第46話 不純な動機ですね
「はぁはぁ……ん!? なんだあの箱みたいなやつ!?」
変態が接近しているとソラちゃんに勧告された後、
直ぐに男の人の驚いた声が聞こえてきた。
声の感じからするに中学生から高校生くらいの声に聞こえる。
その子は外の様子は見えないが、
どうやら私が入っている小屋を見て驚いている様だ。
まぁ、河川敷にこんなものがあったら驚きもするだろう。
ただ、もうガチャアイテムの存在は大分世の中に浸透してるし、
何か不思議な小屋があっても目は引くだろうが、
「またあのガチャアイテムってやつか」となって、
そこまで騒がれはしない筈だ。
……いやでも、通報される可能性はあるな。
急かされるままにシャワー浴びてたけど、
これって結構不味い状況なのでは?
ガチャアイテムがある環境に慣れすぎて、
現実的な問題を軽視していたのかもしれない。
「ちょっと! ここに箱?……を作ったのは君か!?」
「はぁ、変態な上に面倒なタイプか……」
声と足音がこちらにどんどん近づいている。
どうやら声の主は全身タイツを着た変態仮面だったようで、
河川敷に小屋を建てた事に腹を立てているみたいだ。
あぁ、通報されるかも……。
「ご、ごめんなさい。私です。
でも、後20分もあれば撤去しますので……」
「そういう問題じゃないだろ!?
こんなデッカイ箱を公共の場所で作るなんて、
この河川敷を利用する人達が迷惑が掛かるだろう!
今すぐに撤去するんだ!」
えぇ……? 公然猥褻罪で捕まりそうな格好で
走ってきた変態の筈なのに、真っ当に常識を説いてきてる……。
いや、まぁ私達が悪いんだけども……うーん、釈然としない。
「……ほ、本当にごめんなさい。
でも、少しの間で良いんです。お願い出来ませんか?
この中には川で溺れてしまった私の友人がいるんです」
「はぁ!? この中に!? でもこの箱、入口なんてないぞ!?
いや、それより川で溺れたって……その友達は大丈夫だったのか!?」
「……ご心配ありがとうございます。
救出に使えるアイテムを持ってたので、なんとか無事です。
でも、川に入っちゃってたから、
服がずぶ濡れになって身体も冷えてしまったんです。
だから、このまま家に帰らせたら危ないと思って……その」
「……!? 箱の中から湯気とお湯出てる……!?
ま、まさか、今、その友達はこの中で、
シャワータイムを満喫中だっていうのか!?
なんで直ぐに病院に連れて行かなかったんだ!」
「ごめんなさい! ごめんなさい!
病院に行くと親に迷惑が掛かりそうだったし、
こういうガチャアイテムも持ってたので、ついー!」
「い、いや、そんなに首を振ってまで謝る必要は……」
ソラちゃんは普段とは違い、随分とオドオドとした口調で、
現れた変態の男の子に事情を説明していた。
当然、ソラちゃんが言っているのは嘘の言い訳だが、
私の特訓の後始末の為にこの箱を建てたと素直に言えば、
正義感がある男の子は更に怒り出して、
最悪の場合、箱を無理矢理撤去しだすかもしれない。
だから、ソラちゃんは『友達を助けたくてテンパってしまい、
人の迷惑を考えずに行動してしまった女の子』を演じているのだろう。
川に落ちたという大義名分を用意した上で、
パニックになりやすい性格の女の子だったからこそ、
引き起こされた不幸な事件と錯覚させる事で、
ソラちゃんは相手の良心を煽り、"甘受"を誘ったのだ。
咄嗟にそれを考えて行動出来るとは……流石、ソラえもんだ。
彼は真っ当な事を言ってるので何も悪くないし、
騙してしまって申し訳ないけれど……これで多分許して貰えるだろう。
あぁ、本当に箱を撤去されなくて良かった。
生まれたままの姿で外に放り出されるとか、
考えただけで恐ろし──
「────いや、待て。お前……嘘をついてるな?」
「えっ?」
ふと、男の子の雰囲気が不穏なものに変わった。
嘘!? まさか、見抜かれた!?
あのソラちゃんの策が見破られるなんて……!?
「……ふっ、なんで見抜かれたのか不思議か?
だったら教えてやる……後ろをよく見るんだな!」
「!?」
彼に釣られて私も後ろを振り返ってしまったが、
後ろは箱の壁しかないので、特に何も見えなかった。
当たり前だが、男の子が話しているのはソラちゃんなので、
恐らく彼が見せたいのは川なのだろう。
……この調子に乗ってそうな口調から察するに、
彼は川を指で刺しながら、渾身のどや顔(仮面で見えない)を披露しているのだろう。
一体何があるというのだろうか……?
「見たか? ここの川の流れは緩やかだろう?
水深だって人が溺れるような深さには見えない!
つまり、ここは人が溺れるような川じゃない!
お前の言い訳は最初から破綻してるんだ!」
「……はい?」
──男の子の言った推理は斜め上のものだった。
確かに男の子の言っている通り、ここの川の流れは緩やかに見える。
しかしながら、不意に足を滑らせて仕舞えば、
いくら流れがゆっくりであろうと、溺れる可能性は充分にある。
しかも、川の流れというのは見た目では判断しづらいものだ。
見た目では大したことがなさそうでも、
入ってみたら想定してたよりも水流が
ずっと速かったというのはよくある話だ。
それに河川は一見深くなさそうに見えても、
思った以上に水深があったりする。
見た目だけで川の流速や水嵩を判断する事はとても難しい。
だが、実際に川に入って事実かどうか確かめるのは
それこそ危険な上、わざわざ水浸しになってまで確認しようとする人もいないだろう。
だからこそ、私はソラちゃんの用意した言い分に
感心していたのだけど……。
彼の被っている仮面には測定器でもついてるの?
でも、そんな感じではないような……。
私達が彼の推理に困惑していると、
彼はソラちゃんが口ごもっていると勘違いしたのか、
得意げに笑って話を続けた。
「ハハハ! 図星か? そうだろうな!
お前が必死になって誤魔化そうとしているこの箱だって、
本当は"人"が入っているんじゃないんだろ?
入っているのは爆弾か銃火器のようなガチャアイテムで、
そこから上がってる煙はその試運転で上がってる硝煙なんだろう!?
じゃなきゃ、こんな辺鄙な所に来る必要なんてないからなぁ!?」
「「……えぇ……?」」
そんな訳ないでしょ。
仮に危険なアイテムの試運転をしようと考えてたとして、
人が絶対に来ないという保証も無いのだから、
こんな開けた場所でやろうとは考えないでしょうが。
そもそもこの湯気が硝煙であるなら、
それ相応の臭いがここら一帯に充満している筈だ。
……この変態は私から硫黄臭がするとでも言いたいのだろうか?
喧嘩なら買うぞ?
「……えっと。ち、違いますよー!
この中には本当に友達がいるんです!
ちょっと待って……佐藤さんー! いますよねー!?」
「えっ? う、うん。ここにいるわよー!」
「なっ、本当に人がいたのか!?
ふ、ふんっ! 人がいるからなんだ!
要は仲間の一人に箱の中で実験をして貰ってるって事だろ!?
今すぐ俺が止めてやる!! 怪我したくなかったら……そこをどけ!!!」
「は!? ちょ!? ちょっと!
何しようとしてるんですか!? 止めてください!!」
「──はっ!? な、なに!?」
箱の前の不穏な雰囲気が強まり、
扉の前で彼の闘気が高まっているように感じた。
も、もしかしてこの小屋を壊そうとしてる!?
し、死んじゃう! 社会的に死んじゃうってぇ!?
「うおおおお!!」
「や、止めてぇええ!!」
「っ、いい加減にしろ!!! この汗臭さ変態仮面がー!!!」
「ぐわぁあああ!?」
突如、箱の前から激しく水流が流れる音が聞こえた瞬間、
小屋の前の不穏な気配が消えた後、
何かがザバーンと落ちたような音がした。
……多分、ソラちゃんが彼に〈水鉄砲〉を噴射して川に落としたんだろう。
その証拠に私の頭の上にあった水鉄砲が無くなっていた。
助かったけど……川に落ちたらしい男の子は大丈夫なんだろうか?
「マチコさん。身体は綺麗になりました?」
「え? う、うん。なってるけど……その、変態くんは大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ。SNSで仕入れた情報によると
あの変態が着てる全身タイツはガチャアイテムで、
効力はステータス値の全能力強化です。
上昇値自体はそれ程高くはないようですが、
それでも川に落ちても自力で岸に戻って来れるくらいの能力は
身に付いている筈ですから心配は要りません。
それより、またあいつが来た時に備えて
マチコさんはこれで身体を拭いて下さい。拭いたら声を掛けて下さいね」
「うん……わあっ!」
びっくりした。急に壁から手が出てきた。
勿論手はソラちゃんの手なのだが……
いきなり壁の中から手が突き出てくる光景はホラーでしかない。
手に厚手のタオルが握られていた。
私がタオルを受け取ると、手はバイバイと手を振って壁から消えていった。
……あっ、ちょっと可愛い。
タオルで身体を拭いてる途中で川の方からバシャバシャと音がしたが、
一際バシャーンという大きい音がした途端に聞こえなくなった。
……何が起こってるんだろうか。
一先ず気にしないようにして身体を拭いていき、
拭き終わったタイミングでソラちゃんに声を掛ける。
「ソラちゃん、拭き終わったー」
「はーい。じゃあこれに着替えて下さいー」
「おうっ」
そして、壁の中から両手がこんにちわしてきた。
右手は服と下着が握られていて、左手は何も持たずにクイクイと手招きをしていた。
タオルを左手に渡して、右手の着替えを受け取って拡げてみると、
それは上品なデザインの白いタイトワンピースだった。
何だろうこのチョイス。
ちょっとこれ着るの恥ずかしいんだけど……。
「ソラちゃん……あの、ジャージとか良いんだけど」
「え、ごめんなさい。ジャージとかありえな……コホン。
いえ、用意して無いんです。
代わりにあるのはスラックスとライダースジャケットのコーデと、
シースルーのトップスとデニムのショートパンツのコーデ
しかないんですけど……どうします?」
「ソラちゃん、趣味出し過ぎじゃない?」
っていうか、私の服のサイズはどうやって知ったんだろう?
──まさか、私がホテルで寝てる時?
その時に私のスリーサイズを測っておいて、
今日、私を着せ替え人形にするという欲を叶えるために特訓の計画を立てた?
そこまで計算してここまでやっていたのか……なんて頭脳と労力の無駄遣いなんだ。
言ってくれればそのくらいやってあげるって……。
「…………もうこれでいいわ」
「ありがとうございます! それほんめ」
「笠羽さん?」
「……じゃなくて、分かりました!」
……まぁいいか。今日これまでやってきた訓練は私の為のもので、
その全ての立案はソラちゃんが決めてくれたものだ。
多少の役得くらいなら受け止めて然るべきだろう。
服に着替える間も川の方から水が勢いよく跳ねる音が
仕切りに聞こえてきていたが、敢えてスルーした。
「ぐああ! くっ! うおおお! 負けるかああ!」
「もう! 少しは大人しくしててよ!
何が負けるかだ、バーカ!」
「うごぉおおお!?」
…………なるべく早く着替えよう。
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