第54話 多少の不備は想定内です
──本当にゲームみたいなイベントだ。
あのゴブリン達は死んでしまったからなのか、
それとも戦闘不能な状態になったらそうなるのかは
よく分からないが、とにかく戦利品として、
私には宝箱が与えられたようだ。
さしずめここはダンジョンの中といったところなのだろう。
ゴブリンが出てくるダンジョンはRPGゲームであれば、
大体が序盤のステージであり、難易度は高くないというのが通例ではある。
しかし、運営が施した難易度設定がそうであるかは分からない。
油断は引き続き出来ないだろう。
そして、既に手をゴブリン達の血で汚してしまった以上、
もう殺さない様に気を付けた所で、大して意味はない。
ゴブリンは一匹だけなら大した事はないが、
群れをなすと途端に攻略が難しくなる。
あの連携力は非常に脅威だ。
ついさっきはまだ三匹だから対応出来たが、
数が増えられば増える程に危険度は増すだろう。
殺しを躊躇していたら、こちらが死ぬ。
なら、"知識"に頼ってまた自分の罪悪感に蓋をすれば良い。
万全に戦えなくてはソラちゃんの安否すら確かめられず、
私が躊躇すればする程、時間が空虚に過ぎていく。
そのせいで相棒がいなくなるのは、死んでも避けなくてはならない。
…………容赦なく殺さなくては。
そうして気持ちを新たにした所で、
私は目の前に現れた宝箱を開けるかどうかを考える。
恐らく罠である可能性はない筈だ。
あくまでガチャ運営はこれをイベントとして提供しているのだし、
道端に設置してある宝箱ならともかく、
"敵からドロップした宝箱"というものに罠を仕掛けているとは考えにくい。
特に初心者ダンジョンという設定なのであれば、それは尚更だろう。
そして、このイベントが宝箱を開ける前提に
進めるものだったとしたら、開けないでいるのは得策ではない。
もし宝箱からあの〈回復薬〉や探索に必須なアイテムが出るのなら──?
「開けるしかない……か」
そう結論を出した私は宝箱に手を掛ける。
……ほんの少しだけ、ワクワクしてきた。
宝箱を開けるという体験は小さい頃にやった事はあるが、
あれは玩具の宝箱だったし、こんな電子レンジくらいに大きくて、
立派な見た目をした宝箱は開けたことがない。
あれ、そういえばこれって鍵がないけど開けられるのか?
……と思ったら、宝箱の蓋は呆気なくパカリと開いた。
どうやらこの宝箱にある鍵穴は飾りでしかないらしい。
宝箱の中を見るとそこには見覚えのある緑色の液体が
入っているガラス瓶と紙切れが入っていた。
液体の方は恐らく〈回復薬〉だろうと思っていたら、
それを裏付けるかのように、紙切れの方には〈回復薬〉の説明が書かれていた。
【N(ノーマル)回復薬】
回復薬は服用者の身体の傷や怪我をある程度治療出来る飲み薬です。
複数回服用しても回復効果は上昇しませんので、用量を守ってお使い下さい。
例の〈回復薬〉か……開けて正解だった。
これで万が一攻撃を受けても、ある程度は大丈夫になる。
だけど、敵からドロップする宝箱はどれでも開けて問題が無いとは限らない。
出来れば……そう、"鑑定"というものが出来るアイテムが欲しい。
まぁ、そんな事このイベント参加してる他の参加者もそう思うだろうけど。
取り敢えずこの洞窟でやれる事はやったので、
またソラちゃんに電話をしてみる。
こうして繰り返し電話をかけるのも、
事前に色々とソラちゃんと相談して決めた作戦の一つだ。
前いた場所では掛からなくても、
もしかしたら別の場所でなら繋がるかもしれないし、
時間によって状態が変化するかもしれないので、
余裕があるならそうして下さいと言われていた。
なので、ダメ元ながらも電話を掛けてみたのだが……なんと今回は電話が繋がった。
こうなるとソラちゃんの推測通り、
場所によっては連絡出来ると考えてもいいかもしれない。
知れて非常に嬉しい情報だ。
『もしもし! マチコさん! ご無事ですか!?』
電話口からソラちゃんの焦った声が聞こえてくる。
どうやら凄く心配してくれていたみたいだ。
この感じだと、ソラちゃんも恐らくイベントに参加させられたのだろう。
その事自体は酷く腹立たしいが、一先ずソラちゃんが無事みたいで良かった。
そうして私は胸を撫で下ろしながら状況を報告する。
「えぇ、無事よ。今の所怪我もなく進めてるわ。
そっちもイベントに参加させられてるみたいだけど、大丈夫なの?」
『あ、ご心配なく!
わたしの方は全く問題ないですよ。
それより、佐藤さんはもうあの化け物……
ゴブリンと戦いましたか?』
「……うん、戦って、殺したわ。
ソラちゃんも……事前イベントで"ああいうの"と戦ったのよね?」
『……はい。なのであいつらの行動パターンや、
個体の種類もある程度は知ってます。
ですが、わたしの知っているその情報は、
今は逆に聞かない方がいいかも知れません』
「えっ? どうして?
事前にモンスターの情報を知っておけたら、
対策も講じやすいと思うんだけど……?」
『……マチコさんは戦ったゴブリンがどういう見た目で、
どんな行動をしてきたか覚えてますか?』
「え? う、うん。覚えてるわ。
私が出会ったゴブリンは三匹いたんだけど、
全員が緑色の身体をして、ボロボロの腰巻きだけを着てたわね」
『……見た目と服装から鑑みて、
上位個体でもない普通のゴブリンですね』
「そうなの? えっとそれで、
そいつらは私を見つけた途端に攻撃してきたんだけど、
手加減してる余裕がない程、かなり洗練された連携を取ってきてたわ。
もしあの"知識"が無かったら、私は死んでたと思う」
『……連携……はぁ、やっぱり予想通りみたいですね……』
ソラちゃんは電話越しでも酷く嫌そうな顔をしてると分かる口調でそう言った。
連携を取ってきたというのが予想通りという事だろうか?
確かに厄介で非常に面倒な話だと思うが……
ソラちゃんが引っかかってるのはそこでは無さそうだ。
『マチコさん。残念な話をしてしまうのですが、
わたしが事前イベントで戦ったゴブリンも、
このイベントでさっき戦ったゴブリンも、
"連携"なんて、ご立派な行動は絶対にして来ませんでした。
ゴブリンというのは全員モタモタした動きで、
各々好き勝手に動いている烏合の衆でしかなく、
脳みそが入っていないような攻撃しかしてこない。
それが、私が認識しているゴブリンなんです』
「そ、そうなの!?」
当然ながら、私が戦ったゴブリンはそんな動きなどしていなかった。
動きは早くはなかったが、攻撃内容は凄く考えられていたし、
連携の技術もタイミングも卓越していた。
それどころか誰かの犠牲を厭わず、敵を確実に殺そうと
最後まで抗おうとしてくる紛れもない戦士だった。
なのに、ソラちゃんが言っている生物はまるで別物だ。
とてもじゃないが、似ても似つかない。
まるで、いや、まさに序盤に相応しい──弱いモンスターといった存在に聞こえた。
「私の知ってるゴブリンと違う……」
『……運営は〈花の候補者〉を重要視しています。
なので、候補者であるマチコさんに対しては、
弱い筈のゴブリンや他のモンスターの仕様を変更して、
その人達の実力に釣り合う程に強化された個体を送り込んでいるのでしょう。
だから、きっとわたしが握っている情報は
これからのダンジョン攻略に邪魔になります。
何せ"似て非なる化け物"に魔改造されてるんですからね」
「……うわぁ。なんなのそれ……」
勝手にハードモードを選択されるとかとんだクソゲーだ。
まぁ、販売元があの会社じゃそうなって然るべきだろう。
早く倒産して欲しい。
『以前からモンスターについての話は
運営がそういった対策をしてくる事も考慮して、
余り言わないようにしていたのですが……それで正解でしたね。
下手に知らせていればマチコさんを混乱させて、
戦局を不利にさせてしまっていたかも知れません』
「そういえば確かに、ソラちゃんから事前イベントで
戦った人やイベント内で出てきたアイテムの話は聞いてたけど、
モンスターについての話は聞いて事無かったわね……。
そんな事も見越してたの?」
『あくまで可能性の一つとしてでしたけど……。
はぁ……当たって欲しくは無かったですね、こんなの』
相変わらずとんでもない子だ。
ガチャ運営によって生み出されたモンスターだというのに、
それの仕様変更がある事すら想定して行動するなんて、
この娘の他に誰が出来るのだろう。
頼り甲斐がありすぎる。
「あ、待ってソラちゃんにそういう個体が
送られてくる可能性ってないの?
ソラちゃんは私の仲間なんだし、
もしかしたら巻き込まれるかも……」
『多分、こちら側のモンスターの仕様変更はないと思います。
モンスターを強くする理由は、〈花の候補者〉を鍛える為でしょうから。
マチコさん用のモンスターを放っても、
わたしは鍛えられるどころか死ぬだけですし、
やるとしても程々に強くしたモンスターがくる筈です。
なので、心配はいらないと思いますよ』
「……それもそっか。でも、一応気を付けてね?」
『はい、勿論です!
さて、そろそろ情報交換といきましょうか。
わたしとマチコさんとでは色々と、
知っている情報が違ってそうですからね──』
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