第44話 教官としても優秀とは、やはり正解でした

それからまた私はソラちゃんから殺気を浴びる。


うぅ、きつい。

何がきついって自分を慕ってくれている子に

殺意を向けられるっていう、このシチュエーションが一番きつい。

私の為にこうしてくれているのだと分かってはいるが、

やはり辛いものは辛い。


さっさとこんな"知識"なんて克服しないと!

こんな視線、ずっと向けられるわけにはいかない!


再びソラちゃんからの手から石が投げられる。


今度は左肩を狙っているようだ。

僅かに右に身体を反らしてその石を避ける。


次に狙われたのは右肩だ。

避けた方向に向けて攻撃が来るのは分かっていたので、

身体の重心はズレてない。

右に反らしていた身体を次は左に反らして無理なく石を躱す。

次の攻撃に対応出来るように今回も僅かに反らしただけだ。


次々と石が私に襲いかかってくる。

右肩、左肩を交互に狙ってはその繰り返しだ。

これくらいの攻防なら何時間でも続けられるだろう。


──だったら、こんな訓練などする意味はない。

もう、ここで終わらせてもいいだろうに──


「マチコさん」

「……っ!」


ソラちゃんに指摘されて動揺し、

回避の姿勢が悪くなり、石が私の肩に当たる。

くそっ。また飲まれていた。

気を抜くと直ぐにこうなってしまう。集中しないと。


「続けますか?」

「……ええ。お願い」


再度、石が投げられる。

次も同じ様に石が私の右肩と左肩に迫ってはまた迫る。

それを私は次々と避けていく。

段々と軌道が読めるようになってきて、

今ではもう石を避けられないと感じる事はなくなっているが、

訓練はこのまま続けて問題ないのだろうか?

緊張感が足りなくなっているような気がしてきたのだけど……。


いや、この子の事だ。

まだ何か用意している可能性は充分にある。

なら、どう攻めてくる──?


そう思っていた直後、私は違和感を感じた。

視界に映る投げられた石が、石に見えなかったのだ。

それをよく見てみれば、投げられていたのは灰色に塗られた水風船だった。


ど。どうしてあんなものを……!?

何にせよ避けるしかない。

そうして水風船を私が避けようとしたその時、

私は水風船に向かって、石が投げられていたのに気が付いた。


そして、投げられていた石が水風船にぶつかり、

水風船が割れて中身の水が私にかかる。


こ、これはセーフなのかアウトなのか!?

そう考えると同時に、私の身体が僅かに重くなったように感じた。


──まさか、これって!?


「じゅ、〈重水〉!?」

「正解です。マチコさんはステータスが高いので

 効果はと薄いですが、それでも浴び続ければ

 服にたっぷりと染み込んでしまうので、動けなくなってくる筈です。

 なので、水風船にも気を付けて下さいね。

 あ。あと、これは石ではないので当たってもセーフです」

「き、聞いてないんだけど……」

「えっと、すいません。不意打ちすると黙っていたのも、

 訓練の一環なので……申し訳ないのですが、受け入れて下さいね」


うぅ、こういうのもこれからあるのか……。

灰色の水風船は石に見えて紛らわしいというのも勿論だが、

割られた水風船から飛び出してくる水飛沫が特に厄介だ。

放射状に広がる水飛沫を全て避けるのはかなり難しく、

少しでも〈重水〉を浴びてしまえば身体が重くなっていき、

石を避けにくくなってしまう。


特に"意識"に吞まれない様に常に気を張っている

この状況下ではそれに思考を割かれるのは非常にまずい。

こんな戦術を取ってくるとは……やはり、ソラちゃんは油断ならない。


──しかし、面白い事を考える娘だ。

これはなかなか面白くなってきたな──


「マチコさん」

「え? あっ……!」


くそぉ、またか!

今度も全然気が付かなかった。

こういう場面でも顔を出してくるんだな……。

全く出しゃばりな奴だ。


「それじゃあ、再開しましょうか?」

「──お願いします!」


そうして私はソラちゃんと一緒に訓練を続けた。

狙いは肩から腕や腹、太腿などに徐々に変わっていき、

私はその攻撃を躱していくが、その間も私の中の"意識"は顔を出してくる。

その都度ソラちゃんに冷静に注意されて、私は動きを止めてしまい、

私の身体は次第に水浸しになっていった。


「うぅ、重い……気持ち悪い……」


結局、私は"意識"を制御する事が出来ず、

着ているジャージは〈重水〉でぐっしょりと濡らされてしまった。

普通の水でも服は濡れれば重くなるというのに、

そんな水で濡鼠にされたものだから、結構な重量を感じている。

まるで金属鎧でも着こんでいるような気分だ。着たことないけど。


ただ、ステータスが高いお陰で、全く動けないという事はなく、

動き辛いと感じる程度で、石を避けられなくなった訳じゃない。


だから、特訓は続けられる──筈だった。


今度は私の左足の脛に石が飛んでくる。

もっと効率の良いよけ方があると"知識"が教えてくるが、

私はそれを聞かずに、敢えて足を上げてそれを躱した。


──自分の頭の中で最初に思い浮かぶ、回避の方法。

これは"知識"が私に向けてこうすればいいと言ってきているものだ。

だから、最初に思い浮かんでいたやり方を、

わざとやらないようにすれば、"知識"を使わないで済む。

これで自分を乗っ取られる心配は無くなる筈だ。


……でも、これは全然いい対処法とは言えない。

こんなやり方で"意識"からは逃れられても、

"知識"を使わないようにする以上、本当に危険な時に

攻撃を避けられなくなるかもしれないからだ。


それは分かっているが、どうしても"意識"を克服出来なかったので、

こんなやり方でも取り合えず試してみて、

どうにかして次への足掛かりにする為に仕方なくやっている。


飛んできた石を不格好に避けた後、

続け様に水風船が私の右の脛辺りまで投げられ、

その背後を追うように石を投げられる。

また、水風船を割って私に〈重水〉をかけるつもりなのだろう。


頭に浮かぶのは無理やりにでも片足を使って、

後ろに下がって水飛沫を回避するという答えだったが、

私はそれを無視して、敢えて真上にジャンプする事を選んだ。

片足のみの跳躍は酷くぎこちないものだったが、

それでもなんとかこけずに、ある程度水を避けて着地する事が出来た。


しかし、そこで違和感に気付く。


何故か、足が上がらなかった。

当然、重さで動けなくなった訳じゃない。

何か弾力のあるものが足の裏にへばり付いて動けないのだ。

そして、足元を見てみれば地面から白い半透明の

"とりもち"のようなものが水溜まりを作っていて、

私の足はそれによって埋もれてしまっていた。


〈重水〉は地面に当たれば、普通の水のように濡れるだけだ。

だから、これは明らかに〈重水〉じゃない! これは一体!?


「ふぬぬぬ!」


私はその場からとにかく逃れようと、

くっついた足を全力で持ち上げようとし始める。

それによってとりもちはブチブチと音を立てて千切れていき、

少しずつ足が自由になってきた。


こ、これならなんとか出られそ──


「よそ見は禁物ですよ?」

「──はっ!?」


ソラちゃんの声が聞こえた後、

懲りずに踏ん張っていた私を嘲笑うかのように

水風船が三個同時に勢いよく飛んできた。


そのスピードはさっきまでの速さとは段違いだった。

恐らく私がその場から動けなくなったので、

わざわざ水風船を自分で割って中身を浴びせるとかいう、

おかしな神業を使う手間が必要なくなったので、

水風船を直接ぶつける事にしたから、投げるスピードが上がったのだろう。


不味い! どう避ければいい!?

あれもきっと、"とりもち"が発生する水風船だ。

全身にあれを食らってしまえば確実に詰む……どうすれば!?


──いや、避ける必要はない。

上半身は動くのだから、割らないように

力加減をコントロールして手で捌けばいい。

なんなら、彼奴に向かって投げ返しても構わな──



「──っ!!! うるさい!!!」

「!」



自分の中から聞こえてくる知識の中から出てきた"意識"。

今の思考"それ"なのだと認識した私は、

その"意識"を大声を出して遮った。


やった! やっと気付けた! 

"意識"に気付けたのなら、後は──!


「……あっ、ぬわーっ!!」


喜んでいたのも束の間、

気が付けば私の目の前には水風船が飛んできていて、

それはあっけなく私にぶつかった。


足のとりもちが外れかけていたのも悪い方に転がり、

水風船がぶつかった衝撃で私は後ろへと倒れてしまい、

案の定"とりもち"だった中身によって、

私の身体は地面に磔にされたかのようにくっついてしまった。


まるで罪人になったかのように身体をTの字にして、

とりもちの布団で寝かせられている今の私の姿は、

さぞかし滑稽に見えている事だろう。


そんな私に向かって気まずそうな表情を浮かべながら、

殺気を無くしたソラちゃんが近づいてくる。


「えっと、その……一歩前進ですね!」

「…………そうね!」


ソラちゃんは私を励ますようにそう言ってくれたので、

一先ず私は自分が置かれている状況を忘れて、

特訓の成果で喜んだのであった。



……これ、どうすれば取れるんだろう。


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