第45話 これ結構私利私欲じゃないですか?

あの"とりもち"のような水は〈粘水〉というらしい。


発射した時はただの透明な水なのだが、

人や壁などにぶつかると効果が発揮され、

あの非常に粘着力のあるとりもちに変化するとの事だ。

また、これも〈重水〉と同じで、

ATKが+10以上ないと抵抗出来ないというもので、

ドライヤーとかで乾かせば元の水の状態に戻って、

動けるようになると、ソラちゃんは説明してくれた。


今はそれの実践紹介をしてもらってる所だ。

ソラちゃんには私の身体にへばり付いている〈粘水〉を

持ってきていたドライヤー2台で乾かして貰っている。


両手でドライヤーを持ってブオオと吹かせ、

でっかいとりもちによって地面に拘束された成人女性を

懸命に介抱しているという光景は、傍から見れば

とてもシュールな光景になっているだろう。

……いや、自分から見ててもそうだな。


「もう少しで終わりますからね~」

「は、は~い……」


それにしても何とも恥ずかしい状況だ。

人通りが少ない場所で本当に良かった。

今のところソラちゃん以外の誰にも見られてない。


因みにこんな河川敷で電化製品を使えてる理由は

ソラちゃんがガチャで引き当てていた

〈携帯式電源器〉というアイテムを使っているからだ。


物としては小さめのワイヤレススピーカー程度くらいの大きさなのに、

一軒家にある全ての電化製品を賄える程に強力な電力を持っている。

見た目はただのポータブル電源でしかないし、

それ以外に特別な能力はないのだが、日常生活では結構有用なアイテムだ。

……どうして運営はこんなものまで排出するようにしてるんだろう。

ドン・キ◯ーテでも目指してるんだろうか?


「はい~。終わりましたよ~」

「あ、ありがとう……うぅ、さむぅ……」


時間にして10分くらい経った頃、

私は〈粘水〉から解放されて、晴れて自由の身となった。

ただ全身は色んな水によって水浸しになっているので、

冷たくて寒いし、何より重い。

今が夏で良かった。

季節が冬だったらとっくに風邪を引いてしまっていただろう。


「うへぇー……髪も服も泥だらけになってる」


しかも、ずぶ濡れになっていた状態で土の地面に倒れたせいで、

私の髪の毛とジャージは酷い有様になっていた。

いっそのこと川に飛び込んだ方が綺麗になるかも知れない。

それか久しぶりに温泉にでも入ろうかな。

いや、こんな汚れた格好で行くのは迷惑か……。


どうしようかと悩んでいたら、ソラちゃんが

カバンから口紅サイズの4本の鉄の棒を取り出した。

そして、それを川に沿って坂状になっている地面に

一定間隔で突き刺すと、突き刺さっていた鉄の棒が

カシャンと音を立てて伸び始めた。


棒が2、3メートル程の長さになった所で

棒同士を繋ぐように不透明な薄緑色の壁が展開されて、

坂の上に一つの箱が出来上がった。


見た目は大雑把に言えば、電話ボックスが近いだろうか。

……これもまたガチャアイテムか。

ソラちゃんは色んなアイテムを持ってるなぁ。私とは違って。


「マチコさん、この壁に触ってみて下さい」

「え、えぇ」


そうして言われた通りに壁に触ってみると、

私が触れた壁がスーッと消えて、箱の中身が見えた。

中は特に変わった所もなく、外面と同じような見た目だったが、

天面と底面にも壁があり、天井と床が構築されていた。

また、床となっている底面は地面と平行に作られている為、

床と地面は地続きになっているので、出入りも簡単そうだ。


「おぉー……便利そうなアイテムね」

「はい。これは〈簡易拠点〉というアイテムで、こんな風に個室も作れますし、

 鉄板並の強度もあって、大きさも1メートルから

 3メートルまで自由に大きさも変更可能ですから、

 壁や足場にも使えて便利なんですよ」

「へぇー、そうなんだ。ところで、なんでそれを今建てたの?」

「入ってみれば分かりますよ。ささっ、どうぞどうぞ♪」


何やら不穏だが、取り合えず私は

ソラちゃんに促されるまま、私は箱の中へと入った。

足元の床も消えるかと少し心配だったが、そんな事はなく、

ガラス板の上に立っているような感覚を覚えた。

壁にも触れてみると、やはりガラスのような触感を指に感じる。

これが鉄くらいの防護力があるのか……あんまりそんな感じはしないが、

まぁソラちゃんが言うならそうなんだろう。


「……へっ?」


私がぼんやりとそう思っていると、

突然、消えていた壁がもとに戻った。

入り口だった所が無くなったので、

今やこの箱は密室と化してしまった事になる。

ま、まさか、罠……!?


「ふふっ、かかりましたね? マチコさんー?」

「そ、ソラちゃん! 私をどうするつもりなの!?」

「もちろん……綺麗になってもらうんですよ。

 生まれたままの、綺麗な身体にね……フフフ……」

「な、なにを……!? きゃあああ!?」


ソラちゃんに同人誌みたいな台詞を怪しく告げられた後、

唐突に箱の側面から水が吹き出してきた。

吹き出した水がどんどん私を改めて濡らしていく。

それによって私は──


「──あぁ〜、キモチ〜」


吹き出してきた水はお湯だった。

側面の上の方をよく見るとソラちゃんの

〈水鉄砲〉の先端が飛び出していて、そこからお湯が流れている。

あれがシャワーヘッドの役割を果たしているのだろう。


「マチコさんー。服をそこで洗ってこっちに渡して下さいー。

 この壁は私の任意で部分的に穴を開けられるんで、

 終わったらそこから受け取りますからー」

「……はいっ!?」


ここで脱ぐの!? こ、こんな薄壁一枚の空間で!?

万が一壁が無くなったら、文字通り生まれたままの姿で

外に放り出されちゃうんですけど!? 


「え? ほ、本気……?」

「はい! 着替えとタオルは持ってきてるので、安心して下さい!」


いや、そこじゃないよ!

ま、マジで脱がないといけないの……?

いや、確かに汚れた服を着たままじゃ恥ずかしいし、

寒いけど、でも、こんな所で脱ぐよりは──


「脱がないと水流を強くして、水攻めしますよー?」

「えぇえ!? ち、ちょ、ちょっと待ってー!

 脱ぐから! 脱ぐからー!」


ソラちゃんの勢いに押され、私は慌てて服を脱いで洗い出す。

服を洗ってる時に気付いたが、どうやら箱の側面と底面の間には、

どうやら僅かながらに隙間が空いているようで、

そこから排水はされているみたいだった。

箱の中で溺れる心配は無さそうだが、自分を高圧洗浄されるのは嫌なので、

私は急いで服の泥を落とし、ソラちゃんに終わったと声をかける。


「はーい、どうぞー」


そして、ソラちゃんの声と共に箱の側面の一部が

小さく四角に空いて、そこからソラちゃんの手が出てきた。

その手にジャージを乗せると手が引っ込んで、

空いていた穴も消える。便利な穴だなぁ……。


「っていうか、ソラちゃん!

 もうちょっと悩ませてくれても良かったよね!」

「あはは、ごめんなさい。ずっとずぶ濡れになってましたから、

 早くしないと風邪を引いてしまうかもしれないと思ったので、つい……」

「うー……それはそうかも知れないけど……」


いまいち納得出来ないがソラちゃんの意見も一理あるので

私は大人しくシャワーを浴びる事にした。

これ外からはどう見えてるんだろうなぁ……。


「キャーー!!」

「──っ!?」


そこで、何処からか女の人の悲鳴が聞こえた。


──何、今の声……?

ハッ!? も、もしかしてこの箱って外から丸見えだったの!?

だからそれを見た女の人が、私を痴女だと思って……!

いやでも、ソラちゃんがそんな事する筈!?


「そ、ソラちゃん! 私見えてないわよね!? 大丈夫よね!?」

「うわ、何あれ……? あっ、大丈夫です。

 勿論、マチコさんは見えてないですよ。

 それよりも……外に変態いるので、

 今、マチコさんは絶対に外に出ないようにして下さい」

「へ、変態!!?」

「はい。全身タイツを着て仮面を付けた男が、

 河川敷を全力疾走しながら、こっちに向かってきています」


────どういう状況!?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る