第50話 超えられる人間はあちらでもほんの一握り
ソラちゃんが私と同じ様に笑ったその直後。
ソラちゃんは腕を後ろにやって、二つの〈水鉄砲〉から水流を
ロケットブースターのように噴射し出した。
それにより、あっという間にソラちゃんは私の懐までやってきて、
噴射の勢いを足で殺しつつ、腕を前にして銃口を突き付けてきた。
「なっ……!?」
そして、至近距離から私の頭へと水弾が発射される。
私は咄嗟に上体を後ろに逸らして躱すが、
ソラちゃんは水流によって発生した慣性を利用して、
足で地面を滑るように移動し、私の後ろへと回り込んでいた。
「──っ!?」
到底避けられる体制ではなかった為に、
私の両足は敢え無く〈水鉄砲〉によって打たれてしまう。
「ぐっ……!?」
足に当てられた水は〈重水〉だったようで、
私の足をずしりと重くして痛みを与えてくる。
だが、耐えられない痛みじゃない。
再び〈水鉄砲〉から水弾が発射されるが、
痛みに堪えて何とか体制を立て直し、
私は前方に走って水弾を回避する。
動きをかなり制限される〈粘水〉ではなくて幸いだったが……
何故、ソラちゃんはここで〈重水〉をぶつけてきた?
ジェット噴射した際にとりもちを無駄に地面へと設置しないようにする為だろうか?
確かにそれはあるとは思うが……本当にそれだけ?
答えを探している内に、
ソラちゃんは再び〈水鉄砲〉を噴射させて、
私との距離を詰めてくる。
そして、私へと接近した所でソラちゃんは
左手の〈水鉄砲〉の噴射を止め、
右手の〈水鉄砲〉だけを水平に噴射し出した。
ジェットブースターが一つだけとなった事で、
噴射による方向が直線から、横軸の回転へと変わり、
ソラちゃんは私の横腹を刈り取るかのように、回し蹴りを繰り出してきた。
強い遠心力を生じさせた事による、凄まじく鋭い蹴りだ。
────避けられない!
私はどうにか両腕を使ってそれを防いだが、
碌に構えを取れなかったせいで腕が弾かれてしまい、
無防備に隙を晒してしまった。
その隙を見逃さなかったソラちゃんは〈水鉄砲〉で
私の身体を水弾で濡らしてくる。
「っ……!! くそっ……!」
更に重くなった身体を動かして、
私はソラちゃんの追撃から逃れようと後ろに退避する。
しかし、直ぐに私の背中をずぶ濡れにしようと、水弾が飛んできた。
当たる直前に前に転がって水弾を躱すが、
次々と水弾は発射されてきて、私を追い立ててくる。
「……はぁ、はぁっ……!」
ずっしりと足が沈んで、思うように動けない中。
それでも私は必死に水弾から逃げて躱していく。
このままだと、いずれ体力が尽きるが……
あの〈水鉄砲〉のタンクに入っている水だって無尽蔵ではない筈だ。
弾切れを狙って、その隙にソラちゃんを止める事が出来れば……!
……っていうか、なんでアイスキャンディくらいの
小さいタンクなのに、あんなに打ち続けられるのよ!
いくらなんでもおかしいでしょうが!
そうして弾切れを狙いながら逃げている最中、
突然ソラちゃんは右手の〈水鉄砲〉を撃ちながらも、
左手の方の〈水鉄砲〉にある"スライド"を口を使って引いた。
するとその瞬間、左手の〈水鉄砲〉のタンクが
勢いよく外れて、地面に転がった。
そして、ソラちゃんは後ろへと手をやり、
ジャージのスボンから何かを取り出そうとしだそうとする。
「──っ!!」
来た! ソラちゃんは"リロード"する気だ!
私は急ぎ、タンクを再び〈水鉄砲〉に装填させないようする為、
玉砕覚悟でソラちゃんへと突撃した。
危ない賭けではあるが、
今ならソラちゃんの〈水鉄砲〉はまだ一丁のままだ。
これなら水弾は数が少なくなって近付きやすい。
この機会を逃せば、私の体力が持たずに勝てなくなる。
今がソラちゃんを止める絶好のチャンスだ。
ただ、ソラちゃんは私の接近に対して全く動じていない。
まるで、そうしてくるとわかっていたような──?
「────チェックメイトです」
そして、ソラちゃんの宣言を聞いたその瞬間。
私は何故かその場で動けなくなった。
「なっ、なんでっ……!? あっ……!!」
ふと、足元を見れば私の足はべっとりと、
〈粘水〉の水溜りにいつの間にか浸かっていた。
ど、どうして〈粘水〉がここに……!?
そう思い、水溜まりの源頭を探してみれば、
ソラちゃんがさっき外したタンクから漏れ出た水によって、
白い水溜まりは生み出されていた。
あ、ありえない……!
さっきまでソラちゃんが打っていたのは〈重水〉だった。
タンクに入っていた水が〈重水〉であった以上、
そこから出てくるのは透明な水でないと道理に合わない。
それがどうして、〈粘水〉にすり替わっているの!?
────まさか、本体に仕込んでいたのか?
あの〈水鉄砲〉というアイテムは
タンクだけに水を貯められるのではなく、
"本体そのもの"にも水を貯められる物であって。
更にタンクに入っていた水を本体に補給されないように、
栓を閉められる仕様だとしたら……。
先程まで〈重水〉を打てていたのも説明がつく。
なんだ、それは……!?
そんなインチキじみた仕掛け、
一体どうやって読めというのだ──!?
いや、私だって聞きたいわよ!!
思わず自分の思考にノリツッコミしてしまったが、そんな場合ではない。
ソラちゃんは動きが止まった私に対して、
もう既に何発もの水弾を打ってきている。
……完全に追い詰められた。
──クソっ! 剣さえあれば!
剣さえ持っていれば!
こんなもの簡単に防げるというのに──!
また"知識の意識"が顔を出してくる。
剣があれば、振った剣の風圧で、
こんな水弾など掻き消す事が出来るのに。
そう思わせて、私を悔しがらせてくる。
────違う。私は悔しくなんか無い。
寧ろワクワクしてる筈だ。
ソラちゃんに本気を出させている自分に。
私だってやれるんだと、証明出来そうなこの時に。
私が、私が胸を高鳴らせて、そう思っているんだ。
だから、"アンタ"もそう思え!!
私と同じように前に進め!!
私と一緒に!!! 乗り越えてみせろ!!!
『私が!!! "私"の進む道だ!!!』
「はあぁああああ!!!」
「──!?」
そして、嚙み合わなかったパズルのピースが、
頭の中でカチリとはまった音が鳴り響く。
そうなった瞬間、私の身体に流れる血が、
沸騰したように熱くなり、全身から力が溢れだし始めた。
有り余る力を足へと運び、
私は纏わりついてくる〈粘水〉を無理やり引き剝がし、
眼前迫っていた水弾を足捌きだけで回避する。
続けてソラちゃんは水弾を発射するが、
私はそれも最低限の動きで躱していく。
……全部、いとも簡単に見切る事が出来る。
知識の恩恵を受けて無ければ、こんな動きは先ず不可能だ。
だが、"意識"の侵食は全く感じない。
"私"の意識でこれをやっているのだと、ひしひしと感じる。
ソラちゃんは私にいくら水弾を撃っても、
当てれない事に驚いていたが、誇らしげに微笑んだ後、
二丁の〈水鉄砲〉を重ね合わせた。
上下に重なった二丁の〈水鉄砲〉から、
私の上半身くらいの幅がある、極太の水流が放たれる。
一体どうやってピストル程度の大きさしかない水鉄砲から
あんなものが発射されているのか……。
だが、もはやそんな事は些事でしかない。
「おぉおおお!!」
私は自分の脚にありったけの力を込め、
低く低くジャンプして、飛んだ勢いのまま、
地面を掘り進むようにスライディングを繰り出した。
滑走の勢いによって、地面がガリガリと抉れていき、
私の突き進む右足に土の波が生成され、
〈粘水〉の水溜まりすら巻き込んで破壊していく。
「は、はぁああっ!?」
異変に気付いたソラちゃんが驚きの声を上げる。
だが、もう遅い。既に固まっている〈粘水〉も、
新たに溢れ出る〈粘水〉も全て土石流によって押し流され、
ソラちゃんへと逆流し、目前まで迫っていた。
「ぬわーーっ!!」
「あっ! やばあっ!?」
そして、ソラちゃんは私が作り出した波に、
下半身を呑まれて転んでしまい、〈粘水〉の中へと消えてしまった。
私は急いでソラちゃんのカバンを探って、
ドライヤーと〈携帯式電源器〉を取り出して、
一先ず埋まっていた顔の部分だけを乾かす。
「……ぷはぁ!」
呼吸出来ていなかったソラちゃんは
顔を上げて空気を吸った。
それを見届けて後、続けて〈粘水〉を乾かしていき、
数分をかけてソラちゃんを救出した。
そうして〈粘水〉が溶けて、
ソラちゃんの身体が泥水でずぶ濡れになってしまったので、
彼女を労う為、川沿いまで移動してから、
私は〈簡易拠点〉を使いシャワールームを作っていく。
そこで、出来上がるのを待っていたソラちゃんが私に言う。
「──やっぱり、最高の相棒ですね。マチコさんは」
私はその温かな賛辞に泣きそうになりながら、
満面の笑みで言い返す。
「それはこっちの台詞よ──相棒」
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