、鳥特有の目がそこにあるせいで、

その存在が化け物であると否が応でも分からせてくる。


これは恐らく、"ハーピー"と呼ばれるモンスターだろう。


そのハーピーは二匹配置されており、

部屋の上空で羽ばたきながら、

ゴブリン四匹とヘルハウンド三頭と共に侵入者を待ち構えていた。


ここでまた新手か……!

だけど、知らない顔が増えた所で止まる訳にはいかない!


「──どいてっ!!!」


私は猪突猛進の勢いで部屋の中へと突撃し、

脇に抱えていた宝箱を地面に投げ捨て、それをヘルバウンドへと蹴りつけた。


「キャインッ!?」


ボールとなった宝箱がヘルバウンドの頭に打ち込まれ、

内一匹の頭が潰れて死亡する。

ただ、今度のモンスター達は突然の襲撃にも怯まなかった。

攻撃されたと見るや否や、私を待ち構えて冷静に対処しようとしてきた。


しかし、猛然と迫る私の速さに全く着いてこれず、

地上部隊の怪物達は反撃する事も出来ずに、

私にその身体を無差別に切り付けられた。


「キャイン!」」

「「グギャッアア!!」」


しかし、両手に握る〈衛種剣モラスチュール〉は

刃が潰れている為に切れ味が悪く、殺傷力が低い。

その為、猛スピードで接近しながら複数の敵を仕留める事は難しかった。

なので、私はモンスターを一気に殺そうとするのではなく、

一度身体を負傷させて戦力を削ぐ事を優先した。


腕や足、腹や頭といった身体の一部が破壊され、

ゴブリンとヘルバウンド達の動きが著しく悪くなり、

致命的な部位を潰された運の悪い個体は動かなくなった。


「キィエエエエエッ!!!」


けれど、空中にいたハーピーだけは攻撃を食らっていない。

空にいた二匹は仲間を殺された事を遺憾に思ったのか、

鋭く足爪を見せつけるように急降下し、私の身体を引き裂こうと迫ってきた。


左右からの同時強襲。動きもかなり速い。

しかしながら、余りにも直線的な攻撃であり、

特にこれといったフェイントもなかった。

これなら、簡単に対処出来る。


私は空中から押し迫るハーピー達をギリギリ引きつけた後、

彼女らの趾の付け根に向かって、〈衛種剣モラスチュール〉を突き刺した。

貫穿する二本の剣がハーピー達の足をグシャリと音を立てて崩壊させていき、

踵から脛までを無くさせ、血を吹き出させる。


「ギェエエエエッ!!?」


渾身の空襲を防がれ、足を無くしたハーピー達は力なく地面に落ちていく。

撃墜されて武器を失い、痛みに悶えるハーピーはもう虫の息だ。

もう動ける状態ではないだろう。


それから間髪を入れずに、生き残ったゴブリンとヘルバウンドが私に襲い掛かってきた。

だが、予め負傷させていたお陰で、酷く緩慢な攻撃だ。

そもそも本当ならば、ハーピーが私に強襲してきた際に

彼らは一緒に加勢しようとしていた筈だ。

それが出来なかった程に、このモンスター達は弱っている。


万全の状態でも対応出来るのに、弱体化までしたとなれば、

もはや私の敵にはならない。

私は余裕を持って剣を振るい、残りのモンスター達を一掃した。


「…………」


そして、モンスター達が光に変わって宝箱になっていく。

私は光景を見ながら、戦いの感触を思い返してしまう。


本当に、命を奪うのは嫌いだ。


剣を振り骨を砕いた時の感触も、

剣を投げつけて頭を潰した光景も、

剣で斬り裂いて首と胴体を二つに分けた時間も、

全てが嫌で嫌でしょうがない。


こんなの、もう二度にやりたくない。

生き物を殺すというのはこんなにも唾棄すべき行為なのかと、散々思い知らされた。


けれど、それでも私は目の前のモンスターの命よりも、ソラちゃんの方が大切だ。

また現れるであろうモンスター達に気を遣って手加減なんて出来ないし、するべきじゃない。


私は殺す事を躊躇っては要られない。

躊躇ったせいでソラちゃんが死んでしまったら……私はそれこそ殺したくなる程に自分を恨む。

ソラちゃんが私を守ってくれたように、私もソラちゃんを守るんだ……!


そうやって気持ちを固めていると、光が完全に宝箱になったので、

私は早く先に行きたい気持ちを抑えつつ、宝箱を開けた。


中には〈回復薬〉とは違う、真っ青な液体が入ったガラス瓶があった。

これもまた光を通さずに不透明な色をしている。

一緒にメモが入っていたのでそれを見てみると、

それは〈解毒薬〉というアイテムのようだった。



【N(ノーマル)解毒薬】

解毒薬は服用者の身体を蝕む毒素や病気をある程度治療出来る飲み薬です。

複数回服用しても回復効果は上昇しませんので、用量を守ってお使い下さい。



……なんで薬をこんなにも飲みたくない見た目にしているんだ。あのクソ運営は。


まぁ、開けておいて良かった。

使う場面がありそうなアイテムだし、持っておいて損はないだろう。


悪態をつきつつ、私は地面に投げ捨てた宝箱を拾って中に解毒薬を入れる。

今にして思えば投げ捨てたせいで

中に入っている〈回復薬〉が割れる可能性があったが、

どの〈回復薬〉もひび一つ入ってない。

どうやらこの宝箱はまさに貴重品入れとして、非常に優秀だった物のようだ。


そして、また私は走り出して攻略を進める。

前の景色がビュンビュンと後ろへと消えていくのを見る限り、

恐らく私は凄い速さで先に進んでいる筈だ。

なのに、全くソラちゃんの所まで進んでいる気がしない。

先が見えない不安が心に蔓延して呼吸へと表れていく。

別に疲れてなんていないのに乱れて始め、荒くなっていった。


「……早く、ソラちゃんを助けないと……!」


焦燥が心と体を蝕んでくる。

あの子がもしいなくなったらと悪い想像ばかりしてしまう。

だが、そんな暗い考えで自分を潰させるなんて以ての外だ。


どうにか自分を落ち着かせつつ、道を進んでるとまた道が分かれていた。

今度は右と、左と、真ん中の三叉に分かれている。

そのどれかに進まないといけないが、

もしこの3本の道の内のどれかが、ソラちゃんのもとに繋がる道だとしたら……?

そう考えると安易に道を選べなかった。


「くそっ……! どっちに進めば……ソラちゃん……!」

「あああああ!!」

「──!? な、なに!?」


突如、左の道から男の人の悲痛な叫び声が聞こえてきた。


左の道には人がもういるの!?

でも、男の声がしたという事は……その声の主はソラちゃんではないということになる。

つまり、左の道は私が選びたい"正解"じゃない。


ソラちゃんを引き続き探索するのなら、右か真ん中の道を選ぶべきだ。

しかし、あの悲鳴は誰かに助けを求めてるように聞こえた。



だったら、私が行くべき道は────


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