第32話 〈枯葉〉はよく働いてくれてます
私の隙を突いて襲撃してきた男は、どんどん私との距離を詰めてくる。
男が大降りに構えているのは木で作られた棍棒だ。
ただその無骨さとは裏腹に、棍棒はパステルカラーで色付けされており、
奇妙な可愛らしさがそこには混在していた。
そうしてその棍棒が私の脳天に向かって降り降ろされる。
すると、振り下ろされたと同時に、棍棒が虹色がかった軌跡を描きながらブレて、
本体を起点にして、これまた虹色に光る棍棒の分身が左右に現れた。
そして、合計三本の棍棒が私に迫ってきた──のだが、
それに対して私は綺麗だなぁという呑気な感想を抱いた。
あの分身も恐らく実体を持っている攻撃なのだろうが、
"非常にゆっくりと"迫ってくる棍棒が三本に並んだ所で、物の数ではない。
しかも、事前に私は奇襲されていると笠羽ちゃんから報告も受けている。
なら、こんな攻撃防げない筈がない。
私は充分に余裕も持って、ベルトから〈スクワダ〉と取り出して、
刃を展開し、三つの棍棒全てを同時に弾いた。
そして、弾かれて体勢が崩れ、男が隙だらけとなったので、
私は両足で男の腹を蹴り上げる。
「ぐおお!」
牽制の意味合いで繰り出した蹴り上げだったが、
襲われた恐怖もあってか、想定していたよりも力が入ってしまい、
蹴られた男は勢いよく吹っ飛んで、公園に植えてある木にぶつかった。
一瞬、やってしまったかと青ざめたが、
幸か不幸か、男は先程の攻撃ではそれ程ダメージを追わなかったようで、
少し痛そうにはしていたが、素早く立ち上がり体制を立て直していた。
……やはり、力加減が難しい。
こういう事を防ぐために実践訓練もするべきだったが、
それに付き合ってくれそうな笠羽ちゃんは、私のルートマップを作るのに忙しかった。
だから、仕方ない部分ではあるのだけど……。
「いてて……ちっ、くそが。女のくせにやりやがる……!」
男は悪態をつきながらゆらりと立ち上がって、
棍棒を構えつつ、こちらの様子を伺っている。
不意打ちが完全に防がれた上に、手痛いカウンターを食らった事で、
警戒しているのだろう。
……怒りに任せて行動しないのは、ちゃんと考えている証拠だ。
第一イベントでも不意打ちという作戦を取ってきた辺り、
〈枯葉〉にされた人は操られていても、単純な攻撃しか出来ないわけではなく、
相手に合わせた行動を取ろうと考えて、戦いに挑んでいる。
操り人形にされてしまっているというのに、
れっきとした一人の戦士として戦えるなんて……本当に厄介だ。
何せ相手は殺す気で掛かってくるのに、
こっちはなるべく相手を傷つけてはいけないのだから。
勿論、これは私が定めた勝手な縛りではあるが、
人殺しなんて絶対にしたくないし、ましてや相手は自分の意思で戦っていないのだ。
そんな相手に傷を負わせるのは、なるべくなら避けたいのが人情だろう。
「ふぅうう……」
私は深く息を吐いて、精神を研ぎ澄ませる。
大丈夫、やれるはずだ。
あの突撃のスピードから鑑みて、相手のステータスはそれ程高くない筈。
戦闘技術も拙い。構えからして素人だ。
碌に経験を積んでいないのが見てわかる。
それに対して、私には身に覚えのない"経験"がある。
この日の為にその"経験"を自分に馴染ませてきた。
だから、心配なんてないし、私には"相棒"もついてくれている。
あの子が私の背中を守ってくれる限り、私は負けない。
改めて、襲撃者を見据える。
襲撃者として現れた人物は高そうなスーツを着た高齢の男性だった。
きっと、仕事帰りにこうして駆り出されてしまったのだろう。
その彼は未だ攻めあぐねている。
なら、相手の考えが纏まるよりも早く、
今度はこちらから仕掛けた方が良い。
自分の仕事は終わらせていたのに、理不尽な残業を押し付けられる──
そんな生活は早く終わらせてあげよう。
私は剣を下段に構えて、地につけた足にぐっと力を込める。
そして、込めた力を一気に開放し、足をバネのように弾かせ、
私は一つの弾丸となり、襲撃者に突撃した。
「は!?」
猛スピードで男の目の前まで辿り着いた私は、
男が持っている棍棒を〈スクワダ〉で切り上げる。
棍棒に激しい衝撃が加えられた事で、握られていた棍棒は男の手から離れて、
カランカランと音を鳴らして、地べたへと転がった。
男は起こった現象に頭が追い付いておらず、唖然となっている。
よし、チャンスだ。
私は男のがら空きとなった腹に膝蹴りを入れた。
「ガハッ!?」
その痛みで男が背中を丸めた所で、
私は男の首を掴み、地面へと倒れこませる。
それから首元まで剣を近づけ、刃が当たるギリギリで静止させた。
これでこの人はもう動けない。
あっけないくらいに上手くいった。
はぁ、良かった。これでこの人をこれ以上傷つけないで済む。
そう私は安堵したが、男はまだ戦意を失っていないようで、
私を憎々しげに睨んできた。
「ち、ちくしょう……! てめぇ、よくも……!」
「……もう勝負はつきました。諦めてお家に帰って下さい。
貴方には貴女の帰りを待ってくれる人がいるんじゃないですか?」
この年齢の男性なら世帯を持っていても可笑しくはない。
私はそう思って無駄な事かもしれないが、家族のために止めるようにと説得を試みようとした。
しかし、男は何が可笑しいのか私の言葉を聞いて、狂ったように笑い出した。
「ひ、ひひひ。俺を待ってくれる人だと……?
ひはひひ…………いない。いないなぁ。そんな奴はぁ。
いたかもしれねぇが、俺は目についたもの全部殺してきたからなぁ。
いたとしても多分殺しちゃってるなぁ。ひひひひひ」
「……え?」
「あぁそういやぁ、家を出る前に知らない女とガキがいたなぁ。
目障りだったしそいつらも殺しちまったなぁ。
も、もしかしてそいつらがそうだったのかなぁ!? ひひはははは!!」
私は絶句してしまった。
まさか、〈枯葉〉になると、
その人にとってどんなに大事な存在でも、忘れさせられるの?
この人は書き換えられた人格のままに、
自分の大切な人達を……殺したの?
「そ……んな……」
「あぁ、なんだぁ? 泣きそうなツラしやがって?
何かムカつくなぁ。でも──こりゃチャンスだよなぁ!?」
「──っ!?」
動揺していた私は男に〈スクワダ〉の刃の腹を拳で殴られ、
剣を男から離されてしまう。
そして、男は首を抑えていた私の腕を逆手で掴み、乱暴に振り回し始めた。
「うぐっ……!?」
強い力で握り締められながら振り回される腕に痛みが走り、
私は男の首から手を離してしまう。
男は私の拘束が解けた瞬間に起き上がり、素早く私の首を両手で絞め、
そのまま身体を地面へと叩きつけた。まるで、さっきと真逆の立場だ。
男は私に跨り、私の首を締め続ける。
マズイ。この人、思ってたより力が強い。
上がっている筈のVITが役立たない。意識が、遠のいていく。
「佐藤さん!! しっかり!!」
「うぉおっ!?」
ぼやけた視界のせいでよく見えなかったが、
どうやら駆けつけてくれた笠羽ちゃんが男に向かって、〈水鉄砲〉を撃ったらしい。
〈水鉄砲〉の水弾によって男は怯んだのか、私の首から手を離していた。
「っが……はっ、はぁ……はぁ……」
あと少しで意識が無くなるところだった。
危なかった。笠羽ちゃんがいなかったら多分殺されていた。
荒くなる呼吸を整えつつ、私はぼんやりとする頭で襲撃者を探す。
──しかし、目の前に男はいない。一体何処に……!?
そして、徐々に鮮明になってきた目で辺りを見渡せば、
なんと、激昂した男が笠羽ちゃんに襲いかかっているのが見えた。
「このクソガキがぁああ!」
「笠羽ちゃん!」
笠羽ちゃんに向かって鮮やかな軌道を描きながら凶器が迫る。
慌てて私は駆け付けようとする──くそっ、この距離では間に合わない!
しかし、笠羽ちゃんは自分に向かって死が迫っているというのに、全く動じていなかった。
それどころか、私の方を見ながら微笑んでいる。
そして、笠羽ちゃんは男のメイスをその場から飛び退いて避け、
それと同時に〈水鉄砲〉の引き金を引き、男の顔面を撃ち抜いた。
「い、いてえぇえ!?」
笠羽ちゃんの〈水鉄砲〉から発射された水弾を
真面に顔にぶつけられた男は、痛みで顔を抑えてその場で蹲る。
蹲った男を一瞥した笠羽ちゃんはカバンから何かを取り出した。
それは音叉だった。
金属部分は薄く黄色がかっていて、持ち手には漆塗りされている木の持ち手がついている。
笠羽ちゃんはその音叉を、男の背中目掛けて小突くように当てた。
「ギャバババ!」
その瞬間、男は電気ショックを受けたような叫び声を上げて、その場に突っ伏した。
本人から事前に聞いていた情報だと、あれは〈電磁音叉〉というアイテムで、
相手に当てる事で、電流を流して気絶させるアイテムらしい。
ただVITが+5以上あると効かなくなってくるとも言っていた。
なので、気絶した彼はVITが足りなかったのだろう。
「佐藤さん、大丈夫ですか!?」
相手が動かなくなったのを確認した笠羽ちゃんは
そう言って私に駆け寄り、心配そうに顔を覗き込んできた。
まるで、先程まで殺されそうになっていたとは思えない程、
笠羽ちゃんは落ち着いている。
……いや、実際笠羽ちゃんにとっては何てことなかったのだろう。
それだけ笠羽ちゃんは修羅場をくぐってきているのだろう。
でも、だからこそ……私は自分が弱いのだと思い知らされてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます