第52話 第二イベントの始まりです

「……え?」


何かが聞こえた気がして目を覚ますと、

私の寝具は硬くザラザラとした材質に変わっていた。


それはベッドではなく、石の地面だった。

ふと、辺りを見渡せばそこに広がる風景も、

私の部屋とは遠く離れたものになっている。


洞窟を思わせるゴツゴツとした岩壁。

壁に等間隔に設置されてある松明。

そんな異質な内装に仕立てられたワンルーム程の薄暗い空間に、

気が付けば私は連れて来られていた。


そして、自分の周りには剣とスマホが置いてあった。

置かれていた剣は〈衛種剣モラスチュール〉二本と〈スクワダ〉で、

付いている傷跡を見るに私が元々持っていたものようだった。


明らかにこれを使ってイベントを進めろと言っている。

そして、朧げに聞こえた……あのアナウンス。

どうしてここにいるのかという答えは、もう出ていた。



「第二……イベント……」



ついに、始まってしまったのか。

仕事なんて比べ物に成らない程に憂鬱で厭悪な、あの地獄の催しが。


ただ、幸いな事に私は準備を整えられている。

いや……寧ろ"私"の準備が整ったから、イベントが開始された? 

この狙い澄ましたかのようなタイミングであれば、

そんな風に思えるが、参加者は私の他にも多くいる筈だ。

流石に私一人だけの為に開催を待ったとは考えにくいとは思うのだが……

そうと断言出来ないのが恐ろしい所だ。


それを裏付ける証拠という訳ではないだろうが、

私が今着てる服はお風呂から上がった時に着たパジャマでは無く、

何故か私が普段着ている仕事着になっている。

恐らく寝ている間に着替えさせられたのだろう。

ご丁寧に普段使っている靴まで履かせられていた。


……うぅ、寒気がする。

何で心底嫌っている相手にそんな事させられなきゃいけないのよ。

気っ色悪いわぁ……。


一先ず散らばっている剣とスマホを拾い、

巻き込まれているかどうかを確かめる為、私はソラちゃんに電話を掛けてみた。


…………繋がらない。


強制的にイベントが始まった時や、2人で行動出来ない時は

先ず連絡を取り合おうと話していたのだが、

今回のイベントではソラちゃんは頼れなさそうだ。


それは百歩譲っていいのだが……私の仲間である以上、

ソラちゃんもイベントに強制的に参加されられていてもおかしくはない。


……ソラちゃんは無事なんだろうか。

それを知るためにも早くイベントを終わらせなくてはならない。


必ず待ち受けているであろう戦いに備える為、

私はスマホを操作して〈ステータス管理アプリ〉を開き、

自分のステータスを全て最大値にする。


ATK 41

VIT 15

INT 0

MGR 5

AGL 26

LUK 0


さて、これで私は何処までやれるのだろうか。

分からないが、とにかくやってみるしか無い。


スマホをズボンのポケットに入れ、

〈スクワダ〉をズボンとベルトの間に挟み、

二本の〈衛種剣モラスチュール〉を両手で持って立ち上がって前へと進む。


私がいる石造りのワンルームの先には

トンネルのように洞窟が広がっており、トンネル内は松明で照らされている。

ルール説明は何一つ無かったが、先の道がそこしかないので、

この道を進めばイベントも進むのだろう。


「……ふぅー……よし! いきますか!」


私は深呼吸して決意を固め、トンネルに向かって歩き出した。

何が待ち受けていようと乗り越えてやる。

その為に私はソラちゃんに鍛えてもらったのだから。


そうしてズンズンとトンネルを暫く進んでいると、奥から声が聞こえてきた。

最初は人間の声かと思ったが、聞こえ続けるその声は

言語というには余りにも耳障りで、強いて言えば鳴き声のように思えた。


不気味に思いながらも、その声を追うようにトンネルを進んでいくと、

その先に一つのドーム状に造られた部屋が見えてきた。


「グ、グギャギャ」

「ギャギ」

「ググ、グギャギ」


やがて、部屋の中へと入り、それらが私の視界に鮮明に写る。

そうして見えてきた、鳴き声を上げる生き物は"歪な子供"だった。


ボロ布一枚を腰に巻き付け、木で出来た棍棒を持ち、

腰が折れ曲がっているかのように猫背で、ガリガリにやせ細った子供。

その子供達はお互いに先程の聞こえてきた耳障りな鳴き声を

口から出して、話し合っているようだった。

やがて、私に気付いた子供達が振り返り、その顔を見せてくる。


「…………嘘」


"それ"が振り返って見せた姿は人間では無かった。

尖った耳と鼻にヤギのような瞳に、耳まで裂けた口。

やせ細った身体に不釣り合いな腫れた腹と、緑色の体色。

そんな異形の化け物が、私の記憶の中から飛び出したかのように、

そこには現れていた。



────ゴブリン。



画面越しにしか見た事がなかったその存在が、

私の目の前で、確かに生きて暮らしていた。

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