第37話 初期症状がここで出てきましたか

この"知識"はただの知識じゃない。

それは最初からわかっていた。


何処となく、この知識には"意識"が含まれていたように感じていた。

この技術を手に入れるまでひたすらに努力し、足掻き続けた誰かの強い意志が。


ただ、その"意識"は別に生きてはいない。

私と話そうとなどはしてこないし、私を乗っ取ろうともしてこない。

いや、そもそも思考すらしていないものだった。

"意識"はその技術を極めようとした"知識"の一部であり、

詰まるところ、これは技術を会得するまでに積み重ねた"経験や記憶"でしかない。

だから、私はこの知識を使っても問題無いと思っていた。


けど、それは余りにも甘い考えだった。


その意識は極限を目指した誰かの、至らんとする揺るぎ無い意志で構成されたもの。

そして、その技術を手に入れようと足掻く道のりで、

この意識の持ち主は強くなる為の糧として、何人もの強者を斬ってきた。

何人、何十人、何百人とだ。


戦が蔓延る時代であれば英雄だったかもしれないが、

現代であればそんな奴、ただの大量殺人犯だ。


そんな殺人鬼の意識が宿っている知識を使うのであれば、

当然ながらそこに込められた意識が私にも伝わり、"移ってしまう"。

意識が抱いてきた意志が私の頭と体を引っ張り、

私自身が持っていた筈の、思想と理念を上から塗りつぶしていく。


つまり────この知識を使うと、

私は知らぬ間に殺人鬼と化し、人を殺すのに何の躊躇もなくなる。


「う、ぐっ……い、いてえぇ……あぁ……」


その結果が、これだ。

土倉は痛みで涙を滲ませ、血が溢れる肩を抑え、震えている。

それを見て、私は後悔や謝罪の気持ちで一杯になった。

自業自得だなんて全く考えられなかった。

私の目に映るこの光景を見れば見る程に、

これは自分で創り出したものなのだと、痛い程わかってしまう。



私はもう少しで人を殺す所だったんだと、痛い程に。



「……どう、しよう? どうすれば……!?」


錯乱しかけながらも、私は自分が何か持っていないかと懐を探る。

そして、ソラちゃんから渡されていた〈回復薬〉が

ポケットに入っていることに思い出した。


あぁ、良かった! これで治せる……!

私は〈回復薬〉を持って土倉へと近づくが、

不意に近づいて来た私を警戒して、土倉は私から離れようとする。


「ぐっ……!? な、何をする気だ!」

「じっとしてて。槍を抜いてから、〈回復薬〉を使うから」

「か、〈回復薬〉だと!? 回復薬ってあの〈回復薬〉か!?

 何を言ってやがるんだ!? 俺はお前を殺そうとしてたんだぞ!?」

「いいから! お願い……私を、人殺しにさせないで……」

「はぁ? なんでお前が泣きそうになってんだよ? 意味分かんねえ……」


……そりゃ、そうよね。

こんな目に合わせたのは私だし、この男が混乱するのも無理はない。

だけど、私は人殺しになんて成りたくない。

だから、自分を半殺しにしようとしてきた奴を

助けるなんて馬鹿な事をしないといけない。


苛立ちと焦り、恐怖と後悔。

様々な感情に胸が張り裂けそうになるのを堪えて、

私は土倉の肩から槍を一気に引き抜く。


「いっ、いってえええ!!」


土倉が槍を抜いた痛みで大声を上げる。

その痛々しい声が私の心を容赦なく抉ってくる。

あぁ、嫌だ。どうしてこんな事になるんだろう。

私のせいじゃない筈なのに、どうして私のせいになるんだろう。


湧き出してくる歪な感情に蓋をして、出来る限り無心となって、

私は〈回復薬〉を土倉の肩に振りかける。


深い傷口が少しずつ埋まっていき、血が止まる。

〈回復薬〉を使い切ったが、土倉の肩の傷は完治とはいかず、

槍先で凹んだ跡が出来ていた。

その生々しい傷が、私の女々しい良心を同じ様に裂いてくる。


──考えちゃ駄目だ。これは、見ない方がいい。


「痛みはどう?」

「あ、あぁ、ある程度は無くなった」

「そう……よかった……」

「……何故助けたって聞きたいが……理由はさっき言ってたな。

 意味が分からねぇ。どうしてそんなに強いくせに殺しを恐れてやがる? 

 戦いに関しての技量とその臆病な性格、まるで理にかなってない。

 余りにもちぐはぐ過ぎる……お前は本当に何者なんだ?」

「…………しらないわよ」


知らない。そんなの聞かないで欲しい。

今、その話は一番聞きたくない。

私だってわからない。分かるわけない。分かるわけないのに……!


「……なんなんだよ。ったく、地雷みたいなやつだな……」

「先にお礼を言ったらどうなんですか? 変質者さん」

「あ、誰……? おわぁああっ!」


聞き馴染みのある声が聞こえたと同時に、土倉に水が飛んできてぶつかった。

そして、その場に跪きそうになるが、既のところで踏み止まる。


声がした方向には汗だくになり、息を荒くした笠羽ちゃんが銃を撃った格好で立っていた。

あの様子だと私と離された後、必死に探し回っていてくれたのだろう。


──凄い笑顔だ。

笑顔なのに物凄く怖い。滅茶苦茶怒っている。


「な、何だ!? 身体が重く……!」

「やっぱりステータスが高いからか、あまり効いて無いみたいですね。

 ですが……全身を濡らせばどうなるでしょうか?」

「ぐっ! あっ! お、重っ! や、やめ、やめろぉ!!」


笠羽ちゃんは土倉の全身を隈なく〈重水〉で塗らしていき、

なんとか起き上がろうとしていた土倉はやがて、

地面に伏したまま一歩も動けなくなった。


「クソ、お前……! どうやってここがわかった!?」

「は? そんなのあなたに教えるわけないですよね?

 それよりこっちの質問に答えてもらいますよ」

「何? ふっ、馬鹿が。答えるわけなぁいあああああ!!」


土倉が悪態をつく前に笠羽ちゃんは土倉の頭に〈水鉄砲〉を連射した。

〈重水〉の効果は重複しないらしいので、

更に身体を重くする事は出来ないのだが、〈水鉄砲〉の水弾の衝撃は受ける。


土倉は水弾を頭に何度も受けたせいで頭が少し地面に埋まっていた。

笠羽ちゃんは埋まった土倉の頭を髪の毛を掴んで持ち上げ、

口の中に〈水鉄砲〉を押し込んだ。


「はーい。じゃあ答えてくれますか?」

「おご、これれこられられるわけら」

「あぁ! すいません〜♪ これじゃあ喋れませんよねぇ?

 うっかりしてましたぁ♪」

「おごおああ!!」


笠羽ちゃんは泥だらけになった土倉の口の中に〈水鉄砲〉を撃ち込んだ。

容赦なく口の中を洗浄された土倉は激しくゴホゴホと咳き込んだ。


え、えげつない……笠羽ちゃん本気で怒るとこんなに怖いんだ……。


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