第41話 過程は上々でしたね

──それにしても、SNS上であっても、

ガーパイス株式会社を称えるような意見は減ってきている様な気がする。


デジタルの媒体では運営の批判や憶測は厳しく規制されているが、

口頭での噂話はもはや悪いものしか囁かれていない。


例えば、ガチャ運営は国家転覆を既に果たしていて、

国家機関を自由に操作しているという話や、

同じ人間がその場に二人いたのを見た人がいるらしく、

運営は非人道的にクローン技術を使っているのではという話。

果てには大勢の人を洗脳して操って、自分達の手駒にしているという話もある。


……最後のは噂じゃなくて事実だし、こうしてみると徐々にではあるが、

運営は確実に社会的には破滅へと向かっていっている。


もし批判を浴び、記者会見が開かれたとして、

その時ガチャ運営の社長は何を言うのだろうか。

自分達は無実だと弁解するのか、被害にあった私達を馬鹿にするのか。


それは分からないが──どうせただでは転ばないんだろうな。


暫く批判の意見が無いかどうかをネットの海で探っていたら、

笠羽ちゃんが浴室から出てきた。


私と同じようにガウンを来て、

顔を上気させているその姿は愛らしくて魅力的だ。

高校に行っていれば間違いなく学校のアイドルだっただろう。


「あれ? 佐藤さんまだ寝てなかったんですか?」

「うん。ちょっと笠羽ちゃんと話したくて」

「えへへ。嬉しいです。いっぱい話しましょう!

 ……ってそういえば佐藤さんは明日仕事でしたし、

 そんなに話したら明日に支障が出ちゃいますね」

「あ"っ」


そうだった……すっかり忘れてたが、

今日は水曜日だし、明日は木曜日で平日だから普通に仕事だ。


「……もしかして忘れてました?」

「…………うん」

「ええっと……わたしなら朝起きて休みますって連絡しますけど……」

「今日の休みは直近に取っちゃったし、

 また急に取るのは会社の評価的にちょっと不味いかな……」

「うーん……が、頑張って下さい!

 辛くなったらわたしに連絡して下さいね!

 いつでも応援しますから!」

「ありがとう。その言葉だけで救われるわ……」


こんなに頑張ったのにまた頑張らないといけないのかぁ……。

せめて襲撃者を倒した懸賞金でも貰えていたら良かったのに。


不貞腐れた私はベットに潜り、寝落ちの体制を取る。

笠羽ちゃんもそれに習い、お互い別々のベットに身を預けた。


「それで佐藤さん、お話ってなんですか?」

「あー……その、今日の事でお礼を言いたくて。

 寝る前にどうしても言いたかったの。

 ここまでずっと、私を助けてくれてありがとう……って」

「えへへっ。当然の事をしただけですよ。

 わたし達は仲間で、友達なんですから……」

「……そうね。笠羽ちゃんが居なかったら、

 私は多分もう駄目だったと思う。

 笠羽ちゃんが友達でいてくれたから、

 私はこれからも頑張れるわ。本当にありがとうね」

「──なんだか逆ですね」

「逆?」

「はい。あのカフェでわたしに佐藤さんは、

 『わたしの笑顔をずっと側で見ていたい』って

 言ってくれたじゃないですか。

 その時の状況と似てるなって思ったんです」

「……そんな恥ずかしい事も言ったわね」

「えへへ。だから私もお返しです。

 わたしも──佐藤さんの笑顔をずっと側で見ていたいです。

 だから、いつだってわたしを頼ってくださいね」


……この台詞を言われた側はこんなにも顔が熱くなるものなんだなぁ。


「……ほんと、自分でいった台詞なのがいたたまれないわ」

「わたしは大好きな言葉ですよ? もう一回言ってほしいくらいに♪」

「嫌よぉ。こんなに情けない姿見せた上で言えるわけ無いじゃない」

「えーカッコいいですよぉ。言ってくださいー」

「嫌だってー、うふふっ」

「えへへっ」

「……ねぇ、笠羽ちゃん。一つお願いがあるんだけど、いい?」

「勿論いいですよ。なんでしょう?」

「私達、名前で呼び合わない?」

「……えっ? そ、それは……」


簡単に受け入れられると高を括っていた私の提案に、

笠羽ちゃんは少し影を帯びた顔をした。


え? ど、とうして?

寧ろ喜んでくれるって思っていたのに。


「……その、ごめん。ちょっと踏み込み過ぎちゃったかな」

「い、いえ! 違うんです!

 ただ……わたしの名前は……ちょっと訳アリでして」

「ど、どういう事?」

「……わたしが"権利"で叶えた願いの話って覚えてますか」

「! ──うん、覚えてるわ」


忘れるわけがない。

笠羽ちゃんが運営に叶えてもらった願いは

『両親から生まれなかったことにして欲しい』という願いだった。

もしかしてその願いに関係してるという事だろうか?


「ガチャ運営によれば、

 この世界において"名前"というのは

 万物を構成する非常に重要な要素の一つで、

 人の一生を左右する程に大切なものらしいんです。

 それで……運営はわたしの名前の半分──"名字"を

 代価にして、わたしの願いを叶えたんです」

「なっ……!? ちょっと待って、代価って何!?

 なんでそんなものが必要なのよ!?」


何でも叶えてくれるって話は聞いていたが、

その代わり代償を支払う必要があるとは言ってなかった筈だ。


そんなの詐欺じゃない!?

『出来る限り叶えてやる』という話なのだから、

代価が要ると考えて然るべきとでも言いたいの!?

相変わらずふさけた奴ら……!


「あぁ、気にしないで下さい。別にわたしは元々、

 名前を捨てるつもりだったので、そこはいいんです。

 寧ろ、無くせてすっきりしたくらいですから」

「で、でも……」

「それにあくまでも、その代価を払った方が

 願いを完全に叶えられるという話だっただけです。

 別に支払わなくても一定のラインまでなら願いは叶えられたんですが、

 わたしは……それじゃ満足出来なかったので」

「……笠羽ちゃん……」


そう言って笠羽ちゃんは過去を懐かしむように切なげに笑った。

ただ最初あった時のような怒りと憎しみは殆ど見えなかった。

それはきっと、今の笠羽ちゃんは両親の事を余り気にせずに済んでいるからだろう。


「えっと、とにかくわたしの名前を半分削除する事で、

 両親、クラスメイト、すれ違った通行人に至るまで、

 わたしが両親の子であったという"記憶"は失われ、

 残り半分の名前──"絵美"だけが、わたしには残ったんです。

 本当ならこの名前も消したかったのですが、

 これ以上名前を意図的に削除してしまうと、

 わたしの存在そのものが消えてしまう可能性が

 あったみたいで、消して貰えませんでした。

 ……本当かどうかは知りませんけどね」

「……そう。その、"笠羽"って名字は自分でつけたのよね?

 名前はなんてつける予定だったの?」

「ソラです。青空とかの"空"って書きます。

 名前を決めた時はやさぐれてたんで、

 意味としては暗いんですけどね」

「……聞いてもいい?」

「うーん……い、いいですけど、引かないでくださいね?

 『"空"から落ちてくる鳥の"羽"を"笠"を被って防ぐ』

 これが名前の由来になる文なんですけど、

 この文の意味としては夢や希望を持ってる人を恨まないで済むように、

 心に笠を被り続けられますように──っていう

 思いが込められてるんですけど……これ聞いてどうです?」


えっと、"空"とか"羽"は夢や希望を持ってる人の事で、

心に被る"笠"は仮面とか、蓋とかって意味だろうか?

えぇ……なんて後ろ向きな名付け方……涙が出てくる……。


「……うぅ~」

「な、泣かないで下さいよ! 

 ……でも、今なら違う意味がつけられるかもしれません。

 佐藤さんが、わたしを"空"って呼んでくれるならですけどね〜」


そう言って笠羽ちゃんはジッと期待したような目で私を見つめてきた。


どういう事だろうかと疑問は抱いたが、

そもそも前提として笠羽ちゃんがそう呼んでほしいのなら、

私は何回だって呼んであげたい。


「──空。ううん、ソラちゃん。かな?」

「えへへっ。嬉しい〜!

 んー! もっと言って欲しいです! お願いします!」

「ソラちゃん! ソラちゃん!」

「えへへへへ〜」


笠羽ちゃん改めソラちゃんは蕩けた顔で私の呼び掛けに喜んでいる。

もっと言ったらドロドロになってしまいそうだ。


「えへ。やっぱり私の名前は……いい意味に出来そうですね」

「そんなに喜んでくれるなんてこっちまで嬉しくなるわ。

 どういう意味にするの?」

「──『"空"から降る何処までも綺麗な"羽"を、

 被っていた"笠"を外して見守り続ける』……ですかね?」

「えっ?」

「空から降る羽は優しさや道標。笠はわたしのトラウマです。

 ……さて、どんな鳥さんがその羽を渡してくれてるでしょーか?」

「…………も、もしかして……わ、わたし?」

「大正解ー!!」


この娘私の事好きすぎぃ──!!


「あはははっ! 佐藤さん顔真っ赤ですよ〜」

「もうー恥ずかしー! なんでそんなに私の事好きなのー!?」


ベットの上で私は熱くなった顔を押さえながらゴロゴロと転がる。

めっちゃ恥ずかしい! 

なんでこの子はこんなに恥ずかしい台詞を平気な顔をして言えるの!?


「えへへー。わたしはちょろい女なんです。

 佐藤さんがあんなに格好いい事言っちゃったから、

 わたしはこんなに佐藤さんが好きになっちゃったんですよ?

 責任取ってくださいね♪」

「……真知子」

「はい?」

「真知子って呼んで!

 ソラちゃんも呼んでくれないと不公平でしょ!」

「──っ! はい! マチコさん!」


わたしを名前で呼べて凄く嬉しそうなソラちゃんを見て、

あぁ、この子には一生頭が上がらなそうだなぁとぼんやりと思った。


それからも私達は暫く話を続けた。

瞼が少しずつ重くなり、意識が微睡んでいく。

心地いい眠りが私に訪れるまでそこまで時間はかからなかった。


「おやすみなさい。マチコさん。これからもよろしくお願いしますね」


眠りに落ちる前にそう言われた気がした。


おやすみ、ソラちゃん。

私の方こそ……よろしくね────











【?????????????】


「成果は上々でしょうか?」


「はい。我々の目論見通り、〈花の候補者〉は誰一人、

 結果として傷ひとつ負うことなく"前座"を終えました」


「ふむ。想定通りですね。実に喜ばしい結果です」


「……ホント、つくづく思い知らされるぜ。

 仲間ってのはマジで大事もんなんだってな……」


「おや、何か私に言いたそうですね? ■■■。 

 言いたい事があるのなら、言わなければ分かりませんよ?」


「…………何もねぇよ」


「〈造花〉を〈花の候補者〉の仲間に

 加える判断は本当に英断でしたねぇ〜。

 どの候補者も苦戦する場面ばかりでしたけど、

 最後には仲間達と窮地を乗り越えてましたから〜」


「あぁ、この時点で〈回復薬〉も渡してたのも大きかったな。

 これで戦いに対しての精神力と胆力がある程度ついたってわけだ」


「さて、その〈回復薬〉と〈頼りになる仲間〉が揃いました。

 そろそろ始めましょうか、"第二イベント"を。準備は整ってますね?」


「はい、全て滞りなく準備は完了しています」


「万全に揃ってますよ~」


「よろしい。これからも彼らは私達の舞台で存分に語り、

 必死で抗い、そして前を見続ける。

 これこそが私達の示す光であり闇だ。

 私達はその二律背反を楽しみ、苦痛に苛まれ続ける。

 さぁ、また次の鐘を鳴らしましょうか。

 彼らと我らの共演に祝福を上げるのです」


「は〜い」


「ったく、うるせえ奴だな……」


「畏まりました。社長」



「──本当に、貴方を選んで"大正解"でしたよ。

 笠羽絵美……いえ、笠羽 空さん」


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