第47話 その仮面は自分を見つめる鏡
「はぁ……はぁ……やっと岸に戻ってこれたぞ……」
「うわぁ……」
着替え終わった後、ソラちゃんに小屋の壁を操作して貰い、
ソラちゃんに白のフラットサンダルを履かせて貰って、
私は小屋の外へと出たのだが、その時に見た男の子の姿は正に変態だった。
ぴっちりと身体のラインに沿った
テカテカの全身タイツを着て、フルフェイス型の仮面をつけた男が、
膝と手を地面につけてゼーハー言っている姿は
とても直視出来たものじゃなかった。
タイツがテカテカになってるのは川で濡れたせいだと思うが、
それがなくとも変態加減はさして変わらないだろう。
なんでこんな格好をしてるんだこの子は……。
ん? いや待って。
この子の格好。何処で──?
あっ! もしかしてこの男の子って、
高田さんが話してた、全身タイツの仮面姿で銀行強盗を捕まえてた子?
同一人物とは限らないが……
こうも平然と変態ファッションをしているのを
鑑みると、可能性は高い気がする。
「さて、わたしの友達も着替え終わったので、
そろそろまともにお話しましょうか?」
「はぁはぁ……ふ、ふざけんな!
散々その水鉄砲で俺の事撃っておいて……
今更話し合いもクソもないだろ!?」
「じゃあ良いですよ?
別に戦いがしたいのなら受けて立ちます。
もっとも……そのヘトヘトの身体で戦えるとは思えませんけど」
やっぱり、ソラちゃんはこの子が
岸に上がろうとするのを〈水鉄砲〉で止めてたのか。
一歩判断を誤れば、この子は本当に溺れてしまう所だっただろう。
私の為とはいえ、ソラちゃんは本当に敵に容赦しないなぁ……。
「くっ……な、なんて卑怯なやつだ!
分かったよ! 話し合えばいいんだろ!」
「はい、じゃあ話し合いを始めましょうか。
先ず最初に聞きたいんですが……何で貴方はそんな格好なんです?」
「そこかよ!?」
そこだろ!!!
「お、俺だって好き好んでこうしてるわけじゃない。
このガチャアイテムの効果を発揮するには
このタイツと仮面以外に何も着てない状態じゃないと
駄目だから、こうしてるだけだ」
「いや、なんでですか? 敵は今いないんですし、
常にそのタイツを着ておく必要はないのでは?」
「ふっ、愚問だな。それは勿論常日頃からこの、
〈ヒーロースーツ〉の性能を百パーセント活かせるようにするためだ。
もしこのスーツのどのくらい動けるのかを
試しておかないと、いざという時に困るだろ?」
その全身タイツの名前〈ヒーロースーツ〉っていうのか……。
皮肉が過ぎるだろ。こんなの着て町中にでも出掛けたら
ヒーローどころか犯罪者にされるだけでしょ。
まぁ、要するにこの子は〈ヒーロースーツ〉の使用感を
確かめる一貫として、この河川敷で走り込みをしていたんだろう。
そして、その途中で私達を見つけたという訳だ。
「色々とツッコミどころはありますが、
それは置いておいて……遅ればせながら自己紹介をしましょう。
わたしはソラって言います。貴方は?」
「あぁ、俺は──」
男の子は話しながら仮面の前面を指で掴み、
もう片方の手で仮面の後ろ側にあるスイッチらしきものを押した。
すると、彼の頭を覆っていた仮面がカシャンカシャンと、
音を立てて外れていき、仮面は祭りのお面のように平らになってしまった。
そうして見えた顔は黒髪黒目の美少年といった風貌で、
かなり顔立ちが整っていた。
タイツ姿だったので嫌でもわかってはいたが、スタイルもいい。
ふむ……これは普通にしてればモテるだろうなぁ。
普通にしてれば。普通にしてればね。
「──猛原 俊(たけはら しゅん)だ。
それが本来の性格なんだな。
ったく、可愛い面してとんでもねぇ奴だぜ……」
「わーい。ありがとうございますー」
「別に褒めてねぇ!」
拍手しながら猛原くんをからかうソラちゃん。
猛原くんは仮面で隠れてたみたいけど、表情豊かな子だなぁ。
おっと、私も自己紹介しないと。
「私は佐藤真知子よ。よろしくね、猛原くん」
「ん? あぁ、そういえばもう一人いたんだったな。
あぁ、よろし──!?」
そこで始めて私の方に向き直った猛原くんは目を見開いて固まって、顔を赤くした。
「き、綺麗だ……」
「えっ? そ、そう?」
そして、彼はポツリとそう呟いてくれた。
どうやら猛原くんは私に見惚れてしまったみたいだ。
多分この服がいい仕事をしているからだろう。
格好はともかくとしてこの子はイケメンだし、言われて悪い気はしない。
自分もまだまだ捨てたもんじゃあないなぁ、ふふふ。
「は? 見せもんじゃないんですけど?
この変態……わたしのマチコさんだぞっ!?」
「えぇ!? お、おい! その銃を降ろせよ!
俺はまだ何もしてないだろうが!」
「してた!! マチコさんに汚らしい目を向けてた!!
絶対に許さない!! そのだっさい仮面の中を
〈粘水〉でいっぱいにして被せてやるぅうう!!!」
「お、落ち着いて! ソラちゃん!
そんな事しちゃいけない!」
私は暴れ出したソラちゃんを羽交い締めにして落ち着かせた。
この子がこんなに取り乱すの始めて見た。
私が害されたと思って怒ってくれているんだろうか?
それは嬉しいんだけど、流石にやろうとしてる事がヤバ過ぎる。
なんなの〈粘水〉で仮面の中を埋めるって。殺意高すぎでしょ……。
「ふぅ……話を戻しましょうか。
最初に佐藤さんと小屋を見て下さい。
中に危険なものはないし、
佐藤さんも何も持ってもないでしょう?」
「……あ、あぁ、確かに……」
「で、川は流れはどうでした? 深かったですか?
"見た感じ"戻るのはとても大変そうでしたけど?」
「も、戻るのが大変だったのはお前が……!」
「川は、どうでしたか?」
「……っ、流れは……思ったよりもきつかった。
深さも結構あったし、俺もスーツが無かったら
もしかしたら……多分、溺れてたかもしれない」
「硝煙の匂いだってしてませんよね?」
「…………してない。なんなら良い匂いがする……」
「そこは答えなくていいです」
猛原くんはソラちゃんに一つ一つ自分の考えを否定され、
酷く落ち込んでいるようだった。
いや、ちょっと余裕ありそうだけども。
「……じゃあ、佐藤さんは本当に溺れてたから、
お前は介法してたってことか……それで、俺は。その邪魔を……」
「いえ、本当は別に溺れてはいません。
ガチャ運営が次のイベントを開催した時に、
戦えるように特訓に来ただけです。
つまり、先程までの話は全部嘘ですよ」
「「えぇえええええええ!!?」」
言っちゃうのそれ!?
てっきりこのまま隠し通すとかと思ったのに……!
「ここまで言っといて嘘なのかよ!!?
な、なんでそんな嘘ついてたんだよ!!?」
「貴方が詳しく話を聞きそうにない態度と格好で、
私達に接してきたからじゃないですか。
実際、貴方は私達を悪人だと決めつけてましたよね?
だから、私達は嘘をついて身を守ろうとしたんですよ」
「う……そ、それは……だ、だけど、
お前だってそんな危ない銃を持ってただろ!
それはどう言い訳するんだよ!」
猛原くんは言葉を詰まらせながらも、事実に基づいて反論してきた。
確かにソラちゃんの〈水鉄砲〉は危険なアイテムではある。
発射出来る水弾は勿論、〈重水〉や〈粘水〉だって人に害を与えられる。だけど、それは──
「はぁ……この程度で危険物扱いなら、
貴方の着ているやつも危険物ですよね?
その〈ヒーロースーツ〉は比較的手に入れやすい
ガチャアイテムのようで、特に動画投稿者に人気のアイテムです。
それを着て『身長以上の岩を持ち上げてみた』とか、
『二階建てのビルの屋上までジャンプしてみた』とか
色々やってる動画を私はいくつも見た事があります。
同じ物を着てる貴方にも当然それが出来る筈ですよね?
そんな浮世離れした身体能力を発揮出来るアイテムを、
貴方は危険物じゃないと言い張るんですか?
それを使ってる人達を、全員悪人だって決めつけるんですか?」
「ぐっ……」
ソラちゃんは猛原くんの着ているアイテムの危険性を指摘し、
反論に切り返して猛原くんを言い淀ませた。
猛原くんの理論だと自分も悪人と言っているようなものだったので、
この返しは私でも予測出来ていた。
けれど、本当ならさっきまでの話を信じ込ませてさえいれば、
こんな風に彼が反論してくる事も無かった筈だ。
なのに、どうしてソラちゃんは嘘だとバラしたのだろう──?
──いや、なんとなくわかる。
多分、猛原くんが悪い子じゃなかったからだろう。
彼は友達が溺れていたと知れば心配してくれてたし、
空回りしてはいたが、私達にしてきた追求だって
世間的に考えれば正しいものだった。
だから、ソラちゃんはその優しさに少しでも応えようと思い、嘘だとバラしたのだ。
ただ、それで捕まるのも困るので、
ソラちゃんは猛原くんの追求に厳しく答えを返しているのだろう。
それはそれ、これはこれというやつである。
「い、いや! 力ってのはそいつの使い方次第だ!
力の使い道が正しいのなら問題ないだろう!」
「なら、正しい使い方というのはなんですか?
貴方のように、自分が正しいと思い込んで力を行使するのが、
正しい使い方なんですか?」
「そ、それは……」
「さっきわたしが水鉄砲を貴方に撃った理由だって、
貴方にマチコさんの裸を見られないようにする為ですよ。
まさか、セクハラ行為を未然に防ぐ事は正当防衛とはないとでも?
人として、女性として、身を守るという意味で
正しい道であったと思いませんか?」
「うっ……」
「それと貴方は憶測で私達を非難してましたが……
その考えが間違っていた場合の事を考えてましたか?
私達が悪人でないのなら、その求刑は不当なもので、冤罪でしかありません。
悪人ではない人の心を傷つけてしまうような真似を、
貴方は"正しい道"だと評してしまうんですか?」
「う、うぅ……」
猛原くんはもう泣きそうになっていた。
同世代の女の子にこんな風に容赦なく
理責めされた経験なんて無いだろうし、仕方無いだろう。
私だってされたら泣いてしまうかもしれない。
いや、ソラちゃんにされたら間違いなく泣く。
「…………悪かった。本当にごめん。
俺が考えなしだった。もっとよく話を聞いて、
状況を調べるべきだったよ……」
「……分かればいいんです。じゃあ私達は帰りますね」
「あ、あぁ……二人とも気を付けて……」
話し終えたソラちゃんが、
箱を展開していた鉄の棒についてあるスイッチを押す。
すると、緑色の箱がスーッと消えていき、鉄の棒が縮んでいった。
元のサイズまで縮んだ鉄の棒を地面から取り出して、
リュックに持ってきた荷物と一緒に収納していく。
「……あの、ごめんね。猛原くん。
ソラちゃんは私を心配してくれて、
あんな風に言っちゃっただけで、
猛原くんが全部悪いなんて思ってないから。
だから、全然気にしなくていいからね……?」
「……あ……いえ、心配してくれてありがとうございます
……俺も、気にしてないから……大丈夫ですよ……」
「…………」
猛原くんはそう言った後、明らかに思い悩んで黙ってしまった。
私はまた声をかけた方がいいのかと悩んだが、
当事者の私がこれ以上慰めても辛いだけかもしれないと思い、
大人しくその場を去る事にした。
そして、私達は猛原くんに別れの挨拶をして、河川敷から離れていく。
猛原くんは私達の挨拶に小さく返事をして見送った後、
その場で座り込んで、仮面を両手で持ち、
仮面をジッと、神妙な顔つきで見据えていた。
「……ちょっと言い過ぎましたかね……失敗しました」
「……ううん、私もどこかで止めるべきだったわ。ごめん、ソラちゃん」
猛原くんはその姿が視界から無くなってしまうまでの間も、ずっと仮面を見ていた。
その姿が酷く印象的で、私達は彼から目が離せなかった。
私は……また見捨てているのではないかと思い、
何回も彼のもとへ戻りたくなった。
けれど、そうした時、彼がもっと思い悩んでしまう事が怖くて、
私は二の足を踏んでしまい、結局何もせずに帰ってしまった。
──その判断が正しかったのかは、今でも答えは出ない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます