第35話 優秀過ぎる仲間は悩みの種にもなるものです


「……もう、終わりなの?」


襲撃者達をいとも簡単に制圧した後、

現実感が余り湧かず私は笠羽ちゃんにそう尋ねてしまった。

隙を突かれたとはいえ、一度は殺される手前まで

そんな存在が六人もいたというのに……こんなにもあっさりと片付けられるなんて。


「はい。もうここに敵はいないようです。お疲れ様でした。佐藤さん」

「そっか……」


笠羽ちゃんは〈敵感知アプリ〉を使用して、

他にも襲撃者がいないことを確認した後、微笑みながら私にそう告げた。


──巧みな戦略を立て、その戦略で敵を無力化した後も、

それを喜んだりせず、油断せずに他に敵がいないことを確認し出す。

本当にこれが、つい最近までただの女子高生だった子がした事なの? 


……余りにも遠い背中だ。

私がこの子より勝っているのはステータスだけだろう。

その力すら満足に使いこなせず、笠羽ちゃんの足を引っ張って、

おんぶにだっこだなんて……カッコ悪いにも程がある。


劣等感が沈みだしてくるが、笠羽ちゃんにそれを見せたくはない。

私は気持ちを紛らわそうとして、笠羽ちゃんに気になっていた事を聞く。


「……笠羽ちゃん。私達の作戦って結局どういうものだったの?

 敵が馬鹿っていうのはどういう意味だったのかな……?」

「うーん、そうですね……簡単に纏めると、

 策士策に溺れると言えすらしない、杜撰な策を逆手に取ったって感じですね」


笠羽ちゃんはそう言って、私に自分のスマホと〈水鉄砲〉を見せてくれる。


「わたし達が所有しているアイテムの情報は、

 相手が運営の手先である以上、知られていてもおかしくはない筈ですよね?

 ですが、元締めは私達を誘い込んで嵌める策を取ってきました。

 〈敵感知アプリ〉を持っているわたしにそのような策は非常に通用しづらい為、

 その時点でアイテム情報を所有している線はかなり薄いとわかります。

 しかし、それでもゼロとは言えませんので、危険ではありましたが、

 私はビルの真下で〈鷹の目〉と〈敵感知アプリ〉堂々と使用し、

 元締めがどう動くのかを見極めようとしました」


あ、あの場面って結構危なかったのか……。

確かにもし敵が情報を握っているのなら、

私達が来た時点でビルの窓から攻撃してきたり、

ビル内部や外の建物から何かしらの行動を起こされていた筈だろう。


しかし、そうはならなかったという事は──


「その結果、発見した襲撃者達は一つの部屋に固まっていて、

 動いた様子もなく、その場で待機したままでした。

 わたしの情報を渡されていたとしても、

 襲撃者達の戦力に余程の自信があったとしても、

 一つの部屋で待ち構えるなんていうビックリ箱じみた作戦は取ってこない筈です。

 なので、ここに集められていた〈枯葉〉の人達は、

 引っ掛かってくれたらラッキー程度の策の為に武器を構えさせられていただけで、

 この廃ビルはあくまで、襲撃作戦に参加して貰う為の待機場所でしかなかったのだと予測出来ます。

 要するに、元締めは情報を掴んでおらず、

 私達が本当に来るとも考えてなかったんですよ」

 

笠羽ちゃんは小馬鹿にした顔でそう言った。


つまり、あの写真に書かれていた住所はあくまで"おまけの策"でしかなく、

この廃ビルは〈枯葉〉の人達の集合場所でしかなかったが、

笠羽ちゃんはその状況を利用して、

私を襲撃する筈だった彼らを一網打尽にしたという訳だ。


成程、確かに馬鹿みたいな話だ。


「でも、笠羽ちゃん。あの時送ってくれたメッセージって、

 なんで口頭で伝えずにビルに入ってから見せてくれたの?」


あのメッセージに書かれていた内容は事前の注意書きと作戦内容だった。


作戦内容を簡単に纏めると、

『四階の一室で敵が待ち構えているので、二人で役割分担して対処しましょう』

というものだったが、伝えるのであれば、

あんな動揺してボロが出そうなタイミングじゃない方が良かった筈だ。

私がそう聞くと、笠羽ちゃんは困ったように笑いながら答えてくれる。


「あはは……ごめんなさい。

 一応、元締めが私達の動向を監視している可能性も確かめたかったので、

 罠を逆手に取っていると悟られても問題ないあのタイミングで

 佐藤さんに伝える必要があったんです。

 既にわたし達がビルに侵入している状況下では居る場所がビルの内外に限らず、

 元締めがメッセージを送ったと気付く可能性は低いですし、

 もう半分以上階を登り切った後では、仮に気付いたとしても

 〈枯葉〉の人達に取らせられる行動は限られてきますからね。

 まぁ、結果何もなかったので、元締めは碌に監視すらしていないのでしょうね」


杜撰な作戦を立てる人物らしく、常駐管理も杜撰だったらしい。

でも、それを判断し、逆手に取れたのは偏に笠羽ちゃんのお陰だ。

私だけなら考え付かなかっただろうし、馬鹿に出来る立場ではない。


「……なるほどね……」

「すいません。佐藤さん、作戦の為とはいえ驚かせてしまって……」

「う、ううん! 謝らないで! 

 笠羽ちゃんは私を助けてくれてるんだから……!」

「えへへ、そういって頂けてありがたいです。

 でも、わたしがお役に立てたのも敵がアホだったお陰ですけどね!」


笠羽ちゃんは笑顔で毒を吐いた。

その顔が何故か、私にはとても遠いもののように感じた。

怯えも焦りも全くないその顔が、ひたすらに私とは違うと思えてしまう。


「……やっぱり笠羽ちゃんは凄いわね。

 私なんかじゃ、こんな作戦立てられないし、

 そんな色んな事まで考えられないわ」

「でへへ……ありがとうございます!

 でも、佐藤さんが私の作戦を完璧にこなしてくれるから、

 こんなに簡単にいくんですよ?」

「……私が、完璧……?」


そう言われた後、私の脳裏に〈枯葉〉にされた初老の男性の顔が思い浮かぶ。

狂ったように笑って、私を殺そうとしてきた人間の顔だ。

その恐怖を思い出してしまい、私は指先で自分の首筋に触れる。

痛みはもう消え失せているが、あの大きくてカサついた手が、

私の首を握り潰すように締めつけきた感触が、未だにそこには残っていた。


「佐藤さん?」

「……私がもっと笠羽ちゃんの計画を上手くこなせていれば、

 きっと、あんな目には合ってない……」

「……えっ?」


笠羽ちゃんの困惑した声が耳から心へと刺さる。

こんな事は、お互いの為にも言うべきじゃない。

自分への不甲斐なさを笠羽ちゃんに押し付けていい訳がない。

そうとわかっていても、溢れ出した感情は口から止められなかった。


「ごめんね。笠羽ちゃん。私には……自分が完璧だとは思えない。

 私が笠羽ちゃんみたいにしっかりしていれば、

 きっと、私達はもっと楽に戦えてる筈。だから……ごめん」


────なんて情けないセリフを吐いてるんだ、私は。


私が殺されそうになった原因は、私だ。

おじいさんが自分の家族を殺したという言葉を聞いて、

動揺してなければ、笠羽ちゃんが私を助けに来る必要もなかった。

笠羽ちゃんの作戦を上手くこなせなかったから、

自業自得で怖い目にあっただけだ。

だから、こんな士気の下がる言葉言った所で、

笠羽ちゃんの負担になるだけなのに。


「……佐藤さん。いえ、わたしは──」



────ドプン。



笠羽ちゃんが私に向かって何か言いかけたその瞬間、

近くからそんな音が聞こえてきた。

そして、音が聞こえたと同時に、

笠羽ちゃんが持っていたスマホから警告音が鳴った。


「さ、佐藤さん! 〈敵感知アプリ〉にたった今反応が現れました!

 誰かがビルの一階に来たみたいです!」

「ど、どういう事!? さっきまで反応は無かったのよね⁉ 一体どこから!」

「……さっきの音……まさかこの敵は」


ドプン、ドプンと、またその音が聞こえ、

その音が鳴った方を見れば、コンクリートの床が"水面のように"揺らいでいた。


石の水面から上がってきたのは、具合の悪そうな男だった。

床から飛び出してきた反動で、男のつやのない茶色いくせ毛が揺れており、

目まで掛かる前髪から僅かに覗く青い瞳は暗く淀み、目の下のクマは酷く濃い。


「おいおいマジかよ。寝てる時にでっけぇ音がしたから、

 餌に引っ掛ってくれたと思って来てみれば……こいつは一体どういう事だ?」


見るからに不健康そうな男は、着ている革ジャケットの乱れを治しながら、

部屋の中を見渡して、めんどくさそうに呟く。


「〈枯葉〉が全員やられてるじゃねえか。

 はぁあ……全く、面倒くせぇ……。

 結っ局、俺が仕事しねえといけねぇのか。

 楽してぇから〈庭師の庭〉に入ったってのに……ったく」


気怠そうに地面に転がされている襲撃者達を見た後、

髪をボリボリと搔き、男は私達に向き直る。

笠羽ちゃんは男の台詞を聞く前から、男に対して〈水鉄砲〉を構えていた。

私も遅れて〈スクワダ〉を構える。


そうだ。さっきの言葉、間違いない。



「……仕方ねぇ。じゃ、お仕事開始といこうかね」



────こいつが、"元締め"だ。


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