第31話 少し兆候が見られますね

そうして三日間が過ぎ、〈枯葉〉の人達が襲撃してくる日がやってきた。


長かったようで短かったような気がする三日間だった。

あれから仕事は空きの時間がないように忙しくなるようにしていたし、

家に帰った後は寝るまでの間ずっと素振りをして過ごしていた。

そのお陰で精神的な疲れはそこまでないが、

肉体的には今までの私の人生で一番の疲労感があった。


しかし、それも昨日までの話だ。

今日は笠羽ちゃんのアドバイス通りに有給を取り、

お昼過ぎまでぐっすりと寝ていたので、疲労感はかなり軽減されている。


急に仕事を休むと、

庭師の庭に作戦が気付かれたのではと勘づかれる懸念があったが、

作戦が中止になれば万々歳だし、延期になったとしても、

その時は私を下心丸出しで心配してくれるゴスロリが

また教えに来てくれる筈とソラちゃんは言っていたので、

私はそのお言葉に甘えて、心置きなく休みを取った。


……他の狙われる人達の事も気懸かりではあるけど、

自分の身を守れない事には話にもならない。

一先ずは私への襲撃を対応し終えてから、その事は考えるべきだ。


──さて、襲撃がある夜までまだ数時間ある。


ここは素振りをして時間を潰す事にしよう。

剣の素振りは今までのどんなストレス解消方法よりも効果があった。

一度剣を正しく振り下ろすだけで、

心が落ち着き、荒れた海のような心が自然と凪いでいく。

本当にずっと無心で振ってられるので、

この三日間では日付が変わるまでやってしまったくらいだ。


しかし、うら若き乙女が剣の素振りを日課にするとか……

まるで時代が逆転しているみたいだ。

いや、女性が剣を練習するっていうのは、昔でも中々ないか。


素振りに使っているのは〈スクワダ〉だ。

私が持っている剣は他にも〈衛種剣モラスチュール〉があるが、

何故〈スクワダ〉を選んでいるのかというと、単純に持ち運び辛いからだ。

〈衛種剣モラスチュール〉は普通に鉄で作られた刃物だし、

日頃から持ち運ぶには余りにも目立つ。


使わない剣で練習をした所で意味はない。

剣の練習として選ぶなら携帯しやすい〈スクワダ〉しか、選択肢はなかった。

因みに甘音から貰った剣はそのまま道端に放置して、家に帰ったので持っていない。


私は〈スクワダ〉を手に取り、尻尾のボタンを押して刀身を出させてから、

すっかり手に馴染んだ柄を握り締め、上段から振り下ろす。

その次に中段、下段と様々な角度から剣を降っては感触を確かめ、また剣を振る。


剣を振るたびに奇妙な懐かしさが私の心で波のように広がり、

逸る気持ちが落ち着いてくる。

まるで、ずっと昔からこうしてきたような感覚が

剣を振るう度、身体全体から湧いてくる。

その感覚と共に剣の振り方を思い出して学ぶ。

振れば振る程、私の身体に徐々に、徐々にそれが馴染んでいく。


その感覚を今はそこまで怖いとは思わない。

けれど、自分が元々持っていなかったその感情と記憶はやはり不気味だ。


何処からか付け加えられたかのような懐かしさと、

それに対しての、"元々の自分"が感じる違和感。

私の身体にある、この矛盾もまた運営の仕業なんだろうか。


何百回と素振りし終えた後、私は三日前からやっていた

襲撃に対してのイメージトレーニングを始めた。

一言に襲撃といっても、様々なやり方がある。

単純に突っ込んできたり、遠距離から弓や銃で狙撃してきたり、

地面や空から襲いかかってくる可能性だってある。


そういった相手にどう立ち向かえばいいかを、

この3日間、剣の鍛錬をしてながら私は考えてきた。


正面からの攻撃一つ取っても、武器によって対応の仕方が違う。

斧であれば正面から受け止めずに躱す事に専念し、

槍であれば突きを下段の振り下ろしで弾き、相手の隙をつくるようにするなど、

シチュエーションを思いついては対処する方法を試行錯誤する。

攻撃時や回避時の動きや、視線の誘導、呼吸の仕方に至るまで、やるだけ訓練を続けた。


所詮空想の敵を相手にした訓練でしかないし、

時間も無かったから大した経験にはなっていないだろうが、

何もしないよりはマシだろう。

実際、こうした努力の積み重ねは私の不安や焦燥感をかなり抑え込んでくれた。

なので、今の私の体調は精神と肉体ともに概ね万全と言える。


そうしてあっと言う間に外が暗くなり始めた頃、笠羽ちゃんから着信が来た。


「もしもし?」

『こんばんわ佐藤さん。お話してた通り、私はポイントAで待機してます。

 準備は出来てますよね?』

「……え、えぇ。問題ないわ」

『良かったです。じゃあ、外に出たら位置共有と連絡をお願いしますね。ではまた』


そう言って、笠羽ちゃんは電話を切った。


……しまった。ちょっと訓練に集中し過ぎた。

約束の時間まで練習していたせいで、汗だくなのにお風呂に入る時間がない。

うぅ、仕方ない。ここはタオルで何とかしよう。

そう考え、私は濡らしたタオルをレンジで温めつつ、

急いでべたつく服を脱いで、身体を拭こうとする。


「あっつ!」


しかし、タオルは温め過ぎた為に、私の手を火傷させてくる敵と化していた。

もう攻撃を受けてしまうとは……不覚。


タオルが味方にしてから身体を拭き、ジーンズとニットだけの動きやすい格好に着替えてから、ジーンズとベルトの隙間には〈スクワダ〉を挟み、最低限の荷物を持って私は家を出る。

そして、手筈通りGPSアプリを起動して位置情報を共有した後、

ワイヤレスイヤホンを装着し、笠羽ちゃんに電話をかけて通話状態にする。

これでお互いの位置を確認しつつ、笠羽ちゃんの指示を聞けるようになった。


──今回の襲撃に対応する作戦は、

私は笠羽ちゃんは一定の距離を保ちつつ、

予め決めておいたルートを移動していき、

笠羽ちゃんのサポートを借りて襲撃に対処するというものだ。


わざわざ笠羽ちゃんと離れて行動する理由は、

来たる襲撃者に笠羽ちゃんの存在を知らせないようにする為だ。

支援者の存在は知られない方が敵に対して有利に立ち回れるし、油断もさせやすい。

また、笠羽ちゃんには敵の接近を〈鷹の目〉と〈敵感知アプリ〉で索敵して貰う手筈となっているので、その上でも敵に発見されていない方がやりやすいし、そうして貰っている。


決めておいたルートを移動していくにあたり、

なるべく自分達が戦いやすい地形かつ、人通りが少ない場所──"ポイント"を選んだ。

ポイントは公園だったり、何処かしらの広場となる所で、

ポイントに行くまでルートも程々に人通りが少なく、見通しが良い道を選んでいる。

また、ぶらり旅に見えるよう、ポイントまでの道のりは

途中でお菓子を買ったりして時間を潰しながら、一時間から二時間程掛かるようにする予定だ。


そして、ポイントAである程度敵を待ち受け、襲撃が来なかったら

ポイントBに移動してまた待ち受ける。

それでも来なかったらポイントCに移動──と繰り返していき、

全てのポイントに移動し終わっても襲撃が来なかったら、夜が明ける時間帯になるようにしてあるので、その場合は普通に家に帰る。


本当なら人が全くいない所で襲撃者をずっと待っていた方が、

誰かを巻き込まないし、迷惑は掛からないのだが、

それだと襲撃者が私達の狙いに気付いてしまい、

別の日に襲撃の日程を変えてくる恐れがあったので、そういう作戦は選べなかった。


当たり前だが、この作戦を決めたのは笠羽ちゃんだ。

やっぱり、私なんかには勿体ない程に頼りになる。

兎にも角にも、準備は整った。

私は笠羽ちゃんに小声で報告し、サポートをお願いする。


「……準備完了よ。始めましょう」

『はい。作戦開始です』







作戦開始後、ポイントAの広場に行くまでの道のりでは何事もなく済んだ。

不自然にならない様、家を出る時間を調節して

16時過ぎ頃にしていたので、それも当然だろう。

広場に留まって適当に時間を潰していたので、現在の時刻は18時を回っている。


つまり、そろそろ襲撃が来る筈の時間帯になる。


『佐藤さん。〈鷹の目〉と〈敵感知アプリ〉で周りを確認してますが、

 今のところ不審な人物は見当たりません。引き続き作戦を継続しましょう』

「…………」


返事をしたいのだが、返事をしてると

その様子を襲撃者に見られてしまう可能性があり、

怪しく思われる可能性があって出来ないので、私は心の中だけで返事をする。


それにしても襲われるとわかっているお出かけは緊張する……。

気分転換にカフェにでも寄りたくなるが、

そこで襲われたら、自分もお客も堪まったもんじゃない。

仕方無いので、近くの自動販売機で缶コーヒーを買って飲む。


これはこれで美味しいのだが、

やっぱり自分はカフェのコーヒーの方が美味しく思う。

それに何より雰囲気がいい。早く落ち着けて飲みたいものだ。


買ったコーヒーをチビチビと飲みつつ、

私がゆったりとしたペースでポイントBまでのルートを移動していき、

ポイントBの公園まで辿り着いた。

この公園は広さは余りない上に、出入り口が二つだけであり、

建物を少なく敵の接近を感知しやすい。ポイントの中でも一番良い場所だ。


時刻はそろそろ20時になろうとしていて、もう完全に夜の時間帯だ。


しかし、未だ襲撃者は来ない。

緊張は時間の経過と共に増してくる。

来るなら早く来て欲しいものだが、こっちの都合を考えないからこそ、

襲撃者と呼ばれるのだし、無理な願いだろう。


それでも理不尽と感じ、苛立った私は、

とうに飲み終わっていた缶コーヒーを握り締めた。

ゴシャッという音を立て、まるでプレス機にかけたかのようにスチール缶が潰れる。


……素振りをやり始めた時から、私はステータス値を殆ど元に戻しているが、

ATKの値だけは半分しか開放してない。


何故全てのステータスを最大にしてないのかといえば、

余りにも強すぎる力で相手と戦うと、不慮の事故が起きてしまうかもしれないからだ。

第一イベントのステータス値ですら人を吹っ飛ばせる程だったのに、

フルパワーを発揮した今の私は少し力を入れて殴るだけで、人を殺してしまいかねない。

殺さない様に気を付けて戦ったとしても、僅かでもその危険があるのなら、

私はなるべく、そうならないようにしたい。


……そんな舐めプをしている場合では無いことは分かっている。

笠羽ちゃんからも、それで佐藤さんが死んでは元も子もないと言われた。

でも、それでも、私は人を殺したくなんてない。


それに不幸中の幸いだが、私には見に覚えのない技術がある。

ステータスが足りないのであれば、技術で補えばいい。

それが出来るようにするための準備を今日までしてきたのだから。


「…………来るならこい」


自分にしか聞こえない程度のか細い声量でそう呟き、

潰したコーヒー缶を公園のゴミ箱に入れて、

私は自動販売機で新しいコーヒーを買う。

そのコーヒーを開けつつ、取り合えずベンチに座って、襲撃者を待ち受ける。


さて、どう時間を潰そうか……そう考えて辺りを見渡すと、

ふと、私の目にブランコが留まった。

先の公園ではスマホで読書を嗜んでいたくらいで、遊具では遊ばなかった。

折角来たのだし、童心に帰って懐かしむのも良いだろう。

そして、私はコーヒーをベンチに置き、ブランコへと乗った。


キコキコと独特の金属音を立てながら、私は前へ後ろへと宙を漕ぐ。

昔ながらの音と風が頬を伝って、私の好奇心を満たしていく。

こういうのは大人になっても中々楽しいものなんだぁと思いつつ、

子供の頃にやっていたように、勢いを大きくしようと少しだけ漕ぐ力を強めた。


────つもりだった。


「え"っ」


自分のステータスの大きさを見誤っていた私は、

強く込めすぎた力のせいで、ブランコを一回転させてしまった。

その勢いは止まらず、私を乗せたブランコは何度も何度も回転し出してしまい、

視界がグルングルンと回っていく。


「うわああ!」

『ちょっ、佐藤さん!?』


──ヤバいヤバい! 止めないと!


パニックになった私は浅はかにも手を離して、前へとジャンプしてしまう。

重心を失ったブランコがガシャーンと大きな音を後ろで鳴らして、

私の身体は回転しながら、空高く放り出される。


地上の景色が遠い。

どのくらい高く飛んだのだろう。

激しく揺れるブランコと、高さのあるジャングルジムが目に映って、

酷く小さいもののように感じる。


「キャアアア!」


そして、高さを知る間もなく、私は地面へと落下し始めた。



──駄目だ! 頭から落ちるのだけは避けろ!

どこか冷静な"思考"が、そう頭の中で浮かぶ。


その冷静さを頼りに、私は落下する直前に両足を地面に向かって突き出した。

それから一気に地面へと落ちて着地し、爆発したように土埃が舞う。

てっきり足が折れるかと思ったが、VIT値が高かったお陰か、特に痛みは無かった。

ただ、高い所から落ちた恐怖が足に来てしまい、

私はその場に跪くように崩れ落ちて、頭を垂れてしまった。


「……こ、怖かったぁ」

『いや、なにしてるんですか?』


笠羽ちゃんのツッコミが刺さる。


本当に私は何をしてるんだろう? 

いくらなんでも間抜け過ぎる。

怖さが恥ずかしさへと変わり、顔が熱くなる。

……大人しくベンチに座って動画でも見てよ。


『!! 佐藤さん! 敵です!』

「ぇ、えぇっ!?」


今の私の姿を隙と見たのか、襲撃が来たと笠羽ちゃんから報告が上がった。

そして、顔を上げれば襲撃者と思われる人物が、

弾丸のように私へと迫ってくるのが見えた。



────いや、恥ずかし過ぎるんだけど!?


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