第30話 最高の劇にしてみせますよ

3日というのは思ったより長い。


仕事をしていればあっという間に時間は過ぎるものだが、

実際には仕事をやっている時間の中でも、

必ず何処かで"空き"が出てくるものだ。


私がやっている仕事の場合は機器にスクリプト──

つまり、設定を入れ込んでいる間の時間がその"空き"だ。

スクリプトを流している間は特に何もすることがない。

流し終わってから表示結果を確認すれば、それで作業的には完了だし、

もし結果が正常に設定出来ていなかったら上に報告すればいい。


そして、そういう"空き"の時間に、どうしても3日後の事を考えてしまう。

私は無事でいられるのだろうかと不安になって、仕事に身が入らない。

日程がわかっていてこうなのだから、もし笠羽ちゃんの助けが無かったら、

本当に精神的に危なかったかもしれない。

あの後、警察にも一応相談したのだが、

実際に事件が起きないとこちらとしては対応出来ないと、

ありきたりの回答を貰っていたのも、憂鬱な気分になるのに一役買っている感じがする。


何にせよ、このままじゃきっと何かしらのミスをしてしまう。


危機感を覚えた私は席を立ち、

一緒に作業をしていた人に断りを入れてから、

エレベーターを使って二階のトイレまでいく。


私の仕事場がある階にもトイレはあるのだが、

そこのトイレの個室は狭いし、年季も入っていて余り使いたくない。

けれど、二階のトイレの個室はかなり広くて新しめなので、

基本的にいつもこっちを使っている。


……って、何の話だ。

ともかく二階に辿り着き、

誰も居ない事を確認してから、私はその広いトイレの個室に入る。


それから私は着ているスーツのジャケット脱いで、

ズボンの中に挟んでいたあの折りたたみ式の剣である〈スクワダ〉を取り出した。

襲撃は3日後らしいが、もしかすると早まるかもしれないし、

庭師の庭以外の組織が私を狙いにくる可能性も考えられたので、これを常に持ち歩いている。


それで何故、こんな所で剣を取り出したのかというと……。

昨日襲撃の備えの一環として、部屋の中で剣の素振りをしていて気が付いた事だが、

どうやら"今の私"は、剣を振っていると気持ちが落ち着くらしい。

思い返せば第一イベントが始まる前に、

剣術の練習をやっていた時にもそういった気分にはなっていた。


理由は分からないが、今はリラクゼーションが必要な時だ。

なら、その一環としてちょうどよく使える手段を試してみる


〈スクワダ〉の柄頭にある尻尾を押し込む。

〈スクワダ〉の鍔である蛇の口から銀色に輝く刀身がシャキンという音を立て飛び出てくる。


この剣の柄は大体13cm程度だというのに出てくる刀身は約60cmもある。

突然の戦いの備えとしては申し分ない剣と言えるだろう。

しかも、この剣はとても軽い。重さの感覚でいえば大きめのスマホくらいしかない。

13cmという大きさも私にとってはちょうどよく、

片手で握るのであらばしっかりと握れる大きさなのも利点の一つだ。


唯一の欠点はデザインが厳つすぎるという所だ。

何なの? 真っ黒い柄に金色の蛇って。

強面でゴツいおじさんしか似合わないでしょこんなの。

それとも私がATKマシマシゴリラだからお似合いですって言いたいの? 捻り潰すぞ?


まぁ、そんな事はどうでもいい。

私は〈スクワダ〉を握り締め、試しに一度だけ振り下ろした。

すると、トイレの個室に全く似つかわしくない、勢いよく空を切った音が鳴った。

……思ったより大きい音が出てしまった。

事前に人がいないのを確認しておいて正解だったなぁ。


今度は剣を振る速度をかなり遅くして剣を振ってみる。

音は随分と抑えられたが今度は気分の落ち着き度合いが減った。

うーん……やっぱりトイレで素振りなんて無理がある行為だったか。


かといって外に出て剣を振るのはもっと駄目だ。

単純に人目について警察を呼ばれる。

天下の往来で剣を振り回してる人間なんて通報されて然るべきだし当たり前だ。


「はぁ、ままならないなぁ……」


刀身をもう一度柄頭の尻尾を押して収納し、

私はトイレの個室から出て手を洗ってから、

ポケットに入れていたアルコールティッシュで〈スクワダ〉を拭いた。

もしかしたら錆びるかもしれないが、

この剣はあんまり大事にする気が起きないので仕方ない。


ゴミ箱にティッシュを捨ててトイレから出た時、

ちょうどトイレに入ろうとしていた人とぶつかりそうになる。

すいませんと謝ってからその人物の顔を見ると、

そこには同期の高田さんが立っていた。


「あっ、ごめんなさ〜い。って佐藤さんじゃないですか~。お疲れ様です〜」

「お、お疲れ様。高田さん」


挨拶だけ済まして高田さんはトイレに入っていった。

このタイミングで知り合いが2階のトイレにくるなんて。

運悪く仕事場にある階のトイレが混んでいたのかな……?

危ない危ない……もし剣を振っていた音を聞かれていたら、面倒な事になる所だった。


ふと、私は隠さずに堂々と右手に〈スクワダ〉を持っていた事に気が付いた。

私は慌てて〈スクワダ〉をズボンに入れるが、

高田さんは私がこれを持っていることに気付かなかったのだろうか?

それとも、敢えて触れなかった? 


一体どっちなんだろう……確認したいが、

墓穴を掘る事になるだろうし、どうにも出来ない。 

不安を解消しようとここに来たはずなのに、

別の不安が生まれてしまった……もういっそのこと早退しようかなぁ。


気分転換なんて出来なかった私は、

もういっその事全ての"空き"の時間を消そうと考え、

まだ担当が割り振られてない作業を持てるだけ持って、

余計な思考にならない環境に造る事にした。

お陰で残業しそうになってしまったし、なんか本末転倒な行動だった気もするが、

何とかミスはせずに仕事を終わらせる事が出来たのだった。







そして、帰り道にガチャを引いたが、結果は"いつもの"だった。



【SR(スーパーレア) 成長玉 AGL+5】

成長玉はステータスUPアイテムです。

ステータスUPアイテムはお客様の身体能力を高めるアイテムとなります。

使用するとアイテム名に記載されている各ステータス値の横にある数値分、

お客様のステータス値(身体能力)を上昇致します。

AGLの場合、お客様の素早さと回避力が増強されます。



一度SRを引いた時と同じく、

当たったときの画面の演出がちょっとだけ派手だったが、

結果としては相変わらず代わり映えがない。

どうして私はこればっかり出てくるんだろう。


カプセルを開き、代わり映えのしない光景を眺めた後、

ふと、私はある事に気が付いた。


「……プラス5って、もしかして高い?」


話に聞く限り笠羽ちゃんも〈成長玉〉は引いてはいるらしいが、

ステータスは全て一桁だった。


二人でデートした日、帰宅後に笠羽ちゃんと通話したときに聞いたのだが、

事前イベントの時まではガチャを引いた事も〈成長玉〉を使用した事もないらしく、

タイミング的には私がガチャを引き始めた同時期に、

笠羽ちゃんもガチャを引くようになったらしい。


なので私と笠羽ちゃんは同じ条件の筈だが……

それにしてはステータスに差があり過ぎる気がする。

もしかしたら私のような〈花の候補者〉は皆、

こんな風に〈成長玉〉ばかり引いていて、高いステータスなのかもしれない。


もし〈花の候補者〉の人達がこぞって暴れまわったのなら、

世界は大変な事になりそうだが、そうはなっていない。

という事はそんな真似をしない人を選んでいるか、

事前に警察がどうにかしているのかもしれない。


……世界と言えば。

最近ではガチャを引いて、どんなレアアイテムを引けたのかを自慢するのが、

世界中でトレンドになっているようだ。


私は試してなかったから知らなかったが、

ガチャには引ける回数に制限があるらしく、

それが射幸心と対抗心を煽るいい材料になっている様だ。


──余りにも平和な話題だ。

私と同じ〈花の候補者〉はイベント会場からガチャ空間と色んな所に閉じこめられ、

戦いを強いられている上に散財を強いられて、

まるで奴隷のような扱いを受けているというのに。


当然ながら、今の社会だとそういった荒れる要因があれば、

あっという間に情報が拡がって炎上の燃料となり、

その会社を追い詰め潰そうという動きが起きる筈だ。


しかし、ガチャ運営であるガーパイス株式会社に

そんな仕打ちを受けたという苦情は全く世の中に出回ってない。

それは何故か。



────その苦情を書いても消されるからだ。



私と笠羽ちゃんもそれを確かめる為、

ツイッターやインスタ、使えるSNS全部使って書き込んだが、

そういった事を書き込もうと文字を打った瞬間に

文字が消えてしまい、履歴すら残らない。


笠羽ちゃんが機転を利かして、

デジタル上で文字が消されるのなら紙に書けばいいと、

苦情を書き連ねた紙で写真を取り、それを投稿しようとしたが、

写真を撮った瞬間にスマホやデジカメから、

コンビニのコピー機に至るまで、全ての媒体でその写真が消える。


笠羽ちゃんはそうなる事を既に知っていたみたいだけど、

それらの現象を見せて貰った時の私は、

まるで超ド級のホラー映画を見ている気分だった。


唯一私達に残されている情報の伝達手段は、口頭や筆談だけだ。


だが、少ないながらもそういった手段がある以上、

いくらネット上で規制をかけたところで、

ガチャ運営の悪辣さはじわじわと人々に伝わっていき、

いずれ信用は地に落ちる事になる。


笠羽ちゃんの見立てでは、これ程大きな悪事をしているのだから、

運営の信用は三ヶ月くらいで地に落ちるだろうとの事だ。

運営はそうなる事を見越して計画を立てているのだろうか? 

そして、もしそれが織り込み済みだとしたら……?


一体どんな計画があってそんな真似をするのだろうか。

そして、その計画で〈花の候補者〉はどんな役割を持つのだろうか。

私は……どんな役目を果たす事になるのだろうか。

どれも今の私には、知る由もない。


「何にせよ、今は出来る事をやるだけね……」


私はそう呟いてからいつも通りの帰路を通って家へと帰り、

今日一日を終わらせたのだった。

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