第33話 あくまで有効な手段として実施しているだけで

「……ありがとう笠羽ちゃん。何とか大丈夫よ」


私は笠羽ちゃんを安心させる為に強がってそう言った。

本当はさっきまで殺されそうになっていたのが怖くて仕方無いし、

泣きたいくらいだったが、相棒としてのなけなしのプライドを保つ為にはそう言うしかなかった。


「本当ですか? ご無理をなさってるんじゃ……?

 あっ、佐藤さん! 首に手の跡が……!」

「えっ、あぁ……残っちゃったのね……」


あれだけ強い力で首を締められていたのだ。

手跡がついても不思議ではない。

ジンジンとした痛みがはっきりと残っており、

先程まで命を奪われそうになっていたのだと嫌でも分からせてくる。

しかし、夜でも見えるくらいにはくっきりと跡が残っているとなると、

明日仕事場に行くときに支障が出る。どうにかして隠さないと……。


「ちょっと待ってて下さい! 今治しますから!」

「えっ? "治す"?」


笠羽ちゃんはその場に座り込み、

着てきていたミリタリージャケットのポケットから、

緑色の液体が入ったガラスのビンを取り出した。


香水瓶のような見た目だ。

円柱状のガラス瓶には簡素な装飾が施されており、

六角形の黒く細長いキャップで蓋がされている。


笠羽ちゃんはそのキャップを捻り、中の液体を手にとった。

出てきた緑色の液体はドロっとしていて、

液体だというのに光を全く通しているようには見えなかった。

え、それ触れて大丈夫なやつなの……?


「失礼しますね!」

「へっ? ひゃああ!」


そして笠羽ちゃんは私の首元にその液体を塗りたくり始めた。

めちゃくちゃくすぐったい!

感覚的にはオイルマッサージを受けてる気分だ。

あ、でも、そう考えると凄くいいかも。

こんな可愛い子にマッサージされてるとか最高だよねぇ。

不思議と痛みも和らいでいっているような気もするし……。


────あれ? 本当に痛みが無くなってない?


「どうですか? 痛みは無くなりました?」


そう笠羽ちゃんに聞かれて、私は自分の首元を触る。


……痛くない。

怪しげな液体のせいで、肌がべっとりとしてる以外は至って正常な状態になっている。


「え、えぇ。綺麗さっぱり……」

「はぁ、良かったぁ。佐藤さんに傷が残らないで本当に良かったです」


笠羽ちゃんはそう言って胸を撫で下ろした。

笠羽ちゃんの手を見るとオイルクリームを塗った後のように、

少しテカテカとしていたが、あの怪しい緑色の液体を塗っていたようには見えない。

少しくらい手が緑色になってそうなのに。


「か、笠羽ちゃん。さっきの緑色のやつって何なの?」

「あれですか? あれは〈回復薬〉ってガチャアイテムです。

 軽い怪我なら飲み込んだり、傷口に塗ったりする事で効力を発揮し、

 名前の通り傷を治します。さっき実感して頂いた通り、

 かなりの即効性があるのが良い点ですね。

 って、あれ? 佐藤さんは持ってないんですか?

 これって結構な頻度で出てくるイメージなんですが」

「…………一個も持ってないわ」

「えぇ……? 佐藤さんこそ持っておくべきなのに?

 運営は何を考えてるんでしょうか……」


私も聞きたい。こんな超便利アイテムがあるのならさっさと出しておいて欲しい。

ステータスとかよりもまず死なせない事が大切だろうに。

それとも笠羽ちゃんごいるからこの子にそういうのは任せようとか考えてるんだろうか。

……本当に人の神経を逆撫でするのが上手い連中だ。


「うーん。じゃあ、後で私が持って来てる分を

 佐藤さんに全部渡しますね」

「え、全部? 笠羽ちゃんの分は大丈夫なの?」

「全然大丈夫です。……私は家に50個くらいあるので」

「50!? ありすぎでしょ!?」

「ホント、そうなんですよねー。

 はっきり言って邪魔なんですけど、有用なアイテムなので捨てられもしないし、

 寧ろ佐藤さんが貰って下さると有り難いくらいです」


偏り激しすぎでしょ……っていうかソラちゃん、

もしかして滅茶苦茶ガチャ引いてるんじゃ……?


それから笠羽ちゃんは〈回復薬〉を一本私に渡してくれた。

彼女が持ってきている分は、ジャケットに入れた分だけではなく、

肩に掛けていたカバンにも入れているようで、後9本もあるらしい。

カバンを持ってきてない私では持てそうにないので、

残りは取り合えず家に帰る時に貰うことにした。


貰った〈回復薬〉を手に持って少し振ってみる。

ガラスの中に入った淀みのない緑の液体がタプタプと揺れる。

これが半透明でサラッとしてる液体ならまだ綺麗で良かったと思うが、

街灯に透かしても全く光を通さない謎の物質の薬とか、はっきり言って使いたくない。


……でも、〈成長玉〉を使った際に、

光が身体に入り込んでくるの現象を受け入れているのだし、今更の話か。


〈回復薬〉を渡した後、笠羽ちゃんは直ぐにスマホを取り出した。

デート中にスマホを弄りだす彼女を見たような気分になってしまいそうになるが、

実際の所はそうではないと私は知っている。


「……よし。アプリ上では今のところ敵は

 私達に近づいてきて無いみたいですね。

 〈鷹の目〉でも……うん。大丈夫そうです」


スマホから目を離して笠羽ちゃんは周りの見渡し、襲撃者が隠れてないかを確認する。

笠羽ちゃんは襲撃者の数は必ずしも一人ではないと考えていたのか。

たった今私達は襲撃者を撃退したばかりだが、

確かに乗り切ったと油断している所に別の刺客が襲いに来る可能性も充分に考えられる。


その危険を避けるために、

笠羽ちゃんはああして〈敵感知アプリ〉を起動して辺りに敵がいないか確認している。


……この子には助けられてばかりだ。

私は襲撃者を一人だと決めつけていたし、現に殺されそうになった所を助けてくれた。

それどころか私は操られて本当の事を言ってるどうかもわからない、

あの襲撃者の言葉を鵜呑みにしたせいで、ピンチになってしまっていた。


このままじゃ駄目だ。私はこの子の仲間なんだ。

助けられてばかりの存在なんて、それはただの足手まといでしかない。 

……仲間だなんて、呼んでいい訳ない。


「……佐藤さん? どうかされましたか?」

「っ……ううん。何でもないわ」

「そうですか? じゃあ打ち合わせ通り、

 また決めたルートを辿っていって、襲撃者を迎え撃ちましょうか」

「ええ。そうしましょう」

「あっ! ちょっと待っててください!」


笠羽ちゃんはそう言って襲撃者だった男の人に近づいていく。

何をするのだろうと思って見ていると、

なんと、笠羽ちゃんは徐ろに男が着ているスーツを脱がし始めた。


「ちょっ!? 笠羽ちゃん!? あなた何してるの!?」

「? あぁ、別に襲われた腹いせに追い剥ぎしようとかしてるわけじゃないですよ?

 ただ何かしらの"手掛かり"を持ってるかもしれないと思ったんです」

「……手掛かり?」


笠羽ちゃんはジャケット、シャツ、ズボンと、

おじいさんのポケットというポケットを探り尽くして、何かを見つけようとしていた。

そして、ズボンのポケットの中から一枚の写真を取り出した。


──そこに写っていたのは、私だった。


「うわキモぉ!」

「……きっと佐藤さんがターゲットだと教える為の写真でしょうね。

 手掛かりと呼べるものじゃないですけど、

 探して正解でしたね。回収出来て良かったです」

「ホント勘弁してよ……何で自分の写真を

 フリー素材みたいに使われないといけないの?」

「ホントですね……他の襲撃者がいたら、

 その人も持ってるでしょうし必ず回収しましょう。

 ……あれ? この写真、裏に何か書いて……」


笠羽ちゃんは写真に書いてあるらしいものを読んで、

目を見開き、少し考えた後にニヤリと笑った。

いつも明るくニコニコしている娘とは思えない悪い顔だ。

いつもとは違う笠羽ちゃんの様子にドキドキしながら私は尋ねる。


「か、笠羽さん? 写真には何が書いてあったの?」

「佐藤さん。庭師の庭って組織は、

 どうやらわたしの思っていた以上に馬鹿の集まりだったみたいです」

「えっ? どういう事?」


私の質問に敢えて答えようとせず、

笠羽ちゃんは写真を指で挟んでニヒルに笑い、

顎を上げて私に振り向いてこう言った。


「奴らに身の程知らずに分からせて上げましょう。

 私と佐藤さんのコンビを舐めると、どうなるか……ってね」



────やだ、この娘カッコよすぎ……!


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