第43話 まるで私達の未来ですね

そう告げてきたソラちゃんは、

とても冗談を言っているような顔ではなかった。


真剣な眼差しで私を見つめ、その手に握られたものを

今すぐにでも私に向けて投げて来そうだった。


な、泣きそう……。

私、何か嫌われる事した?

いや、迷惑ばっかりかけてるわ。

で、でも、そんな物理的に石を投げつけられる程だったの!?


「ご、ごめん、ソラちゃん。あ、謝るから許してぇ……」

「え? あっ。ち、違います!

 別にマチコさんを嫌いになったからとかじゃなくて!

 これが特訓の内容なんですよ!」

「え、えぇ? そうなの?」

「はい! これからマチコさんにやって貰うのは

 『わたしが投げる石を避け続ける』っていう特訓でして、

 決してマチコさんを虐めたいわけじゃありませんから!」

「……そ、それだけでいいの?」

「はい! それだけです!」


そ、そうなんだ……。

でも、本当にそれだけで何とかなるものなのだろうか?

というより、私にはそうする事で

私の中の意識の侵食を抑えられる原理がよくわからない。

しかしながら、ソラちゃんは私が疑問に思っていると、

当然如く理解しているようで、それを説明しだしてくれた。


「マチコさんの知識にある"意識"。

 それはマチコさんが戦闘を行う時に顔を出してくる。

 ここまでは合ってますね?」

「うん。合ってるわ」

「そして、その意識は戦いに集中すればする程、

 マチコさんの常識や思想を塗り替えるように出てくる。

 とすれば、戦いの"最中"──つまり、

 ここで言う所の『石を投げられ、避けるという過程』で、

 その意識の介入を知覚出来るようになれば、

 知識の意識による浸食を抑えられていき、

 いずれは"自分"を保つ事が出来るようになる筈です」


──"意識"を知覚する、か。

確かに思い返してみれば、私があの知識に飲み込まれる時には、

妙な高揚感や全能感があったような気がする。

あの感覚は……自分ではないものだったという訳か。


そして、ソラちゃんが提示してくれた特訓──

石を投げるという行動は、ソラちゃんからの攻撃であり、

石を避けるという行動は、私が攻撃に対して取る回避行動だ。

それは、私達で"戦闘"をしているという事になる。

その戦闘下で、知識の介入を知覚出来るようになって、

自分を保つように成れれば、意識の浸食を克服出来るという事なのだろう。


「うーん。なんとなく理屈は分かったけど……

 私がもし知識に思考を塗り潰されたら、

 ソラちゃんに反撃しちゃうかもしれないのよ?

 もし、そうなったら……」

「大丈夫です。そうなる前に私がマチコさんを注意して止めますから」

「えっ、で、できるの?」

「はい。なので、心配は要りません」

「そ、そう……?」


心配は拭えないが、きっと私が気付いてないだけで、

何らかの前兆があるという事なのだろう。

他でもないソラちゃん自身がそう言っているのだから、

私は安心してその言葉を信じるべきだ。


「それでこの特訓は石を投げる時、

 わたしは……その、本当に心苦しいですが、

 マチコさんに殺意を向けます。

 そうする事で戦闘の緊迫感を演出し、

 マチコさんの中にある"意識"を呼び覚まします。

 マチコさんはそれが顔を出してきたと分かったら、

 その感覚を覚える事に専念して下さいね」

「なるほ……え!? さ、殺意!?」


説明の中に聞こえた不穏な言葉に対して思わず反応してしまう。

この優しい子がそんな事出来るのだろうかと一瞬思ってしまったが、

ソラちゃんは"事前イベント"という地獄を生き抜いた上に、

頂点に登った事のある強者だ。

殺意を込めるという日常生活でまるでやる事のない行為も、

きっと実際にやった事があるのだろう。


「説明はこれで終わりなんですけど、

 実際にやってみないとよく分からないと思いますし、

 マチコさんの準備が整ったら、取り敢えずやってみましょう」

「う、うん。わかった」


指示を貰い、私はソラちゃんと5メートル程距離を取る。

ただ避けるだけの訓練なので、剣は持っていないのだが、

こういう状況で手に剣が無いのというのは落ち着かないな……。

ふと、ソラちゃんを見ると少し心配そうな顔をしているように見えた。

私を気遣ってくれているのだろう。

私はその思い遣りに応える為に、深呼吸して万全の状態を整え待ち構える。


「……始めて大丈夫ですか? 嫌ならいつでも言って下さいね?」

「ううん、大丈夫……始めて」

「わかりました。それじゃあ──いきます」

「──っ!?」


ゾワリと、肌が粟立つ。

穏やかな雰囲気が一瞬にして消え去り、凍えるような視線が私に突き刺さった。


目の前の友人が、まるで別人に変わったように感じる。

今までも敵と戦った事はあるから、

殺気はもう体感していると思っていたが、全くの思い違いだった。

本当の殺気は、これ程までに怖いものなのか……。


でも、始めての感覚の筈なのに、何処となく懐かしさがある。

恐らくもうあの"意識"が顔を出し始めてるのだろう。


……よし。感覚は掴めてる。

後はこれを掴み続けるように努めれば──


そして、ソラちゃんが力強く石を投げてきた。

女子高生が投げた速さとは思えない速度で私に石が向かってくる。


そこで、私の中の知識にある意識がこう避ければいいと教えてくれる。

第一イベントの時からそうだった。

私は攻撃をどうやって避ければいいのか、

どうやって反撃すればいのかが瞬時に思い描けていた。

この思考は間違いなく"知識"によって作り出されているものだ。

だから、この思考を自分のものではないと理解しながら戦えばいいという訳だ。


そうして思考に従い、私は上半身に迫っていた石を身体を右にずらして避けた。


続けざまに石が私に迫る。

今度は右足の太腿を狙っているようだ。

先程の投擲を右に避けた事で、身体の重心がそちらに寄ったのを見越しての攻撃だろう。

やはりソラちゃんは戦い慣れている。

体制を整えてから避けていては間に合わない。


……いや、違う。この"身体"であれば避けられる。

ステータスの高さによって私の身体能力は並外れている。

この速さの攻撃程度であれば、多少無理をして身体を動かせば充分に避ける事は可能だろう。


しかし、それでは芸が無い。

私は迫る石に向け、足を振り被り────


「マチコさん!」

「──!? あっ! 痛ぁ!」


ソラちゃんの言葉に"思考"が止まった私は足を振りかぶる前に止める事が出来た。

ただ、そのせいで石が私の太腿に直撃してしまった。

い、痛い。


「だ、大丈夫ですか? マチコさん」

「う、うん。大丈夫。思わず大声出しちゃったけど、そんなに痛くないわ」


普通なら石が身体に当たったのなら、かなりの痛みが生じる筈だが、

私はデコピンされた程度の痛みしか感じていなかった。


その理由は私の高いVITのお陰だろう。

相も変わらずガチャを引き続けた私のVITの数値は今や16もある。

この間もタンスの角に思いっきり小指をぶつけたのに

私は痛みを殆ど感じなかった。

その話はソラちゃんにも話していたが、

今考えれば、多分ソラちゃんはその話を聞いて、

石を投げる特訓をしても平気だと考えたのだろう。


「はぁ、良かったです。もし当たっても

 大丈夫だって見込みが外れていたら、

 どうしようかと思いました」

「あはは。心配させてごめんね。

 それより、よく私が"意識"に飲まれてるってわかったわね?」


そう。今だからこそわかるが、

私はあの"意識"にいつの間にか乗っ取られていた。

ついさっきまで、ちゃんと明確に知覚出来ていた筈なのに……。


「……目付きが変わるんですよね」

「目付き?」

「はい。普段のマチコさんの目はパッチリとしていて、

 可愛らしい感じなんですけど、

 あの"意識"に飲まれてる時は別人のように鋭くて、

 相手を射抜くような目になるんです」

「そ、そうだったの……」


自分では全く気付いていなかった。 

そんな目で見られるなんて嫌だろうに、

ソラちゃんは悲しそうな顔をおくびにも見せない……

本当に優しい子だ。


「あとマチコさん。2回目に投げた石を

 わたしに蹴り返そうとしてましたよね?

 狙いは逸らしていたようですが、普段のマチコさんなら

 絶対に取らない行動でしたし、それも余計にわかった点でしたね」

「え、凄っ。そんな所までわかるの?」


確かにあの時──私は"意識"に思考を侵食されて、

ソラちゃんに石を蹴り返そうとしていた。

蹴り返すと言っても身体に当てようとしていたわけでなく、

ソラちゃんの顔スレスレを通るように蹴ろうとしてはいたが……

それでも危険なのは変わりない。


普段の私ならそんな真似をソラちゃんにする事なんて、

絶対に出来ないし、する筈もなかった。

一体いつの間に乗っ取られていたんだろう……?


「……ごめんねソラちゃん。危険な目に合わせて」

「いいんですよ。わたしはそんな危険なんて

 先刻承知で来てるんですから。

 寧ろ、ドンとこいって感じですよ!」


ソラちゃんは胸を叩いてそう言ってくれた。


あぁ、本当に有り難い……。

どん底のような生活に絶望せず、前を向けているのは

この子のお陰だというのが改めて分かる。

この子の期待に応えないなんて、絶対にしちゃ駄目よね。


「ありがとう。ソラちゃん。

 それじゃあ、続きをお願い出来る?」

「はい! 任せて下さい!」


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