第36話 そこそこの使い手なのですがね
就業開始だと告げてきた男は、突如私達に向かって駆け出してきた。
第一イベントで苦戦したあのドーピング眼鏡並みの速さだが、
今の私なら対応出来る。
私は緊張しつつも、男の攻撃を待ち受ける。
しかし、男は私の目の前までやってきた所で、
床の中へと消えていった。
「なっ!?」
その現象に驚き、動揺していた私の真横から再び男が出現した。
焦りながらも距離を取ろうとするが、
その前に男は私の腕を両手で掴んで──窓の外へと放り投げた。
「──は?」
「佐藤さん!!」
一瞬何をされたのかわからなかったが、
身体が落下していく感覚を感じて我に返る。
この高さ……ブランコから飛び降りた時よりもずっと高い。
まずい。いくらなんでもこの高さから落ちたら死んじゃうんじゃ……!?
私が危機感を覚えた時、窓から男が飛び出してきた。
そして、また私の腕を掴んで一緒に地面へと落ちていく。
こ、こいつ何をしてるの!?
このままじゃ自分だって死ぬのに!?
猛スピードで落ちていく中、
私が慌ててるのに対して、男は全く冷静さを崩しておらず、
まるで通勤電車に乗り込むかのような顔つきで、つまらなそうにしていた。
やがて、地面は目と鼻の先となる。
私は死を覚悟して目を瞑り、最後を迎えるのだと悟ったつもりだった。
────そこで、ドプンという音が聞こえる。
四階から飛び降りたにしては余りにも不釣り合いな音。
そして、自分の身体が水流に呑まれているかのような感覚を覚えた。
よく分からないが、取り合えず痛みはないので、死んだ訳じゃないみたいだ。
それから私は目を開けて現状を確かめたが、視界には暗闇しか映らない。
ただ水の中を物凄い力で移動させられているようには感じていて、
何処かへと向かっている事だけは理解出来た。
一体どこに連れていかれるの……!?
短いのか長いのかよくわからない時間が過ぎ、
ふと、自分の身体の向きが大きく変えられたのを感じた。
そして、直ぐに身体が浮くような感覚がきた後、
私の目に眩い光が突き刺さる。
「眩し!」
真っ暗な景色から、急に強い光を見たせいで目がぼやけてよく見えない。
徐々に辺りの風景が見えるようになった時、
自分が先程までいたビルとはまるで違う所にいる事に気が付いた。
辺りに見えるのは積み上げられた鉄骨等の建材や、ショベルカーとクレーン車。
どうやら何処かの工事現場みたいだけど……?
「……ここは何処? あんた、私に何をするつもり?」
「知らねぇな。適当に人気がない所に連れて来ただけだ。
二人相手は面倒くさそうだったんでな」
「……! ここにきたのは私と笠羽ちゃんを引き剥がす為に……!?」
「自己紹介が遅れたな。俺は土倉歩(つちくらあゆむ)。
お前らが倒しまくった〈枯葉〉共を管理してた……ま、元締めみたいなもんだ。
でよぉ。あいつらがやられたら、
俺が何とかしないといけないって話になってんだ。
だから、取り敢えず半殺しになってくれねぇか?
それで俺はノルマを達成出来て金が貰えるんだよ」
「……っ、ふざけないで! そんなの受け入れるわけないでしょ!?」
私は土倉と名乗った男の言葉に激昂し、〈スクワダ〉を取り出して刃を展開する。
こいつ、人を金儲けの道具扱いして……心が痛むとかないわけ!?
「だろうなぁ……はぁ〜、やっぱ何も考えずに
地面に叩き落としときゃ良かったか……?
だけど、それすると殺しちまうだろうし、
失敗扱いになりそうだったんだよなぁ。
ああ、くそ。今更仕方ねえ。やるしかねぇ──か」
ブツブツと何やら呟いていた土倉だったが、
何故かいきなりその場でジャンプした。
意図がわからない行動に私が困惑している間で、土倉の足は地面に着こうとする。
しかし、土倉の足は地面に着地することなく、その場で"通過"した。
「は……!?」
地面を通過した土倉の身体はみるみるうちに地面へと入っていき、
全身が地面へと消えていった所でドプンという、あの音が聞こえた。
私達の前に現れた時も、ビルから飛び降りた時にも聞こえていた音はこれだ。
つまり……この男は地面を水中のように潜れるという事になる。
そして、私を連れてここまで連れてきた時の状況から察するに、
土倉は地面を潜るだけでなく、地中を泳ぐ事も出来る筈。
間違いなく何らかのガチャアイテムの仕業だ。
ガチャアイテムを使えば人間は地中を泳ぐ魚にまでなれるの……!?
私が摩訶不思議な現象に戸惑っていると、
足下から何かが恐ろしい速さで飛び出してきた。
槍だ。
鈍い青紫色の金属製の三叉の槍先が、
私の左足を突き刺さそうと飛び出して来ている。
私は間一髪で身体を半歩後ろに下げてその強撃を躱した。
私の足があった地面からは槍と土倉の腕が突き出ていた。
攻撃を外したのだと悟ったのか、槍と腕が地中へと帰っていく。
そして、間隔を空けずにまた槍が飛び出してくる。
今度は私の右足を突き刺そうとしているようだ。
私はまたそれを身体を半歩下げて躱す。
今回は敵の出方も解っていたので、少し余裕を持って避けれた。
暫くの間、槍が突き出てては戻っていくのが繰り返される。
右足、左足と交互に狙われては、それを躱していく。
……足ばっかり狙い過ぎだ。
動けなくするために足を潰そうと考えてるのだろうが、
動きがワンパターンなので躱すのは難しくない。
このままなら何とかなりそうだ。
またもや土倉の槍が私を襲ってくるが、
今度は私の足ではなく、狙いを背中に変えていた。
少し驚いたが、狙いを変えてくるのは予想してなかった訳じゃない。
私は前へと飛び、それを躱す。
「……え?」
しかし、背中から飛び出していたのは、よく見ると槍ではなく、工事現場にあった鉄パイプだった。
その鉄パイプは地中に戻らず、その場に残っている。
では、土倉が今持っているのは──!?
──そして、案の定。
私が飛んだ先の地面から槍が飛び出してきた。
「……っ!!」
だ、駄目だ……!
もう飛んでしまって方向転換出来ない!
この攻撃は躱せない!
──だったら!
「はぁああっ!!」
私は突き出してきた槍先を〈スクワダ〉を振るって全力で叩き落した。
凄まじい衝撃音が辺りに鳴り響き、私の耳を劈いた。
「どわぁあああ!!?」
飛んで体重が乗っていた事も功を制したのか、私の斬撃は思った以上に強力だったようだ。
槍が地面に叩きつけられた瞬間、槍を起点としたテコが発生し、
シーソーのように浮き上がった土倉は、土の"水面"から打ち上げられた。
土倉は釣り上げられた魚のように、
空中でバタバタと手足を動かし、慌てに慌てながら格好悪く地面に落ちてきた。
「──ぐっ……!? な、何が……何が起こった……?」
土倉は地に伏したままそう言った。
どうやら自分が何をされてこうなったのか、よく分かっていないようだ。
土倉は混乱して動けなくなっている。
チャンスだ。この隙に逃げて笠羽ちゃんと合流しよう。
でも、この場所は事前に決めていたルートから外れているみたいだし、自分一人で動くのは危険だ。
先ずは笠羽ちゃんと連絡を取って──いや、それなら先に土倉を無力化してから……?
僅かの間、私が迷っていると直ぐに我に返った土倉が素早く起き上がった。
そして、急いで転がっていた槍を拾い、私に槍を突き出すように構えた。
見れば土倉は余裕がなくなっており、心なしか冷や汗をかいているような気がする。
どうやら先程起きた事をまだ理解出来ておらず、動揺しているようだった。
「お、お前……さっき何をしたんだ?
いや……そもそもどうして地中から飛び出してくる槍を
初見で見破れるんだよ? お前は一体、何者なんだ?」
「…………私が聞きたいわよ。そんなの」
私が自分が何者か知りたいくらいなのに、
それを聞かれたところで答えられるわけない。
っていうか、自分は仲間なんだし、運営に直接聞いてみればいいじゃない。
「……くそっ、まぁいい。何にせよ、俺はやれる事をやるだけだ……!」
「あっ……!」
私のしらばっくれたと思ったのか、
土倉は不機嫌そうな顔つきになりながら、
槍を構えたポーズを取ったまま、地中に沈んでいった。
……なんだかシュール光景だったな。
いや、余計な思考をしている場合じゃない。
あのセリフから察するにあいつはまた攻撃してくる筈だ。
次は今度はどんな手でくるのかを敵をよく観察して予測するんだ。
努力を活かせ。あの"知識"を全て使え。
私は、あの子の相棒なんだから……!
敵の攻撃のどんな兆候を見逃さないように私は集中する。
地面から発する音、槍が突き出る時に発する空気の振動を感じて見極めていく。
いや、それだけの情報だけしか得られない訳がない。
もっと、私なら分かる。知覚出来ると"知っている"。
私はより深く集中する。
視界がより鮮明になり、聞こえる音が豊潤になっていく。
それだけじゃなく、敵が地面を泳いだ時に舞う土の匂いや、
敵の視線すら肌で感じられるようになっていった。
身体全体が敵の情報を知るための器官となっていく。
────あぁ、そうだ。この感覚だ。
私は。私は。この感覚とずっと常に生きてきた。
何故忘れていた。積み上げた幾層の研鑽と知識、
そして、経験による絶対の技術と力が、私には既に身に染み付いているというのに。
これだ。これこそが私なのだ。
もう、〈枯葉〉などという戦士の端くれにも成らんやつに遅れなど取らない。
ましてや目の前の手下を使い棄てる卑劣漢など……敵ではない────
私の雰囲気が変わったのが隙だとでも思ったのか、
光明を見出した土倉が私の背後から槍を投げつけてきた。
勢いだけはある投擲だ。
だが、狙いも投げ方もまるでなってない。
こんなもの目を瞑っても避けれる。
私は投擲された槍を手で掴んで受け止める。
しかし、槍は手で握った瞬間に消えてしまった。
……実に下らない小細工だ。
どうせこれを隠れ蓑にして、突撃でもしてくるのだろう。
そして、思った通り、土倉は真下の地中から飛び出してきた。
投げた筈の槍はその手に握られており、私の腹を突き刺そうとしてきてくる。
本領を発揮していたのか、槍の刃先は妖しい光を帯びていた。
そのせいか突く速さも一段と上がっている。
恐らくだが、この突進が奴の奥の手だったのだろう。
しかし、私にはもうそんな小細工は通用しない。
槍の使い手としての技量など無いに等しい奴の攻撃など、児戯でしかない。
そして、私は槍を半歩後ろに下がって避けた後、
槍の柄を手で掴んで、地中の穴から土倉を引っ張り出した。
「はっ、はぁあ!!?」
地中から引き摺り出された土倉は、
素っ頓狂な声を上げるだけで何の反撃もしてこない。
私は土倉の顔を蹴り上げて、槍から手を離させる。
蹴られた土倉は地へと倒れ伏した。
よし、これで終いだ。
私は隙だらけとなった頭に槍を突き立てようと、
槍を天高く振り上げ、力強く下ろして──
「…………あ?」
────違う!!! そんな事しちゃ駄目だ!!!
「いっ……!!? ぎゃあああっ!!!」
土倉の悲鳴が夜の静寂を掻き消し、私の正気を戻してくる。
寸前で自分がやろうとした事に気が付き、
どうにか槍の軌道をずらせたので、土倉の頭に槍は刺さらなかった。
けれど、余りにも直前だった為に槍の軌道を上手く逸らせず、
逆に手元が狂ってしまい、土倉の肩には槍が深々と突き刺さってしまっている。
肩からはどくどくと血が溢れ出して、
傷の深さを物語るように痛々しく、
現実感のある惨たらしい場景が私の目に写ってくる。
それを見て、私は段々と自分が何をしようとしていたのかをじわじわと理解していった。
「……あぁ……わ、わたし……私、今…………」
────人を、殺そうとしてた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます