第57話 仕込みは上手くいきましたね

もう放たれた矢は私のすぐ近くまでやってきている。

ただ、ステータスが高いお陰か、飛んでくる矢の動きは遅く見える。

これを防ぐのは難しくない。


「──はあぁ!!」

「「グギャ!?」」


私は〈スクワダ〉を振るって全ての矢を防ぎ切った。

飛んでくる矢はソラちゃんの水弾と同じくらいの速さだ。

昨日はそれを散々躱してきたのだから、

得意の剣を握った私が、捌き切れない訳がない。


矢の脅威は特段ある訳ではないが、

問題はあの包囲網をどう対処すればいいかだ。

ゴブリンがいる場所に剣を投擲すれば三匹は倒せるだろうが、

そうすると天井に剣がいってしまって回収出来なくなるし、

剣の本数もゴブリンの人数的に後七本以上も足りない。


このままゴブリン達の矢が尽きるまで耐え忍ぶか?

けれど、遠くから見える彼らの矢筒にはパンパンに矢が籠められている。

あれが無くなる頃には私の体力が先に尽きているだろう。


悩んでいる内に再び矢が私に対して放たれる。

私は再び剣で弾いてそれを防ぐが、また次が矢継ぎ早にやってくる。

毎回十数本の矢を弾くのも体力が削られてしまう。

このままだとジリ貧になって……殺される。


くそっ、何か、何か使えるものはないのか……!?


「──!! こ、これは……!!」


辺りをキョロキョロと見渡し、起死回生の切り札を探し当てた私は、

〈スクワダ〉を地面に突き刺して両手を開けて、

追い立ててくる矢を走りながら躱しつつ、その"道具"を急いで回収していく。


そして、大分集め終わった所で、私は不要な部分を叩き折ってから、

それをゴブリンへと勢いよく投げ付けた。


「グギャァ!?」

「ギギ!!?」


私が投擲したものによって、ゴブリンの腹部が破裂し、

天井にいた一匹が地面へと落下した。

それによってまた地面に、私の切り札が大量に散らばる。


──そう、私が見つけた切り札とは、

ゴブリンが散々打ってきていた"矢"だった。


正確には、矢の先端に付いている矢じりだ。

不要な部分を取り除き、石ころ代わりにして再利用する事で、

一つの投擲武器になり、逆転の一手となった。


そして、敵を倒せば倒す程にこの武器は増えていく。

もはや、ゴブリンたちには勝ち目は無い。


私は矢の雨を駆け抜けながら、

礫に見立てた鏃を次々とゴブリン達に投げつけていく。

時計回りに石をぶつけたゴブリン達が順番に地面に落ちていき、

瞬く間にその命をまた一匹、また一匹と散らさせる。


そうして一分も絶たない内に、

ゴブリン部隊の数は残り五匹まで減っていった。

ゴブリン達はいきなり訪れた窮地に焦っているのか、

弓の狙いが定まらなくなってきていた。


「──!? まずっ……!」


しかし、それが運悪く功を制したようで、

狙いが逸れた矢が私の左足を掠めてきた。

鎧となったズボンのお陰で怪我はしなかったが、

予想にしていなかった反撃に私は動揺してしまい、

思わず足を止めてしまった。


そして、その隙を精鋭が見逃す筈もなく、

動かなくなった私を確実に貫く為の矢が放たれてくる。


狙いは頭、首、腹、両足に一本ずつだ。

いくら隙が出来たと言ってもほんの数秒しかなかったのに、

ここまでの連携と精密射撃が出来るなんて……。

どう考えても難易度設定が間違っている。

ゴブリンの皮を被った何かでしょ、こいつら。


だけど、この攻撃で私を仕留められるのであれば、

オーガを仕留めた後の不意打ちで殺せている。


私は迫り来る五本の矢の軌道を読み切り、

頭と首を貫こうとした矢は腕を使って弾き、

左足の蹴り上げで足の矢を躱しつつ、腹の矢を弾き、

右足の矢は蹴り上げる時の足捌きだけで躱した。


「……グギャァ?」


ゴブリンは確実に私を仕留めたと考えていたのか、

私が矢を全て躱し切った事に唖然となっていた。

そこに私が鏃を投げつけていき、全てのゴブリンを撃ち落とす。


「グギャァアアアア!!!」


五つの断末魔が部屋に響き、視界に入る敵はいなくなった。

けれど、何処かにまだ隠れているかもしれないと思い、

部屋を隈なく見渡していると、いつしかモンスターの死体が

光に変換されていっている事に気が付いた。

そして、モンスターは宝箱となる。


「……終わったみたいね」


光になった事で戦いが終わったと判断できた私は

現れた宝箱を開いて中を確かめる。

中に入っていたのは仕事着シリーズの〈ジャケット〉と、

スーツに似合いそうな〈レザーシューズ〉、おまけに〈回復薬〉が三本入っていた。


今履いている靴は動きやすいパンプスだが、

確かに戦闘をするのであれば、こっちの方が良いだろう。

私はジャケットを着直して、靴を履き替える。


そうした途端、全身の服と靴がパッと光り、

身体を覆うように透明な膜が張られたような感覚を微かに覚えた。

……もしかしてこれって"セット効果"が発動したって事? 


確認のために私はスマホを取り出して、

ステータス画面を見てみる。



ATK 41+5

VIT 15+5

INT 0+5

MGR 5+5

AGL 26+5

LUK 0



いや、なんでLUKだけ上がってないのよ!

そんなに運営は私には運がないって言いたいの!? 

お前らのせいで私は不幸なんでしょうが!!


……いやいや、落ち着け。

これはガチャの排出確率でしか無いという話だったし、

私の運は関係ない話だった筈だ。

……それはそれでムカつく話ではあるけど。


しかし、それにしても一式揃えたらステータスが上がるとか、

ゲームではよくあるけど、現実では一体どういう原理なんだろうか。

さっき張られた膜がステータスを上げる為の"防具"だと思うが、

あの謎バリアとは違って、自分の周りを膜が覆っている感覚があるし、

また違う原理だとは思うんだけど……。


まぁ、何にせよこれで更に戦いをより

有利に進められるようになった訳だ。

よし、この勢いのまま脱出を──


「──って、危なっ! 忘れるところだった!」


スマホを見て思い出したが、

まだソラちゃんに定期連絡をしていなかった。

慌てて私はソラちゃんに電話を掛けてみる。


…………だが、今度は繋がらない。


もしかしたら、戦闘で忙しいのかもしれない。

私は予定通りに次の部屋で改めて連絡してみようと思い、

部屋から出ようとした。


その時、私のスマホが鳴った。

心配だった私は鳴った瞬間に電話に出る。


「もしもしソラちゃん。今どんな感じ──」

『………ま………で…』

「……えっ? ソラちゃん?」


けれど、聞こえてきたソラちゃんの声は

砂嵐のような雑音を上から被されているようで、

音質が酷く悪く、とても聞き取れるものではなかった。


「ソラちゃん? あの、ちょっと電波が悪いみたいで、

 よく聞こえないんだけど……」

『……!………は……か……!…』

「──っ! ソラちゃん!! 大丈夫なの!?

 まさか、そっちで何かあったの!?」


途切れ途切れで、ザーザーとうるさい環境の中、

ソラちゃんは何かを必死に伝えてるようしていた。

その深刻さに私は嫌な予感を覚え、大声に呼び掛けるが、

電話口から聞こえる声は雑音に搔き消されるだけだった。


「……そ、ソラちゃん駄目! 声が、声が聞こえないの!」


私は自分の環境のせいかもと考えて、

急いで部屋中を駆け回ったり、通路に出て電波を探したが、

一向に音質は改善されなかった。

状況が全く分からず焦りだけが募っていき、

私の心は激しく搔き乱されていく。


ソラちゃんは無事なの……!?

もしかして、怪我をしててまともに喋れてないんじゃ……!?


『…………きを……!……だ……い』

「──っ!! もしもし!!? もしもしっ!!?」


意思疎通もままならない状態のまま、唐突にブツリと電話が切れる。

結局、ソラちゃんの無事は分からなかった。

ただ、何かに巻き込まれたのは間違いない。


「────ソラちゃんっ!!!」


私は脱いだ物はそのままにして、

に入れた〈回復薬〉だけを宝箱に投げ入れてから脇に抱えて、

剣を回収しながら全速力で通路を走り出した。



『ソラちゃんを助けないと』と、そう思わされて。


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