第42話 前座イベント終了です

【庭師の庭 東■■部 第一アジト】



「はぁ……酷い目にあったぜ」


無駄にふかふかのソファで暫く横になっていたら、

疲れた様子の土倉が肩を落としながら帰ってきた。

確か"これ"が佐藤真知子の担当だったかしら?


このくたびれた様子。

うふふ、佐藤真知子は首尾よく事をこなしたみたいね。


「あら? おかえりなさい。

 その様子だとこっぴどくやられたみたいねぇ……うふふふふ」

「なんで嬉しそうなんだよ!? おちょくってんのか!?」

「うふふ、ごめんなさい? 

 別に貴方を笑っていたわけじゃ……

 いえ、やっぱり笑っちゃうわね。うふふふ」

「おい! てめぇ!」


ワタクシが土倉をからかっていると、

近くにいた"偽善者"が追撃するみたいに土倉を嗤った。


「ははっ、本当にいいざまだねぇ。

 でも、土倉が全く歯が立たないなんてね。

 僕が担当してた奴はそんなに強くなかったけど……

 そいつは強かったんだ?」

「……あぁ、そうだな。強かった。

 おどおどしてたくせに俺の初見殺しを完全に防ぎやがってよ。

 くそっ、あのバブり女が……思い出しただけでムカつくぜ……」


『強かった』

強かったと、"これ"は言ったのね?


うふふふふ、あぁ、嬉しいわ。

佐藤真知子は十全に戦えたのね?

次に会うのが待ち遠しくてたまらない。

本当の貴方は一体どれ程、ワタクシを愉しませてくれるのかしら。


「え〜、そんなに強いの〜?

 土倉が弱かっただけじゃないの〜?」

「お前らよぉ、いい加減にしねぇと串刺しにすんぞ?」

「──お前達、じゃれ合いはそこまでにして、報告を聞かせろ」


首謀者気取りが話を中断させて成果を聞いてきた。

別に誰もこの男に忠誠なんて誓ってないけれど、

取り敢えずのリーダーだからと、大人しく皆は応える。


「はいはい。じゃあ僕から言うけど、

 僕が担当した一人は順調に終わったよ。

 最初は〈枯葉〉達に大怪我されられるくらいに

 追い詰められてはいたけど、最終的には

 仲間と連携を取って〈枯葉〉を撃退出来てたよ。

 上のご要望通り、ね」

「ワタクシの所もそんな感じだったわね」

「あたしのとこは結構危なかったかな〜。

 〈花の候補者〉もそのお仲間もけしかけた〈枯葉〉に

 危うく殺しそうになっちゃったってたから、

 なんかあたしが助ける羽目になっちゃってさ〜。

 結局一緒に〈枯葉〉を倒して終わっちゃった。

 連絡先もゲットしちゃったしね」


この"目に悪い子"はいつもこうね。

どうしてそうなるのかしら? まぁどうでもいいのだけど。


「……まぁ、どれも一応目的は達してはいるか。

 上が納得してくれるかは微妙だが。それで土倉は?」

「……わかんだろ。全然駄目だったよ。

 最初は一人の〈枯葉〉も簡単に撃退されてたし、

 その後の〈枯葉〉共もお仲間の策略によって全員やられた。

 だから仕方なく俺も出たが……結果はこのザマだしな」

「ふむ、そうか。あの〈花の候補者〉には

 かなりの数の〈枯葉〉を投入していた筈だが、それでもやられたのか。

 ……聞いていた通り、佐藤真知子は相当の強者らしいな」


うふふっ。やっぱりそうなのね? 

いい。いいわ。あぁ、早く会いたい。

あの時に見た貴女の目が、忘れられないの。

また見たくて堪らないわ。うふふふふ。


「……はぁ、あんなバケモンだって知ってりゃ、

 甘音と変わってたんだがなぁ……クソッ。

 ……ん? いやまて、今、『聞いていた通り』って言ったか?」

「あぁ、佐藤真知子に関しては例外として、

 『どんな結果になっても責は問わない』と

 上からお達しを受けていていたんだ。

 つまり、どう結果が転んだ所でこちらには金は貰えるし、

 組織には何の影響はなかったという訳だ」

「は、はぁ!? なら! 先に言ってくれりゃ良かったじゃねぇか!?

 なんでそれを黙って俺を送り出したんだよ!?」

「言っておけばお前の性格上、

 真面目に仕事をしないだろうからな。

 どうせ監視も疎かにしていたんだろ?」

「ぐっ……そ、それは……」

「うふふ、図星みたいね」

「ダッサ〜」

「はぁ……本当に不真面目なやつだね。君は」

「う、うるせえ黙れ! あんな化け物だって知ってたら、

 俺だってもっと本気で作戦考えてたわ!」


皆に小馬鹿にされ、焦りながら怒る土倉。

そうしてまた騒がしくなった場を、

オーナーがわざとらしく溜息をついて治める。


「お前ら落ち着けと言ってるだろ。

 ……いいさ。俺達の仕事は真っ当出来てるんだ。

 仕事はしたんだから報酬は貰えるし、

 俺達の財布は膨らんだままだ。

 誰も失敗はしていないってことでいいじゃないか、なぁ?」

「……チッ」

「それで? オーナー。次のお仕事の予定はもう入ってるの?」

「いや、まだだな。『今は雑用をこなしておけ』としか聞いていない。

 恐らく次の指示があるのは次のイベントの後になるだろうな」

「ふーん。そうなのね……うふふ。

 次のイベントはどんな催しなのかしら? 楽しみだわぁ。

 沢山殺せて、沢山楽しめるのなら嬉しいのだけれど」


佐藤真知子との戦いも愉しみだけれど、次のイベント愉しみだわ。

血が舞い踊る光景をまた見て、作れるのだと思うと胸が高ぶってしまう。

うふふ、愉しみが多くて困っちゃうわね。


「ふん。狂人め……仕事がないなら僕はもう行くよ。じゃあね」

「あたしも仲良くなった子達と遊ぶ予定あるから帰るね〜」

「はぁ……俺も早く休みてぇから帰るわ……」

「あら、皆帰るのね。じゃあワタクシも帰ろうかしら?」

「……お前は待て。甘音」

「ん、何かしら? オーナー?」


ワタクシだけが呼び止められたのを、

他の三人は誰も気にせずに部屋から出て行った。

ワタクシに限らず他の三人もは日常的に好き勝手に行動してるから、

こうして誰か一人だけ居残りになるのも珍しくない。


だから、皆気にしなかったのでしょうけれど、

今日のオーナーの機嫌は今までで一番悪い。

理由は……まぁ、あれしかないでしょうね?


そうして二人しかいなくなった所で、

オーナーはワタクシに対して、予想出来ていた事を聞いてくる。


「────お前、情報を漏らしたな?」


オーナーは酷く高圧的な声をそう言い、

ワタクシを非難しているような眼で見据えてくる。


──あぁ、いいわぁ。

こういう目は"戦い"を予感させてくれるから好きなのよねぇ。


「だったら何かしら? ワタクシはここに入る時、

 自由に行動させて貰うって言っておいた筈だけど?」

「それは俺達の邪魔になる行動をしていいっていう意味じゃないんだよ。

 これ以上勝手な行動をするなら、報復もあり得ると考えておけ」

「うふふふふ、それは楽しみね。

 じゃあ、もっと邪魔しちゃおうかしらぁ?」

「……」


怒りを滲ませ、恨めしそうな眼をしてくる様が可笑しくて、

ワタクシは思わず笑みが溢れる。敵は多ければ多い程いい。

この組織に入った理由はここに入れば、

より多くの闘争と出会えると思ったからなのだし、

その理由を満たせるのなら、"これ"が敵になるのもまた一興よね。


「ちっ、もういい。下がれ。また仕事が入ったら連絡する」

「うふふ。そう? それでは、ご機嫌よう」


誘いに乗って来なかったわね。残念。

ワタクシはソファから立ち、いつものカーテシーを行う。

私の衣装によく似合うこの礼をするとき、ワタクシは気分が良くなる。

単純にそれが好みだからというのもあるけれど、

こうすると、敵がより一層ワタクシに苛立ってくれて、

ワタクシを殺しそうと、もっと本気になってくれるから。


転移出来るアイテムを起動させ、その場からワタクシは消える。

消える直前に憎まれ口が聞こえた気がしたけれど──まぁ、どうでもいい事ね。



「…………血が見たいだけの色情魔め」









あれから3日過ぎた後の土曜日の早朝。

私とソラちゃんは事前に見繕っていた河川敷まで来ていた。


襲撃が終わった後、特に何事もなく日常を送っていた。

あの"知識"は戦ってるとき以外は、私を上書きしてこないし、

仕事するのに支障はなかった。


それでも自分を乗っ取ってくるものは怖かったが、

私には笠羽ちゃんがついていると、自分を励ませ続けられたので、

この三日間で腐らずに、日々を生き抜く事が出来たのであった。

まぁ……仕事するのは大変だったけどね……。


だからこそ、こんな自然を感じられる場所に来るのは

良いリフレッシュになる。

ここは人通りが比較的少ない場所で、街の喧騒もない。

隣には川のせせらきが聞こえてきて、

澄んだ空気を吸えば気持ちのいい朝が来たのだと教えてくれる。


しかし、今日はその為に来た訳ではない。


「うーん! 天気もいいし、いい朝ですねー!」

「え、ええ、本当ね……」


今日の私達がしてる格好はおしゃれな格好などではなく、

古着屋で買ったジャージを着ている。

私は黒を基調としたジャージで、横には黄色い側線が入っている。

ソラちゃんはピンクと白のジャージだ。

そして、お互いにポニーテールにして、

いかにも運動しますよといった装いをしている。


「マチコさん。もしかして緊張してますか?」

「えっ? う、うん。ちょっとね」

「大丈夫ですって! 私がしっかりと、

 特訓内容を考えて来ましたから。安心して下さい♪」


そう。今日私達はの"知識"に呑まれないようにする特訓をしにきたのだ。


ただ特訓内容はまだ聞かされてない。

ソラちゃんが考えてくれているんだし、

別に心配する必要はないとは思うけど……やっぱり少し怖くて緊張する。

一体、どんな訓練をするつもりなんだろうか……?


「よいしょっと」


私が固唾を吞んでいると、ソラちゃんは持参してきた

登山用の馬鹿でかいリュックを地面に置いた。

120Lくらい入れられるらしいそれには、

パンパンにリュックは膨らんでいて、気合の入れ様がよく分かる。

正直、会った時にこれを見たから余計に緊張してるのはある。


そんなリュックのジッパーを下ろし、

ソラちゃんは中に入っていたものを取り出し……私は絶句した。


「……へっ?」



────石だ。



手のひらサイズの石が、リュックの中には敷き詰められていた。

その中の一つをソラちゃんは手に握り、私に向き直って宣言してくる。



「マチコさん。今から私は、

 貴方に石を投げつけます……恨まないで下さいね」


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