第49話 きっかけを掴めても
そして、明日になり朝がやってきた。
次の特訓場所は都市郊外にある山の中だった。
河川敷とは違い、人目を隠せるいい場所だ。
ここならば特訓してた所で誰かが立ち寄ってくる事もないだろう。
昨日もここで特訓すれば良かったとは思うのだが、
ソラちゃんがデートしたかったらしいので仕方ない。
……取り合えず、あの後の話し合いで、
コスプレは回避出来て良かった。
充分に特訓出来そうな開けた所に着いた後、
ソラちゃんはあのデカいリュックを地面に降ろし、
バックの中から何かを取り出し始めた。
さて……今回は何がくるんだろうか。
そしてリュックからソラちゃんが取り出したのは、金属バットだった。
バットの鈍い輝きを見て、私は第一イベントで、
〈枯葉〉にされた人に攻撃された記憶がフラッシュバックする。
もう少しで頭を割られそうになったあの光景が、
ゾクリと、私の肌を粟立たせてくる。
────まさか、今度は。
「マチコさん。今回の特訓はお察しの通り、
このバットを使ってマチコさんにわたしは殴り掛かるので、
それを避け続けて下さいというものです」
「……っ、今回も"それだけ"じゃないのよね?」
「正直に言えばそうですね。私はバットで殴る以外に
色々な攻撃をするつもりです……大丈夫そうですか?」
「…………」
あの時の恐怖は今でもくっきりと私の心には刻まれている。
ソラちゃんが相手だったとしても、それは変わらないし、
当然ながら『今からお前、バットで殴るけどいい?』と、
言われて『大丈夫!』と答えるのは非常に難しいものがある。
けれど、私は昨日、この子の為に自分を乗り越えると決めた。
そんな恐怖に屈してなんかいられない。
私を超える事が、この子の期待に応える事になるのだから、
私は、全力で私を超えてやるだけだ。
「……大丈夫。始めましょう」
「分かりました──では、いきます!」
そうしてソラちゃんはバットを振りかぶりながら、
私に向かって突っ込んで来た。
そこそこ動きは早いが、振り方にも技術を感じられない。
これなら簡単に避けられる。
てっきりそれから何かしてくるかと思ったが、
ソラちゃんは特段変わった事はせず、
そのまま私に接近し、金属バットを振り下ろしてきた。
「えい!」
可愛らしい掛け声と共に振り下ろされたバットを避ける。
やはり、簡単に避けられたが、私は次の一手を警戒して後ろに下がる。
ソラちゃんは続けて私にバットを振り下ろしてきたので、
私はまたそれを躱して様子を見るが、どうにも裏がある様には見えない。
これではただただバットを振り下ろしてくる子供だ。
──このままでは面白くない。
まだ様子を見るべきか?
いや、それは臆病者のする事だ。
ここは少しばかり、反撃をしてみても──
「──っ!」
危ない! もう"意識"に飲まれてた!
でも、昨日気づけていたからか、ソラちゃんに言われる前に気付けてる。
よし……このまま私で居続けるんだ!
しかし、その気付きによって一瞬の隙出来ていた様で、
既に振られていたバットが私の上半身へと迫っていた。
私はそれを後ろに飛び、間一髪の所で避けた。
今回も自分の意思で避けられた。
あの"意識"に飲まれる事なく、私自身のままで!
これならいける……! いけるぞ、私!
「……流石、マチコさんです」
ソラちゃんはそう言って褒めてくれた後、
またもやバットを振りかぶり、私に振り下ろそうとしてきたので、
軌道を見切って横に飛んで躱す。
私は再び自分のまま躱せた事に喜んだ。
しかし……そのせいで、私はこのタイミングで、
ソラちゃんが罠を仕掛けてきた事に気付けなかった。
今までソラちゃんはバットを両手で振り下ろしていた。
だが、今回は"右手だけ"で振り下ろしていたのだ。
そして、私がそれを気付いた時には、
ソラちゃんは空けていた左手で、
ジャージのズボンに挟んでいた〈水鉄砲〉を取り出していた。
「まずっ……!」
取り出された〈水鉄砲〉から水弾が発射される。
弾の軌道からして、狙いは私の脚だ。
恐らくその狙いから鑑みて、あれは〈粘水〉の水弾だろう。
今、私の身体は〈重水〉で水浸しにはなっていないので、
ステータス的に当たった所で全く動けなくなる訳では無いが、
それでも当たってしまえば少しの間は拘束される。
その隙はソラちゃん相手には致命的に成りかねない。
けど、私は攻撃を避ける為にもう飛んでしまった後だ。
どうやってあの〈粘水〉を避ける……?
そう思考した後、私は避ける方法が頭に思い浮かんだ。
それは確実に"知識"による提案だったが、
私は乗り越えた実績かあると自身を奮い立たせ、
迷わずその避け方を実行する事にした。
「──ふん!! はぁっ!!」
「!?」
私は着ていたジャージの上を両手で素早く破り、
その破いた服を団扇のように振るって、水弾を打ち払った。
水弾は予想通り〈粘水〉だったようで、
打ち払った瞬間に粘つき出して、服を白く塗り潰した。
私はとりもち塗れになった服を地面に投げ捨てる。
ジャージを盾代わりに使ってしまったので、
上がタンクトップだけになってしまったが、安い犠牲だ。
何せ今回は"知識"を明確に使ったと認識していながら、
自分の意志で行動出来ていたのだから。
思わず笑みが溢れてしまう。
これは想像よりも早く乗り越えられそうだ……!
「えぇ……? ごり……」
「? どうかしたソラちゃん?」
「い、いえ! なんでもないです!
さ、流石はマチコさんですね。こんなにも早く、
"知識"をコントロール出来るなんて……
他の人じゃ絶対にこうはいきませんよ!」
なんか引いてたような気がするが、まぁ、気の所為だったのだろう。
ソラちゃんは私の成長を喜んで讃えてくれた。
その賛美を受けて私は嬉しくなり、もっと笑みが溢れてしまう。
「そ、そうかなぁ……? ふふっ、そうだと嬉しいけど」
「そうですよ! マチコさんは凄いんです!
自信を持たないと他の人に失礼なくらいですよ!」
「ちょ、そんなに褒めないでよ〜。ニヤニヤしちゃうから〜」
「えへっ、マチコさんの笑顔が見れるなら、
わたしはもっと褒めちゃいますよ〜?
よっ、天才! 美人! 才色兼備〜!」
「でへへへ」
褒め殺しに合い、気持ち悪い笑いが出てしまった私だったが、
その次にソラちゃんが発した言葉に背筋を伸ばす事になる。
「うん、これなら……本気を出しても良さそうですね」
「…………!」
そして、ソラちゃんの雰囲気が変わる。
それまでも殺気はあったが、より一層恐ろしさを感じるものになっていた。
まだ上があったなんて……この子はどこまで強いんだ?
それからソラちゃんはバットを地面に転がし、
リュックの中から〈水鉄砲〉をもう一丁取り出した。
そして、ニ丁の拳銃のトリガーガードに指を引っ掛け、
クルクルと回した後に、銃口を私に向ける。
「マチコさん。念の為確認しておきますが、
今の行動は"自分の意識"を完全に保ったまま、
行ったものでいいですよね?」
「え、ええ。今のは私の意志でやったものだったわ」
「なら、やっぱり手加減は要らないですね。
マチコさん。わたしはこれから全力を持って、
貴女を追い詰めにいきますので、
マチコさんはわたしをどうにか止めて下さい。
覚悟は、宜しいですか?」
ソラちゃんは今までになく鋭い眼差しで、そう宣言した。
恐ろしくも頼もしい相棒の凄みに、私は思わず怯みそうになる。
けど、ここで挫けてはこの子の隣にいる資格はない。
私はそう己を奮励し、敢えて不敵に笑って応える。
「──来い!!! ソラちゃん!!!」
「────行きますっ!!!」
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