第48話 一部屋の戦場と言えるでしょう
河川敷を後にした後、私達は行きつけのカフェでお疲れ様会を開いた。
ここは第一イベントを終えた後に、
ソラちゃんと話をしたあのカフェだ。
勢いに任せて惑星直列のようにスイーツを並べた事は、
黒歴史ではあるが、コーヒーもケーキも味は最高だったので、
私達はもう結構な回数ここのカフェで過ごさせて貰っていた。
「うーん♪ ワンピース姿のマチコさんを眺めながら
食べるケーキは最高ですねー♪」
「あはは、良かったわね。でも、ソラちゃんだって
ケーキのお供にピッタリだけど?」
ソラちゃんはジャージの下に服を着込んでいたらしく、
今はゆるめの白のラッフルスリーブにショートデニムという、
キレイめながらもラフな格好をしている。
……抜け目がない子だなぁホント。
因みに馬鹿でかいカバンは駅のロッカーに置いてきている。
「えへっ、ありがとうございますー。
いやぁ、やっぱりあの河川敷を選んで正解でしたねー。でへへ」
「…………もしかして、特訓場所を河川敷にしてた理由って、
帰り道でここに寄れるようにしたかったからなの?」
「あっ」
……あの河川敷とこのカフェは同じ路線内だ。
距離的にもそこまで離れている訳じゃない。
特訓を終えた後にもまだ予定はあるのだが、
それでも時間的には充分に寄れる位置にある。
つまり、ソラちゃんが人目がない場所を選んでいたのは、
ここで私とデートしたかったからでは?
私はそう思って、ソラちゃんをジトリと見つめた。
「……ソ、ソンナ訳ないじゃないですかー?
特訓なんていつ終わるのか予想出来ないんですし、
偶然時間が空いただけに決まってるじゃないですか?
ヤダなぁ~、マチコさんは~?」
「…………そんな事しなくても、
服くらい好きなだけ着てあげるわよ?」
「えっ!!? い、良いんですか!!?」
「え、えぇ、勿論。ソラちゃんが
それで楽しんでくれるのなら、私も嬉しいから」
「やったー! じゃあ帰り道でいっぱい服買わなきゃ……!
何にしようかな? 先ずはチャイナ服?
それともメイド服とかに……?」
「……えっ……」
それから私達はソラちゃんが今住んでいるアパートにやってきた。
ソラちゃんには早く怪しい職場から足を洗って欲しいし、
計画を立て合うのも一緒に暮らした方が捗るので、
特訓を終えたらそうしようという話になっていた。
ソラちゃんは手伝って貰わなくて大丈夫ですよと遠慮していたが、
ステータスの高さしか取り柄のない私が、
ソラちゃんに出来る数少ない恩返しの機会なのだ。
ここで手伝わない手はないだろう。
ソラちゃんの住んでるアパートは大分年季が入っていて、かなり古ぼけた所だった。
錆だらけの鉄階段を登っていくと、3階にある一室に案内される。
そして、ソラちゃんはその部屋の鍵をカバンから取り出して、
鍵穴に通そうとする──が、何故か躊躇ったように止まってしまった。
「…………」
「……ソラちゃん?」
「あっ! いえ、あの、マチコさん。
そのぉ、私の部屋ってよく考えてみれば……
ちょっと……いや、かなり普通じゃなくて、
見せたら凄く引いちゃいそうっていうか……」
「? えっと……散らかってるくらいなら、
全然平気だけど……そういう事じゃないのよね?」
「……はい。そういうベクトルの話ではないですね……」
「……そう。でも、大丈夫。安心して?
私はどんな部屋でもソラちゃんなら受け入れられるわ。
拷問器具とかエッチなグッズとかで部屋が埋め尽くされてたって、
私はソラちゃんの友達を止めたりしないから!」
「な、ないですよ! そんなの!
わ、わかりました……信じますからね……?」
そうしてソラちゃんは部屋を鍵を開けて、
「どうぞ」と言って、おずおずと中に入らせてくれた。
そして、入った部屋の光景に私は戦慄した。
先ず目に飛び込んできたのは、
部屋の奥に配置された大きなテーブルに備え付けられている、
等間隔で並べられた6台ものモニター群だった。
その幅広いテーブルの上には何かしらの資料や本が積み重なっていて、
いくつものメモ書きやノートが散乱している。
また、部屋の側面に沿うように設置された棚には
〈回復薬〉や、〈水鉄砲〉のタンク等といったガチャアイテムが
大量のメモや付箋で分類分けされ、そこに並べられていた。
そこに書いてある内容を見てみると、
各種アイテムを様々なシュチュエーションで性能を試していたようで、
〈回復薬〉だけとってみても、使用済のビンや別の容器に中身の液体を入れても問題なく使えるのかや、
植物や虫などをモルモットにして、毎日微量ずつ液体を与えて傷が回復するのか──等、思い付く限りの実験を行っていたようだ。
最後に部屋の真ん中には床を覆い隠すくらいに大きなブルーシートが敷かれており、
その上には工作道具や治療道具と、なにかの素材が置かれていた。
ペットボトルやプラスチック、アクリル板や粘土など……
色々な素材がシートの上にあり、それらを使って
作ったものがいくつも籠に入れられている。
籠の中にあるのは……恐らく〈水鉄砲〉のタンクだ。
何種類もの素材を使ってタンクを模倣した試作品が、
籠の中に山積みになっていた。
────でも、それ以外は何も無い。
部屋の中には可愛らしい小物など娯楽品は一切ない。
それどころか電子レンジや冷蔵庫、ベッドすらない。
タオルを丸めた枕らしきものが、テーブルの下に置いてあるだけだ。
多分、あそこがいつも寝ている場所なのだろう。
なんなの、ここは……?
ここはまるで、ガチャ運営に対抗する為に
用意した研究室……いや、そんな場所じゃない。
ここはもはや研究する為の"監獄"だ。
とても人が生活出来る場所とは思えない。
「あはは……そんな顔になっちゃいますよね。すいません……」
「…………服は?」
「えっ?」
「服はどうしてるの? 笠羽ちゃんと始めて会った時に着てた制服もないけど」
「えっ? あぁ、服はクローゼットの中です。
服もカモフラージュやミスディレクションに使えますからね。
洗濯はコインランドリーで済ませてます。
家電を設置すると部屋を狭めてしまうので……」
「マニキュアとか髪の手入れとかは?
今だってちゃんとしてるけど、どうしてるの?」
「美容院とかで整えてましたけど……あの、どうしてそんな事を……?」
「お金を掛けたのは、全部"そういう事"だけなのね?」
「…………!」
ソラちゃんの無言の返事に私は思わず叫びたくなった。
なんでそんな風に自分を追い詰めたのか、
どうして自分を大事にしないのかと問い詰めたかった。
でも、頭に思い浮かんでいる"理由"がそれを止めた。
もしそうだったら、私に責め立てる権利なんて有りはしないからだ。
「……どうして、そこまで?」
「…………その、マチコさんの役に立ちたくて、つい……」
──あぁ、予想が当たってしまった。
やっぱり、この子がここまで頑張ってしまったのは……私の為だったんだ。
そして、ソラちゃんは私が黙っているのを
怒っていると勘違いしたのか、
叱られた子供のように理由を語り出してくれる。
「……あの……わたし、今まであの両親だった奴らの為に生きてきて、
今まで自分が何かしたいとか、考えた事無かったんです。
でも、マチコさんはこんなわたしを好きだと言ってくれて、
居場所を下さったから……つい、役に立ちたいって思っちゃって……
だから、その……歯止めが効いて無かったんだと思います」
「…………ソラちゃん」
「ご、ごめんなさい。気持ち悪いですよね……。
こんな部屋まで作ってるなんて。隠しておくべきだったのに……
どうして、今の今まで思い至らなかったんでしょう……あはは」
ソラちゃんはそう言って、申し訳なさそうに笑った。
儚げに力無く笑うその顔は、あの鬼畜眼鏡に
追い詰められていた時に見せた顔によく似ている。
────私は、ソラちゃんが今まで受けてきた苦しみを甘く見ていた。
この子は今まで、家族やクラスメイトの誰にも
自分を助けて貰えず、自分の為に生きてこれなかった。
唯一叶えた願いも毒親から離れたいというもので、
自分のやりたい事を叶えたわけじゃなく、
現状から逃れなければ生きれなかったというだけだ。
欲望とはまた違う。
だから、ソラちゃんはその願いが人生で初めて抱いた願いだった筈だ。
私の役に立ちたいという──人の為でしかない願いが、
この子のやりたい事で、本当に叶えたい欲望だったのだろう。
その思いが、この無機質な部屋を作り上げた。
願いの叶え方すら教えられなかったから、
自分の事なんて蔑ろにして、願いを叶えるだけの機械になってしまった。
年相応の喜びや楽しみも知らず、
ただ私の為に役立てる事を嬉しさにして、
ここまでずっと、この子は──
「……っ!」
「あ、あはは。ほんと、重いですよね。
今日は帰って貰った方がいいかも──えっ?」
気が付いた時には私はソラちゃんを抱き締めていた。
無慈悲な程に頑張るその姿が、
とても愛おしくて、頼もしくて……酷く悲しかった。
自分の事を投げ出してまで、私の為に役に立とうとする子に、
私は込み上げる涙を抑えられなかった。
でも、私がもう頑張らなくていいとは言えない。
この子を否定する言葉を、他ならぬ私が言える訳がない。
私がこの子を頼ったから、この子は私の隣を居場所にしてくれた。
そんな私からこの子の頑張りを否定する言葉を言っていい筈がない。
なら、私は……どうすればこの子に報えるのだろう。
私はこの子に何を返せるんだろう。
一人では何も出来ない私では答えが出ず、
ただソラちゃんを強く抱き締める事しか出来なかった。
「……っ……うぅ……」
「……なんで、泣いてるんですか?
わたし、マチコさんに何かしちゃいました?」
「……違う、違うの……貴方は何も悪くないの。
……ごめん、ごめんね……」
「あ、謝らないで下さい!
マチコさんに謝って貰う事なんてない、ですよね?
えっと……あぁ、どうしたら……?」
ソラちゃんはワタワタと慌てながら、私の背中を擦ってくれた。
その底抜けの優しさに私は目が覚める。
こんな風に慰めて貰っていては、恩などいつまで経っても返せない。
……何をしているんだ私は。
そもそも恩に報いる方法なんて、最初から一つしかなかったじゃないか。
ソラちゃんは私に、私の中にある"知識"に打ち勝てるといってくれた。
なら、その期待に応える事がお礼になる。
少しでもこの子から貰った恩を返せるように、
いつまでもこの子の相棒でいられるように、
私は全力でこの子が用意してくれた特訓を熟して、自分自身を乗り越える。
それが──私がこの子に出来る、唯一の恩返しだ。
「──ソラちゃん。改めてお礼言わせて。
ここまでしてくれて、本当にありがとう。
私は、あなたに感謝しても仕切れないわ」
「──!! ……い、いえ、そんな……えへへ……。
わたしがやりたくてやってた事ですから……」
「だからこそ嬉しいのよ。
本当に、本当に感謝してる。
貴方の頑張りに応えられるように、
私も精一杯頑張るから……見ていてくれる?」
「……はい! 勿論です! 最前席で見させて貰いますよ!」
私達はそう言いながら、お互いに力強く笑って抱き締め合った。
こんなにも私を支えてくれる、大好きなこの子に少しでも報いたい。
そのためにも、一刻も早く私はあの"知識の意識"を克服すると──私は改めてそう固く誓った。
「えへっ、やっぱりマチコさんに抱き締めて貰うのは
気持ち良いですねー。もう少しこのままでも良いですか?」
「うん! いくらでもやってあげる!」
「えへへ〜、嬉しいです〜♪」
そうして暫くの間、二人でくっついて満足した後、
私達は部屋の片付け等をして、引っ越しの準備を始めた。
掃除をし終えた部屋の真ん中で、
二人でご飯を食べたり、引っ越しをした後の話をする。
部屋のレイアウトはどうしようとか。
掃除当番とか料理当番とか決めた方がいいかなとか。
二人で共用の貯金箱を作るのもいいねとか。
そんな他愛もない話で、楽しく笑い合った。
日が沈み始めた頃、私達は引っ越しの準備を切り上げて、
明日また特訓の為の約束をして別れる。
「じゃあマチコさん。また明日」
「えぇ、よろしくソラちゃん」
明日の特訓の内容は聞かされてない。
でも、何も心配はしてない。私はこの子を信じてる。
この子も私を信じてくれてる。
だから私はできる限りの努力でその信頼に応えるだけだ。
部屋の扉が閉まるまで、ソラちゃんは私に手を振ってくれた。
それに私も手を振って返した後、空に腕を上げて"私"に宣言する。
「────今度こそ、絶対負けないから!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます