第56話 あっさりと倒しますね

バッグと化した宝箱を小脇に抱えつつ、私はソラちゃんへ電話をかける。


今度はすんなりと繋がって、お互いの状況を共有する。

ソラちゃんはゴブリン三匹と戦い、宝箱から〈回復薬〉を手に入れたらしい。


ソラちゃんが戦ったゴブリンは相変わらず知能が低い個体だったようだ。

羨ましくないと言えば嘘になるが、ソラちゃんが危険な目に合うよりは百倍マシだ。

危険な敵は私に回してくれた方が絶対に良い。


ソラちゃんと連絡を取った後は暫く洞窟を探索し続けた。


その間、ニ回程敵と遭遇したが、モンスターの種類は

ゴブリンとヘルハウンドから変わらず、それぞれの母数が少しだけ違うだけだった。


ヘルハウンドの数がゴブリンより多かった時は少し身構えたが、

ヘルハウンドの速さは大して速くはない。

なので、今のところ怪我一つなく、余裕を持って対応出来ている。

折角ゲットした防具は活かせそうにない。

いや、別に活かしたくはないんだけどさ。


その二回で宝箱から手に入れたアイテムは

〈回復薬〉と仕事着シリーズの〈ズボン〉だった。

これで着ているシャツとズボンが鎧と化し、

私が小脇に抱える宝箱には二つの特殊な"お宝"と〈回復薬〉が入れられた。

イベントが終わる頃には私のなりきりセット──

つまり、ただのスーツ一式が宝箱の中で完成しそうだ。


また、ソラちゃんとの連絡も途切れること無く取れている。

あっちも敵の強さは特段変わらず、

宝箱も〈回復薬〉ばかりでバリエーションもないし、

とんだクソゲーですねとソラちゃんは愚痴っていた。私もそう思う。


そして現在、私の目の前には二股の分かれ道が現れていた。


勿論、分かれ道の境目に看板なんてないので、

座標となるものもない。どうするべきか……?


「あ、そうだ」


私は〈衛種剣モラスチュール〉を地面に立ててから手を離した。

棒倒しの要領で剣が倒れて左の道の方に倒れる。


よし、左の道にしよう。

……考えた所で正解なんて分からないのだし、

悩むくらいならこんな方法でもいいから決めてしまった方がいい筈だ。


そうして左に進んでいくと、これまでとは一段と広い部屋が待ち受けていた。

今まで多目的室くらいの広さだった空間だったのに、

ここは体育館くらいの広さで、これまたドーム状に空間が形成されている。


そんな大部屋の中央に、体長五、六メートル程の巨人が胡座をかいて座っている。


聳え立つような筋骨隆々の肉体に、額から生えた二本の角。

毛皮で作られた服を荒々しく着こなして、

手には突起が満遍なく備え付けられた金属製の棍棒を握っている。


その姿はまさに鬼。

"オーガ"と呼ぶに相応しい存在だった。


そんな存在を前にして私は恐ろしくなるが、不思議と足が竦む程ではない。

この恐怖はどちらかというと、モンスターの威圧感ではなく、未知への恐怖だ。

オーガの戦い方を知らないからこそ湧いてくる、戦いに臨む戦士の恐れ。

怯えるのではなく、立ち向かう為の警戒心でしかない。


「……進もう」


ここは先手を敢えて打たず、

先ずは様子見してオーガの戦い方を知ろうと思い、

私はゆっくりと部屋の中へ入っていく。


部屋に入った事で、オーガはもう私に気付いている様だったが、

何故か攻撃しようと動こうとはせず、ただじっと私を見据えるだけだった。


オーガも様子を伺っているのだろうか? 

お互いに睨み合う時間が続く。

一分間程そうしていただろうか、我慢出来なくなったのはオーガの方だった。


素早く立ち上がり、私にトゲだらけの鉄塊を振り回してくる。

がむしゃらに振られる棍棒は地面を何度も抉りながら、

私を粉々にしようと唸りを上げてくる。

しかし、攻撃速度はかなり速いが、振り方は雑で隙だらけだ。

私はオーガが棍棒を振り上げたタイミングで、オーガの足元まで疾駆し、

右の足首を両手に握る〈衛種剣モラスチュール〉で斬りつけた。


「──ゴォオオオッ!?」


ゴキリと骨が折れた音がなり、オーガは悲痛な声が聞こえてくる。

オーガは右足の骨を折られた事で上手く立てなくなり、ズシンと地面に倒れ込んだ。

態勢を崩したオーガにトドメを刺す為、

私は両手に握る剣を投げ捨て、切れ味のある〈スクワダ〉を取り出す。

そして、首元まで駆け寄り、無防備に晒されている首を力強く切り裂いた。


「グゴォォォオアア!!!」


噴き出した紫の血が身体中を濡らしてくる。

これまで〈重水〉や〈粘水〉といった特殊な液体を浴びてきたが、

こんなに酷く陰鬱な気分になったのは始めてだった。


……オーガはもう動かない。

大量の血液を首から失った事で死んだようだ。

もう少し苦戦すると思っていたが、

どうやらオーガは攻撃が厄介なだけで、防御面では脆いらしい。

少し拍子抜けだったが、苦戦せずに突破出来た方が良いのは確かだ。


それから間もなくしてオーガも淡い光になっていくと思っていたが……

何故かオーガの死体が消え始めない。


「どうして──っ!?」


突如、背後に殺気を感じた私は、咄嗟に頭を横に振った。

そうして、私の顔の真横を殺気の先から放たれた"何か"が素通りし、地に突き刺さる。


躱したものの正体は弓矢だった。


一体どこから……!?

そう思っていたのも束の間、その一矢を皮切りに四方八方から矢が飛んできた。

矢が飛んできた上を見ると、なんとそこには何匹ものゴブリンが弓を番えていた。


天井近くには部屋を囲うように設置された足場が設けられており、

そこに十匹以上の弓矢部隊が隊列を組んで、私を狙っている。


──恐らく、最初からゴブリン達はあそこにいた。

息をジッと潜め、オーガに私が気を取られ隙を見せる瞬間を、

今か今かと見計らっていたのだろう。

そして、たった今油断していた私を射抜こうと動いたのだ。



────そこまでする!?



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