第40話 仲間とはやはり眩しいものだ

「……あー、そろそろいいか?」

「あっ……」


笠羽ちゃんの胸を借りて、

赤子のように泣いていた私の耳に土倉の声が入ってくる。


どれくらい泣いていたのだろうか。

自分では分からないが土倉の何とも居心地の悪そうな顔を見ると、

結構長い間そうしてた気がする。


土倉の反応を見て気まずくなっていたら、

笠羽ちゃんは土倉から目を逸らさせるかのように、

私の頭を自分の胸に押し付け、頭を撫でてきた。


「あんな奴のことは気にしないで下さい。

 佐藤さんが元気になるまで、私の胸ならいくらでも貸しますから。

 ずっとこうしててもいいですからね?」

「え、えっと……それはちょっと……あぁ~」


恥ずかしいから止めて貰おうとする前に、

慈しむように撫でてくれる笠羽ちゃんの手と

温かい胸の感触に私は思わず溶けそうになる。

気持ちいい〜このままずっとこうして貰いたいなぁ……。


「いや、良くねぇだろ! ここ工事現場だぞ!?

 こんな場所で一晩過ごすつもりか!?

 まだ春になったばかりで寒いんだよ!

 このままじゃお前らだって風邪を引いちまうぞ!?」

「今更親切ぶっても遅いですよ?

 自分が濡れてて一番風邪を引きそうだからって、

 わたし達を帰らせようとしてるんでしょうけどね」

「な、何でだよ事実だろ!

 確かに俺の打算もあるが、

 ここにいてもお前達だって困るだけだろうが!

 それに朝になったらここの作業員だってくる!

 そうなったら言い訳出来ない事くらいお前なら分かるだろ!?

 おい佐藤! お前からも何とか言ってやってくれ!」

「あぁ~〜もっとなでて〜」

「は〜い♪ よしよし〜♪」

「聞けやぁああ!!」


何やらうるさい声が聞こえる気がするが、

今はこの気持ち良さに浸っていたいので、敢えて無視を決め込む。

でも、なにか忘れてるような……?


「おい、佐藤! お前恥ずかしくないのか!?

 今お前は一回りくらい年の差がある餓鬼に

 赤ん坊みてぇに撫でられてんだぞ!?

 しかも、それを敵である俺にじっくりと見られてるときてる!

 お前にプライドってもんは無いのかよ!?」

「……ハッ!」


そうだ。この状況!

さっき恥ずかしいと思ったばかりじゃないか!

私は慌てて起き、笠羽ちゃんの胸から離れる。

笠羽ちゃんは何故か残念そうな顔をしていた。


「ご、ごめん。笠羽ちゃん」

「……余計な事を……」

「え? 今何か言った?」

「何でもないですよ♪ それよりもう今日は帰りましょうか」

「あ……うん。そうね……か、帰ろっか」


さっきまで自分からお別れを告げていたくせに、

私は笠羽ちゃんと離れるのが名残惜しくて、

ついどもって返事をしてしまう。


「──あっ、そうだ!

 折角だし、今日は一緒にホテルに泊まりましょうよ!

 もう電車もそろそろ無くなりますし、お金なら私が出しますから!」

「えっ!? でも、まだ23時くらいだし、今なら間にあ──」

「そんなに疲れた状態で電車に乗って家まで帰るなんて危ないですよ!

 それにまだ、わたし佐藤さんと一緒に居たいですし!

 あ、でも、佐藤さんはわたしと一緒に泊まるの嫌だったりします……?」

「そ、そんな事ないわ! 凄く嬉しいわよ!」

「えへへっ。じゃあ決まりですね! 行きましょう!」

「あっ、ちょっと!」


私は笠羽ちゃんに力強く手を引かれて、その場から離れていく。

楽しそうに私の手を引く笠羽ちゃんの姿はとても可愛くて頼もしかった。


──きっとこの子となら、いくら辛い目にあっても大丈夫。

その姿を見て、私はそう思えた。


「…………は? 嘘だろ? 俺、このままなの……?」







私達がいた工事現場は白い縦長のパネル──要するに仮囲いが設置されていて、

外から見えないようになっていた。

それに関しては騒ぎになっても余計なトラブルが起こりにくいし、

有難くはあるのだが、出入り口のゲートは鍵が掛かっていた為に、

工事現場から出る正規の方法が見つからなかった。


なので、力業で出るしかなく、

私は笠羽ちゃんを抱き抱えて仮囲いを飛び越えて、

工事現場から脱出する事になった。

出る前に出入口の隙間から外を覗いて人通りを確認していたので、

通行人にその様子を発見される事は無かった。


因みにそんな場所に笠羽ちゃんがどうやって入ったのかというと、

〈水鉄砲〉を使って柵を飛び越えたんだそうだ。

なんでも〈水鉄砲〉は水弾を発射するだけでなく、

ジェット噴射のように、水を発射する事も可能らしい。

イメージとしてはマ〇オサンシャ〇ンのアレに近いようだ。


……それこそ人目に付きそうな気もするが、

こうして笠羽ちゃんは私を助けに来れてるのだし、

大丈夫だったのだろうと思い、私は特に追及はしなかった。

そんな小さな疑問なんて、今はどうでも良かったのもあるけど……。


それから私達は近場の空いていたホテルで二人部屋を借りた。


ホテルまでの道中、笠羽ちゃんは私の手をずっと握ってくれていた。

手を繋いで行くというのは笠羽ちゃんからの提案だったけれど、

きっと、私の為に手をそう言ってくれたのだろう。

……どこまでも優しい相棒だ。


どうせならとグレードがそこそこ高い部屋を借りていたので、

部屋の中は二人用にしては大分広く、高級感のある椅子やベットは

とても寝心地が良さそうだった。


その誘惑に負けそうになる前に、

笠羽ちゃんから「先にお風呂入っちゃってください」と声を掛けられたので、

私はお言葉に甘えさせて貰い、浴室に入り、服を脱いでシャワーを浴びる。


シャワーを頭に当てながら、私は深い溜息をつく。

こうして笠羽ちゃんがホテルに泊まりましょうと私を誘った理由は、

私が笠羽ちゃんと離れるのを怖がっていたからだろう。

ホテルまでの道のりでの楽しそうな様子を見る限り、

笠羽ちゃんも私とのお泊りを喜んでくれていたみたいだけど、

やっぱり、"私の為"という意味合いが大きいのは間違いない筈だ。


「我ながら情けないわね……」


でも、こんな私でもあの子はずっと側に居てくれると言ってくれた。

そう言われた時、どんなに嬉しかっただろう。

一緒に強くなればいいとは言われた時、どんなに頼もしかっただろうか。

もうあの子の隣に相応しくないとは思わない。

ここに居ていいのだと、あの子は思わせてくれた。


自分の頬が緩むのを感じる。

あの子が、笠羽ちゃんが一緒なら……私は大丈夫だ。


身体を綺麗にしてシャワーを浴びながら溜めていた湯船に浸かる。

一緒に使っていてので、お湯は余り溜まってはいなかったが、

それでも身体を入れれば充分に浸かる事が出来る。


「はぁ〜……」


温かいお湯が私を包み込んで、身体全体に安らぎを齎してくれる。

あんなに慌ただしかったのに本当にゆったりとした時間だ。

……落ち着けたとわかったら何だか眠くなってきた。


「すぅ……すぅ……ハッ!」


危ない危ない。あと少しで眠ってしまう所だった。

このままだと浸かってると眠ってしまうな……。

私はもう少し浸かっていたいという気持ちを抑えて湯船から上がり、

身体を拭いてその場にあったガウンを着てから浴室の扉を開けた。


「あっ」

「えっ」


浴室から出た瞬間、笠羽ちゃんがそこにいた。

え? 何で浴室の扉の目の前にいるの?

まさか、覗き!?


「ち、違うんです! 佐藤さん疲れてたから、

 もしかしたらお風呂で寝ちゃうかもしれないって思って、

 少し様子を見ようと思っただけで、決して覗いてたわけじゃ……!」

「……本当に?」

「本当ですよ! 信じて下さい! わたしそんな真似しないです!」

「言ってくれれば見せるのに」

「えっっ!? って、いやいや違いますってば!」

「ぷっ、あはははっ」


普段の頼り甲斐のある姿からは想像出来ない

笠羽ちゃんの慌てている姿に可笑しくなって、私は思わず吹き出してしまった。

その可愛い様子が私の心を和ませて、ささくれだった気持ちを消してくれる。


「あっ! からかってたんですね! もう酷いです!」

「ごめんごめん。心配してくれてありがとね笠羽ちゃん」

「むぅ……いえ、大丈夫なら良かったです。じゃあ私もお風呂入ってきますね」

「えぇ、いってらっしゃい」


笠羽ちゃんが手を振って浴室へと入るのを、

私も手を振り返しながら見送った。


ベットに腰掛けた後、身体を倒して天井を見る。

綺麗な照明だ。装飾を施されたガラスが中からの光で反射してキラキラしている。

……いい布団だなぁ。こうしてるだけでもう眠たくなってきた。

どうやら私は思ったよりも疲れているらしい。


うつらうつらと瞼が閉じられていく。

このままフカフカのベットで眠りにつきたくはあるが……

まだ、私には笠羽ちゃんに言うべき事がある。

ここで寝る訳にはいかない。


少し暖められて名残惜しくなったベットから出て、

備え付けられている椅子に深く腰掛け、

スマホを開いてSNSを見ながら、笠羽ちゃんがお風呂から上がるまで待つ。


「……やっぱりない、か」


SNSを見て、私のように襲われたという報告が上がってないかを調べてみたが、

どうやらその情報も言論統制されているようで、

一切そういった投稿は見当たらなかった。


結局、私は制御できない自分の力に怯えて、

他の〈花の候補者〉を助けにいく事は出来なかった。

本当に助けに行けたのかはどうであれ、

私が彼らの事を見捨ててしまったのは事実だ。


だから、せめて結果くらいは知っておきたいと思っていたが、

こうも情報を隠されては知りようがない。

それが少しだけ有難く思ってしまう自分に嫌気が差す。

他人なんてどうなってもいいと考えてしまう、卑しい心根に吐き気がする。


──でも、だからこそ、自分に勝たなくてはいけない。


今度こそ、胸を張って助けに行けると言えるように、

私は笠羽ちゃんの力を借りて、私の中にある"知識"に打ち勝つ。

そして、この力を今度こそ、自分自身のものにしてみせる。

それが、私が見捨ててしまった人達に出来る精一杯の償いだ。


……笠羽ちゃんの力を借りないと無理というのが、

なんともみっともないが、それでもやる価値は絶対にある。


笠羽ちゃんの信頼に応える為にも、

私は、"私"を超えなくてはいけないんだ。


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