第39話 懐かしい情景です

「──っ!? き、急にどうしたんですか!?」 


私が別れようと言った後、笠羽ちゃんは酷く驚いた後、

ショックを受けた表情を浮かべて声を荒げた。


当然だ。

仲間に誘ったのは、受け入れたのは私だったのに、

突然裏切るような言葉を言われたのだから。


言葉が詰まって言葉が出なかった私を見て、

笠羽ちゃんは慌てながら、

土倉を見て、犯人だと告げるように指を指す。


「あっ!? こいつに何か酷い事されましたか!?

 大丈夫です! わたしが今からこいつを半殺しにしますから!」

「お、おい待て! 自分で言うのもクソだが、

 俺はこいつに何も出来てねぇぞ! 冤罪だ!冤罪!」

「あなたが佐藤さんを連れ去ったんでしょう!?

 なにが何もしてないですか! 覚悟してください!

 今から口の中を〈重水〉まみれにしてやりますから!」

「ま、待っ──!?」

「……止めて、笠羽ちゃん。

 違うの。この人は……関係ない」


心配してさせた事を申し訳なく思いながら、

私は笠羽ちゃんが何やら物騒な事をしようとするのを止めさせて、

詰まる喉をどうにか抉じ開けつつ、理由を話そうとする。


「……違う。私が……私が悪いの。

 これ以上、私が笠羽ちゃんに迷惑をかけたくないだけで、

 私が全部いけないの。だから……ごめん」


けれど、口から出た言葉は要領を得ておらず、

説明にすらなっていないものだった。

こんな時でも拙い事しか出来ない自分が情けない。

私は満足にお別れの言葉すら言えないのか。


「迷惑って……違います! 何を言ってるんですか!

 わたしはそんな風に思ってなんて──」

「違くない!! だって、私はあと少しで……人を殺す所だった」

「え? ──!」


笠羽ちゃんは最初言われた事が理解出来ていなかったが、

直ぐにハッとなり、土倉の方を振り返った。

その目線の先は破れた革ジャケットから見える、

私が付けた痛々しい傷跡だ。


……やっぱり賢い子だ。

私が何に怯えているのかなんて、

簡単に分かってしまうみたいだ。


「で、でも……それは佐藤さんのせいじゃ……」

「……笠羽ちゃん覚えてる? 私の中には私の知らない"知識"があるって話」

「……は、はい。佐藤さんの中には

 自分では手に入れた記憶のない"知識"が眠っていて、

 その"知識"が佐藤さんの凄い戦闘能力の秘密だって聞きました」


そう。これまでの3日間、私達は色んな事を話していた。

自分達が持ってるガチャアイテムについてや、

現在のステータスの確認、襲撃者を向かい撃つための作戦の立案は勿論の事、

私の"知識"の事も笠羽ちゃんには説明していた。

笠羽ちゃんはそれを聞いた時に驚きはしていたが、

信じがたい話だからこそ、納得がいきましたと返していたのを覚えている。


「今日はその"知識"をさらに深掘りして使ったの。

 そしたら私の意識は……その知識の中にあった"意識"に塗りつぶされた。

 私はこの人を殺したくなかったのに、

 そうなった途端、殺しに何の躊躇も持たなくなった。

 もし、直前に私が"私"に戻ってなかったら、私は……人殺しになってた」

「……そんな事が」

「だから……もう駄目なの。

 私の近くにいたら、無意識のうちに私は自分じゃなくなって、

 もしかしたら、笠羽ちゃんにまで手を出してしまうかもしれない。

 だから、もう……終わりにしなきゃ……駄目なの」


そう告げた私の目からは涙が溢れ出し、視界を冷たく濡らした。

私が笠羽ちゃんの事をいくら大事に思っていても、

私の中にあるこの意識は、笠羽ちゃんの事を大事だと認識していない可能性がある。

いざ私の身に危険が及んだ時、この"意識"は笠羽ちゃんを盾に使ったり、

何らかの手段として利用して、殺してしまうかもしれない。


もし、そんな事になったらと思うと耐えきれない。

私は一生、自分を恨むだろう。


「ごめん、ごめんね。笠羽ちゃん。

 私は、貴女の友達でいたいって言ったのに。

 ずっと側で貴女の笑顔を見たいって言ったのに。

 見てあげられなくて…………ごめん」


涙が止まらなくて、前が滲んで見えない。

今、笠羽ちゃんはどんな顔をしてるんだろう。

呆れてるかもしれない、悲しんでるかもしれない。


どちらにしても私のせいだ。

私が自分の身の丈を知らずに気安く

笠羽ちゃんに迫ったから、こんな事になってしまった。


私のせいで笠羽ちゃんを傷つけた。

私がこの子と友達になりたいなんて願ったから……。



────ふと、気が付くと、

私の頬に笠羽ちゃんの手が添えられていた。



その両手で私の下がっていた顔を上げ、

私の目を真っすぐに前に向かせてくる。


そして、笠羽ちゃんは懐から取り出したハンカチで、

目元をそっと拭い、私のぼやけた視界を明瞭に写してくれた。


やがて、見え始めた笠羽ちゃんは、

まるで陽だまりのように優しい笑みを浮かべていて、

私を温かく迎えてくれていた。


「佐藤さん。言い損なってしまってましたけど、

 わたしの作戦のせいで佐藤さんを危険な目に合わせてしまって、

 本当にごめんなさい」


私がその笑顔に見惚れていると、

何故か笠羽ちゃんは頭を下げて謝ってきた。

突然の謝罪に私は動揺し、慌てて声を上げる。


「えっ!? ち、違うわ! あれは私がドジだったから、

 ああなっただけで、笠羽ちゃんが悪いわけじゃ……!」

「いえ、佐藤さん。わたしには完璧な作戦は立てられません。

 何処かに穴がある、不完全なものしか作れないんです。

 だから、佐藤さんを危険な目のもわたしのせいですし、

 仲間をまんまと連れ去られるミスだってしてしまうんです。

 本当に不甲斐ないばかりです」

「……そんなこと、ない。私が……私が悪いのに」

「違います。佐藤さんは戦闘経験もなく、

 ただ自分の中にある知識だけで戦ってくれてるんですから、

 わたしがしっかりとしないといけないんです。

 絶対に、佐藤さんのせいなんかじゃありません」


笠羽ちゃんは真剣な眼差しを私に向けてそう言った。

慰めの為に嘘をついているようには、とても見えない。

その言葉は確かに私の心を揺らしていた。


「でも……それは私が強い訳じゃ……」

「佐藤さんは得体の知れない力を使う恐怖を乗り越えて、

 今まで懸命に戦ってきたじゃないですか。

 知識の自体が佐藤さんの力じゃなくても、

 その力に怯えずに戦ってこれたのは

 間違いなく佐藤さんの"強さ"なんです。

 わたしは、そんな貴方だから安心して作戦を立てられる。

 佐藤さんだったら、わたしの作戦を活かして、

 戦い抜いてくれると信じられるんです」

「でも! 私は、さっきその力に──!」

「わかっています。

 だから、もうその知識に負けないようにすればいい。

 その知識にへばりついた"残りカス"程度、

 心の強い佐藤さんであれば簡単に屈服させられます。

 大丈夫です。その手伝いはわたしが全力でさせて貰いますから」


笠羽ちゃんは何てことないようにそう告げてきた。


笠羽ちゃんは私が怖くないの? 

自分でも制御できない力なのに、傍になんていたくない筈なのに。

どうして、そんな風に言ってくれるの?


締め付けられていた心が、緩やかにほどけていく。

私が抱く疑問なんて大したことじゃないと言ってくれる彼女の姿が、

私の目に焼き付いて離れなくて、とても心地が良かった。


でも、胸から押し出される負の感情は消えてくれず、

口から溢れ出して、笠羽ちゃんを突き放そうと動いてしまう。


「……そうなる前に! 私がまたあの意識に乗っ取られたら、

 私が笠羽ちゃんを殺しちゃうかもしれないのよ!? 

 そうなっちゃったら、あなたはどうするの!? 私は……!?」

「大丈夫です。わたしがそんなに弱い女に見えますか?

 佐藤さんがそうしちゃう前に、いくらでも罠を張って防いでみせますよ?

 わたしは、佐藤さんの頼れる相棒なんですから!」

「……笠羽、ちゃん」


そして、笠羽ちゃんの細く柔らかな指先が、

私の視線を彼女から離さないように、しっかりと支えてくれる。


どこまでも真っすぐに私を見据えるその目と、

安心されてくれる温かなその手が、

しっかりとわたしの顔を前へと向かせてくれていた。


「佐藤さん。わたしはここに。佐藤さんの側にいます。

 佐藤さんに何があっても、わたしは絶対に佐藤さんから離れません。

 だから……これからも、ずっと一緒にいさせて下さい」


笠羽ちゃんの穏やかな声と綺麗な笑顔が私を包んでくれる。

私の目から、また涙が流れ出す。

笠羽ちゃんをもっと見ていたいのに、滲んでしまってよく見えない。

でも、今度の涙は止めたくなんてなかった。


「うっ……あぁあああ!」


みっともなく泣き出した私を笠羽ちゃんは抱き締めてくれる。

そうして伝わる体温は私の心を満々と満たして、

この子の傍に居ていいんだと、はっきりと思わせてくれた。



あぁ、この子が相棒で、本当に良かった────


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