第34話 知謀を計る頭脳は情緒を量る能力に直結しません

写真に書いてあったのは何処かの住所だった。


ターゲットの写真に書いてある住所。何かしら意味があるのは私にもわかる。

だが、これが一体何を指してるのだろう?

私の写真なのだし、てっきり私の自宅の住所が書かれていると思ったが、

どうやら全く違う住所のようで、私が知らない住所だった。


それで地図アプリで検索して見てみたのだが、

そこは大分昔から取り壊しされずに残っている廃ビルで、

不法占拠するにはもってこいの場所である事が分かった。


もしかしたら、〈枯葉〉の人達を集める為に用意した一時的な拠点なのかもしれない。

大穴で〈庭師の庭〉のアジトの可能性もあるが……

私にはこんな形でわざわざ証拠を残す意味が分からなかった。

そもそも、〈枯葉〉にされた人を操れるのであれば、

住所なんて書かなくても、『その場所に来い』と命令して来させればいいだけの話だからだ。


つまり、この写真は私達を誘い出す為の罠なのだろう。


しかし、笠羽ちゃんはそれがわかっていながらも、

私にそのビルまで行こうと提案してきた。


反対したい気持ちはあったが、笠羽ちゃんが自信満々にそう言うので、

私は何も言えず、ただその提案に従うしかなかった。







襲撃者の男性を公園のベンチに寝かせた後、

私と笠羽ちゃんは真っ直ぐ記されていた廃ビルへとやってきた。

所々ひび割れている外見も、ガラスが割れている窓からも見える内装も、

どう見ても組織の本拠地にしては寂れて過ぎている。

予測が当たっているのであれば、ここは一時的な拠点なのだろう。


廃ビルが見える所までやってきて、

笠羽ちゃんは直ぐに〈鷹の目〉で〈敵感知アプリ〉で敵がいるのかを確認した。

しかし、廃ビルにはそれらしい人影も見えず、アプリでも感知出来なかったようだ。

はぁ……良かった。留守なら別に行く必要はないよね……?


「では、佐藤さん。入ってみましょうか。

 もしかしたら、敵がいるかもしれませんし、ね?」

「え」


どう判断したのか、笠羽ちゃんはポケットに手を突っ込みながら、

私の返事も聞かず、廃ビルの中にズカズカと入っていった。


その行動に混乱しながらも、慌てて笠羽ちゃんについていく。

中は瓦礫やら何やらが無造作に散らばってて、

通り道らしいものもないので、人が頻繁に出入りしているような感じではない。


笠羽ちゃんは私が不安を感じているのを鼻で笑うかのように、

迷うことなく足を進めていき、点在している部屋のドアを勢いよく開けていく。

その様は何の警戒もしていないように見えて、危なっかしく思える。


……本当にこのまま進んで大丈夫なのだろうか。


そうして次々とビルを登っていき、三階まで辿り着く。

まだビルは上の階があり、丁度この階で折り返し地点といった所だ。

同じ様に笠羽ちゃんはドアを開けていくのかと思ったが、

その前に私の耳元まで顔を近づけてきて、短く小声でこう言った。


「歩きながら携帯を見て下さい」

「……?」


私はどういう事なのか思ったが、言われた通りに携帯を開いてみる。

そして、携帯には笠羽ちゃんからメッセージが届いたという通知が入っていた。

いつの間にと思いつつ、再び歩き出した笠羽ちゃんについていきながら、

内容を確認して、私は驚愕した。


だが、最初の文で『顔色を変えずに読んで下さい』という注意書きがあったので、

なるべくビルに入った時と同じ表情を保ち、メッセージ内容を頭に叩き込みながら、

私は笠羽ちゃんについていく。


そのまま四階まで上がっていき、やがて、私達はある一室に辿り着く。

先程までの開けていたドアと何の変わりもない部屋だが、

ここが、笠羽ちゃんのメッセージに書かれていた"指示"を実行する場所だ。

私は指示通りにそのドアを開ける。



そして、扉を開けた先では──

嘲笑を浮かべた襲撃者達が武器を携え、私達を待ち構えていた。



襲撃者達は私達が扉を開けた瞬間に、一切に銃や弓を乱射した。

夥しい数の弾丸と弓矢が扉の外に殺到し、あっと言う間に蜂の巣にする。



──"私達"ではなく、"壁"を。



「ハッハァー!!! ようこそぉ!!! 

 まんまと騙されてよく死にに来てくれたなぁ……!?

 って、や、奴らは何処だ!? 何処に消えた!?」


襲撃者達は困惑している。

当然だ。開けられた扉の先には誰もいなかったのだから。

きっと、襲撃者達は私達が一人の襲撃者に勝ったからと調子に乗って、

ここまで何も考えずに乗り込んできたと思い込んでいたのだろう。

だからこそ、ああして部屋の中で武器を携えておき、

勢いよく入ってきた私達を迎え撃ったのだ。


しかし、私は"メッセージ通り"に扉を開ける際に、

扉口から出ないように壁に背をつけながら、

ドアノブを捻り、スナップさせた手首の勢いだけで扉を開けていた。


なので、開けられた扉の先には、

誰もいないという奇妙な状況が出来上がっていたのであった。

その結果を見届けた私は次の指示を遂行する為、

通路の右側に向かってわざと足音を大きく立てつつ、一定の速さで逃走を開始した。


「お、おい! ふざけるな! どこへ行く!?」

「くそっ、追え!! 絶対逃がすんじゃねえぞ!!」


襲撃者達は直ぐに扉から廊下に出て、私の姿を探した。

扉から出てきた襲撃者は合計で六人。

その六人は直ぐに私を発見し、追おうとするが、

そこで私が逃げた反対側から撃ち出された水弾が、

襲撃者達に次々とぶつけられていく。


「ぎゃああ! なんだぁ!?」

「い、いてえ! っ!? な、か、身体が重くなっ……!?」


水を浴びた二人の襲撃者は、

まるでのしかかる重力が、その場でだけ大きくなったかのように動けなくなった。

そんな現象を引き起こす奇妙な水の出処は、笠羽ちゃんの〈水鉄砲〉だ。


私が扉を開ける直前、笠羽ちゃんは私と逆側に向かって、

なるべく足音を立てないようにして移動していた。

そうする事で襲撃者のいる部屋の扉から距離を離して、

安全に近い位置で、笠羽ちゃんは襲撃者達に〈水鉄砲〉を撃ちまくったのだ。


しかも、当てたのはただの水ではない。

〈重水〉という、〈水鉄砲〉の専用弾で撃ち出された特殊な水だ。


どうやらガチャからは〈水鉄砲〉の弾薬となるものも

ガチャアイテムとして排出されるようで、〈重水〉はその一つらしい。

その〈重水〉には身体に受けると水が乾くまでの間、

身体が通常の十倍重くなる効果がある。

これもステータスが高いと効かなくなってきて、

抵抗するには最低でもATKが10は必要らしい。


私のような相手には効きづらいが、

一般人にあれば無類の強さを誇るデバフを与えられるし、

仮に高いステータスの相手でも、足止めには充分に使えるアイテムなのは間違いないだろう。


「おい! あそこに誰かいるぞ!」

「てめぇら! まずはあいつから殺る……はあっ!?」


笠羽ちゃんに襲撃者達が釘付けになっているタイミングを見計らい、

私は猛スピードで扉の所まで駆け戻った。

そして呆けて立っている襲撃者へ肉薄し、その横腹を〈スクワダ〉の刃の腹で叩き付ける。


「「「おわあああ!!!」」」


〈スクワダ〉を振るわれて吹き飛ばされた人は

後ろにいた人達も巻き込んで、部屋の中に無造作に帰された。

運良く部屋に戻されなかった襲撃者も、

笠羽ちゃんの〈重水〉で動けなくされ、残りは部屋に残された三人だけとなる。


そのタイミングで笠羽ちゃんが扉口まで戻ってきて、

口を片手で抑えながら、嘲笑うかのように襲撃者達に言う。


「あははっ、ダッサぁい! 袋の鼠とはまさにこの事ですね~?」

「て、てめぇええええ!!」


追い詰められた襲撃者達にわざと笠羽ちゃんは挑発的な言葉を投げかける。

それにより冷静な判断出来なくされた襲撃者達は

怒りのままに手に持っていた銃や弓で笠羽ちゃんを撃ち抜こうとする。


しかし、笠羽ちゃんは襲撃者達が武器を構え出す前に扉の外に出ていた。

怒りに駆られている襲撃者は逡巡せずに部屋の外から出るが、

そこを扉口の横で待ち構えていた笠羽ちゃんに撃たれる。


そして、〈重水〉の効果により、更に二人の襲撃者が動けなくなった。


「お、お前らああ! ち、畜生! この糞ガキがあああ!!」


残された最後の一人が笠羽ちゃんに襲い掛かろうとしたが、

がら空きの背中を私が〈スクワダ〉の腹で叩き付ける。


「いっ……!? ぎ、ぎゃあああ!!」


襲撃者が剣で殴られた痛みで蹲った所で、

すかさず笠羽ちゃんが〈重水〉を当てて動けなくさせた。


──これで、部屋にいた襲撃者は全て鎮圧が完了した。


余りにもあっけなく、私を殺す手前まで追い詰められた襲撃者は

笠羽ちゃんの策略によって何も出来ずに制圧されたのだった。

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