第53話 素晴らしい躊躇で

私は愕然となりながら、三匹いるゴブリンを観察する。


ソラちゃんから事前イベントの時に怪物を殺したとは聞いていたけど、

こうして本当に存在しているのを見てしまうと、どうしても驚いてしまう。


こんな存在すら作り出せるなんて、

ガチャ運営は一体何なら出来ないんだ……?


現実離れした光景に思わず固まっていた私だったが、

どうやらゴブリン達も私の存在に気付いたようだ。

得物が来たぞと叫んでいるかのように涎を撒き散らして叫び、

三匹のゴブリンは持っていた木の棍棒を振り翳しながら突撃してくる。


「グギャギャァ!」

「っ!」


そして、接近してきたゴブリン達の一匹が飛び上がり、

私の頭目掛けて棍棒を振り下ろしてくる。

私は慌ててその降り下ろしを弾こうとする為、

〈衛種剣モラスチュール〉を上へと振るった。


「グギャッ!?」


焦っていたせいで力加減を間違えてはいたが、

狙い通りに私の振り上げはゴブリンの棍棒を弾いた。


弾かれた棍棒は洞窟の天井へと激しくぶつかり、バラバラになって降り注いだ。

その破片は私とゴブリン達にも落ちてきたが、それをゴブリン達は全く意に介さず、

それどころか棍棒を弾かれたゴブリンは武器がなくなり

素手になっても、全く怯む様子もなく私を攻撃してきた。


棍棒を持っているゴブリン二匹は私の足を破壊しようと、

左右それぞれから棍棒を横薙ぎに振るい、

無手となったゴブリンは私の首を噛み千切ろうと迫ってくる。


──相手は確実に私を殺す気だ。

殺さないようにと配慮している場合ではないだろう。

幸いにも相手は人ではないのだから……生き残る事を優先するべきだ。

ただ、それでも出来る限りの事はしたい。


私は足に迫っていた棍棒をジャンプして躱した後、

タイミング良く足を素早く降ろした。

そして、勢いよく降ろされた両足によって、

二匹が持っていた棍棒は粉々に踏み潰される。


「「グギャギャ!!?」」

「──はぁっ!」


私の迎撃を目で追えてなかったのだろう。

急に棍棒が壊れたと驚き怯んだゴブリン達が隙だらけになる。

その隙を突き、私は両手に握る〈衛種剣モラスチュール〉で、

ゴブリン達の肩を叩きつけた。


「「グギャァアアア!!!」」


悲鳴を上げながら地面へと転がっていく二匹を見届けた後、

既に首元を嚙み千切ろうと迫っていた残り一匹の背中に向かって私は剣を振り下した。

肉が抉れ、骨が砕けるような、嫌な感触が手に伝わってくる。


「グッ!? ギギャ……⁉」


そうして、ゴブリン三匹は全員地面に倒れた。


こうも簡単に対処出来たのは、単純にゴブリンの動きが遅かったからだ。

連携は取って攻撃していたが、それでも単純な攻撃ばかりだったし、

知識もステータスもある私の敵ではなかった。


……どうにか殺さないで戦いを終えられた。

相手は人を殺してくる化け物ではあるが、

生き物である以上、やはり殺してしまうのは躊躇われる。

殺さずに済むのであれば、それが一番良かった。


呻き声を上げて地面に転がるゴブリン達は、まだ息をしている。

このまま放っていくと、この三匹はどうなるのだろうか?

運営が助けないのであれば、怪我で死なずとも空腹で死ぬだろう。


もしかすると食事を必要としない生き物なのかもしれないが……

そう考えるのは楽観的であり無責任だ。

しかし、だとしても私は〈回復薬〉も持っていないし、治療出来る手立てもない。


ならば、いっその事。

ここで命を終わらせた方がマシなのかもしれない。

けれど、それは──


「…………っ」


判断が出来ないまま、時間だけが流れる。

ソラちゃんの安否を確かめないといけない今、

悩んでいる場合ではないのに、どうしても迷ってしまう。

ここにきて、大事な判断をソラちゃん任せにしてきたツケが回ってきていた。


「──グギャギャアアアア!!!」

「──!?」


狂ったような雄叫びが聞こえたその直後。

倒れていた筈の二匹のゴブリンが急に起き上がり、

私が砕けた棍棒の破片を投げつけてきた。


完全な不意打ちだったが、

その投擲も遅いものだったので、私は剣でそれを弾いて防ぐ。

だが、その間で全てのゴブリンが怒りに満ちた形相を浮かべ、

私に噛み付こうと突進して来ていた。


左右に二匹、正面に一匹と分かれて同時に攻撃を仕掛けてきており、

それぞれで速さを変えてきている。

背中の骨を砕かれながらも腕と足の力だけで

正面から迫ってくる一匹が先ず先鋒として私に襲い掛かり、

少し遅れて二段目として両翼の二匹が追撃してきている形だ。


そして、あの右翼のゴブリンは足運びを見るに、

恐らく正面のゴブリンは私に対処される前提で動いている。

素直に右から攻めてくるのではなく、正面のゴブリンが対処された瞬間に、

自分も正面から私を襲うつもりなのだろう。


正面と左右からの同時攻撃に見せかけ、

正面の一人を囮にして死角を作り出し、右翼による不意打ちを狙い、

左翼による視覚的陽動と追撃を繰り出し、勝機を得る。

これが、この三匹が立てた作戦だ。


……"知識"があるからここまでの思考が読み取れたが、

まさか、そこまで考えてゴブリン達が行動してくるとは思わなかった。

これだと手心を加えて死なないようにしていては、手が間に合わない。


第一イベントで張られていたバリアがあるのか分からない以上、

攻撃を受ける訳にもいかない。

もし万が一の事があれば、死んでしまうかもしれないし、

そうなったら、ソラちゃんを救えなくなる。


──もはや、彼らの安否など気にしてはいられない。



「……ごめんね」



私は意味のない謝罪を呟いた後、

前方のゴブリンではなく、右翼に広がったゴブリンに向かって

〈衛種剣モラスチュール〉を思い切り投げ付けた。

それによってゴブリンの顔には剣が突き刺さり、

右翼のゴブリンは地に倒れ伏す。


「──グギャッ!?」


自分達の作戦を潰され、驚くゴブリン達。


命を奪ったと、深く考えそうになるが、

咄嗟に私は知識の中にある光景を思い返した。

"このくらいの惨劇"なら、何度も作り出してきた。

過去の感情と意識を自身に広げて、罪の意識を和らげ、

殺す事への抵抗感を薄めていく。


そして、前方にいる隙だらけのゴブリンの首を

もう一本の〈衛種剣モラスチュール〉で斬り付けた。

ゴキリという鈍い音と、肉と骨をグチャリと潰した感触が手から伝わる。

その苦痛を気にしないようにして、私は残った左翼の

ゴブリンの頭を剣で叩きつけて潰した。


これで全てのゴブリン達が動かなくなった。


彼らの鳴き声が止み、洞窟内に静寂が訪れる。

ゴブリン達はまだ死んではいないようで、ピクピクと身体を痙攣させている。

だが、もうすぐ息絶えるのは明白だった。

私のせいで、ゴブリン達は皆死んでしまう事になる。


……でも、相手は人間じゃない。


あれはただの化け物だ。

殺した所で気に病むべきじゃない。

そんな事をしてもこのイベントを乗り切る事は出来ない。

そもそも何もしなければ私が殺されていた。

だから、私は何も悪くない。


無責任な言い訳を並べ、無理やり自分を納得させる。

自分がやってしまった事をなるべく深く考えないように、

罪悪感に蓋をして、次に進む為に無心を保てるように、

立ち上がる理由になる言い訳を自分に言い聞かせていく。


────私は、どうするべきだったんだろう……?


消えない疑問に苦悩していた、その時。

突如、目の前のゴブリンの死体が淡く光り出した。


「えっ!?」


光りだしたのは三匹のゴブリン全てだった。

ゴブリン達の身体から蛍火のように淡く青白い光が

溢れ出しては空中へと上がっていく。

光が増えていくに連れ、ゴブリン達の身体も徐々に薄くなっていき、

最後にはまるでそこにいなかったかの様に、跡形もなく消えた。


……多分、この光が彼らが死んだという証なのだろう。

私が言い知れぬ感情のままに、その光を眺めていると、

空に浮かんだ蛍火が急激に集まっていき、何かを模っていく。

やがて、青白い光の輪郭が作り出した物が理解できた。


あれは箱だ。

小さめのクーラーボックス程の大きさをした、

何処かで見たことがあるような形をした箱。

そんな箱が、光から物質へと変わっていき、

空からボトリと地面に落ちてくる。


落ちてきた木製の箱は全体的に鮮やかな赤色で染められており、

金色の板金と細やかな装飾が施されていた。

また、箱の中央に配置された大きくも荘厳な鍵穴は、

如何にもその中身が貴重であると高らかに謳っているかのようだった。


……どうりで何処かで見た事があると感じたわけだ。

この箱なら、私は"画面の中"で何百個と見た記憶がある。



────"宝箱"。



現実でも空想でも変わらない魅力が込められている、

あの宝箱が、そこには現れていた。

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