第29話 いい働きです
甘音に告げられた言葉に、私は思わず店内で声を荒げてしまう。
声を荒げた私に対して、甘音は唇を指で押さえつつ、シーっと言ってきた。
いや、お前がヤバい事言ってきたせいでしょうが!
っていうか、〈枯葉〉の人達を利用するって言ったのかこいつ!?
こいつがいる組織はそんな事が出来る権限を持っているの!?
だとするとこいつが所属してる"庭師の庭"って、
まさか、ガチャ運営会社の……?
「佐藤さん!? どうしましたか!?」
私が叫んだ声を聞いたのか、笠羽ちゃんが走ってこっちに来てしまった。
そして、甘音の姿を見た笠羽ちゃんは直ぐに険しい顔つきをなり、
持ってきていたカバンに手を入れた。
恐らく……カバンの中の手には、
いつでも発射出来るようにあの〈水鉄砲〉が握られているのだろう。
「佐藤さん……この人は?」
「えっと、こいつは……」
「あぁ、店内では騒いでは駄目よ? お二人とも。
初めまして笠羽絵美さん。
ワタクシは──はぁ……ここで話すのは止めておきましょうか。
外に出て話しましょう?」
そう言いながら甘音が視線をやった方を見れば、
物陰から店長らしき人が不満そうにこっちを見ていた。
さっきから騒いでたし、そりゃそうなるか……。
私達は店長に謝りつつ、大人しくお店から出た。
出たお店を振り返りながら甘音が残念そうに呟く。
「はぁ……これでこのお店にはもう入りづらくなってしまったわねぇ。
いい品揃えだったのに残念だわ」
「そんな事どうでもいいです。貴方は誰なんですか?」
「あら、強気ね。笠羽絵美。その態度はとても好みよ?
ワタクシは甘音クチル。そこにいる佐藤真知子の敵よ。
"昔の貴女"と同じ様に、ね」
「…………成る程。そうですか」
その言葉を聞いた笠羽ちゃんはカバンから〈水鉄砲〉を取り出し、
甘音に対してその銃口を向けた。
甘音は銃口を向けられても余裕を崩さずに落ち着いている。
ただの水鉄砲だと思っているわけではなく、
例え水鉄砲がガチャアイテムであったとしても対処できるという自信があるのだろう。
「笠羽絵美。落ち着きなさいな。
ワタクシは別に今日は戦いに来たのではないの。
佐藤真知子に忠告に来たのよ」
「……何故敵である貴方が佐藤さんに忠告を?」
「それは……うふふふ。どうして知りたいの?
"今は"、佐藤真知子の味方だからかしら……? ねぇ?」
笠羽ちゃんは甘音の挑発するような言葉を受けて、顔を歪ませた。
銃を持った手に力が入っているのがわかる。
しかし、撃つことはしなかった。
その反応を予想していたのかしていなかったのか、
甘音は笑みを崩さなかったが、少し面白くなさそうにしていた。
「──賢い選択ね」
「わざわざイライラさせないでください。
貴方が言わないのなら私が言い当てます。
貴方は"庭師の庭"からの刺客ですね?」
笠羽ちゃんの口から"庭師の庭"という単語が出た──?
という事は、笠羽ちゃんは庭師の庭という組織の事まで知っているらしい。
そして、笠羽ちゃんが言った事は正しかったらしく、
少し驚いた顔をした後、可笑しそうに甘音はクスリと笑った。
「あら、どうしてわかったのかしら? 正解よ。
ついでに言っておくと、ワタクシはその幹部なの。
だから有用な情報も知ってるというわけね」
「……幹部!? あの組織の幹部がどうして裏切るような真似を?」
「裏切る? うふふ。別にワタクシはそこの一員ってだけで、
仲間になったつもりなんて無いわ。
ワタクシがあそこにいる理由は一つだけ──強い人と戦えるからよ」
「……まさかとは思いますが、佐藤さんに忠告に来た理由は、
自分の獲物を他の人に狩られるのが嫌だからですか?」
「っ、うふふ、ははは!! そうよ! 大正解!!
やっぱり、貴方ってとっても賢いのねぇ?」
自分の思惑を見抜かれて狂ったように笑う甘音。
甘音の様子を見ても笠羽ちゃんは怯んだりせず、
厳しい視線と銃口を甘音に向けたままだ。
私のように怖がったりはしていない。
あの命を守ってくれるバリアも無い状態だというのに、一切迷いを感じない。
……私とは全然違う。
私はまた震えてるのに、あの大剣をまた私に向かって振り下ろしてくる光景が、
脳裏に浮かんで離れてくれないのに、笠羽ちゃんは……。
「貴方から褒められても嬉しくないです。
それで忠告の内容はなんですか?」
「うふふ。佐藤真知子にはもう言ってあるけど、
数日後、ワタクシ達は〈枯葉〉達に〈花の候補者〉達を襲えという命令を出すわ。
殺すつもりではないらしいけれど、何も抵抗しないと……
うふふ、きっと大怪我しちゃう事になるでしょうねぇ」
笠羽ちゃんはそれを聞いて驚くと私は思っていたが、
私の予想に反して笠羽ちゃんは驚きもせず、
寧ろ合点がいったような顔をしていた。
「……そうですか、思ったより早かったですね」
「驚かないのねぇ。もしかして知ってたの?」
「いえ、予想していただけです。
あの運営ならそういった真似もしてきて可笑しくないですから」
「ふぅん。そう……」
「それより具体的な日程は教えて貰えてないんですか?
数日後という情報だけでは対応に困ります」
「教えないわ。だって私は佐藤真知子に怪我をしないよう、
常に油断せずにいて欲しくて、この情報を伝えに来たのだもの。
日程まで教えてしまったら、気が緩んでしまうじゃない」
……お優しい心遣いで、全く嬉しい限りだ。
まるでガチャ運営が言うような事を言うやつだと、
私が嫌悪感を示していると、笠羽ちゃんが心底呆れたように溜息をついた。
「……はぁ。甘音さんでしたっけ?
貴方って随分と考えなしな人なんですね」
「──なんですって?」
笠羽ちゃんが言い放った言葉で甘音は不機嫌そうに聞き返した。
笠羽ちゃんは甘音の心境などどうでも良さそうに話を続ける。
「あなたはそんな四六時中気を張った生活を、
佐藤さんに強制してどうなるかよく考えたんですか?
あなたがどう思うかは知りませんが、
普通の人なら常に誰かに襲われる生活なんて恐怖でしかありません。
戦いに備える前に佐藤さんの戦う気力がなくなったらどうするんです?
外に出るのもトラウマになってしまったら?
あなたの目的はもう果たせなくなりますよ?」
あからさまに棘のある言い方で笠羽ちゃんは甘音にそう言った。
我ながら情けないけど、確かにそうなってもおかしくない。
常に戦いが付き纏う日常なんてごめんだし、気を病むのは間違いないだろう。
「……確かに一理あるわねぇ。いいわ、教えて上げる」
甘音は私と笠羽ちゃんを見つめた後、素直に笠羽ちゃんの言い分に賛同した。
意外にちゃんと人の話を聞けるんだな……。
「3日後よ。3日後の夜。その辺りで決行すると聞いているわ。
具体的に何時に決行されるかは〈枯葉〉達の都合によって
変わってくるから分からないわ。これで満足?」
笠羽ちゃんは甘音の回答を聞いた後、私の方をチラリとみる。
これで大丈夫ですか?と聞きたいのだろう。
聞く質問も思い浮かばないし、早く終わらせたい私はコクリと頷いた。
「……充分です。それにしても〈枯葉〉の人達の都合を考えて、
行動している組織だとは思ってませんでしたよ」
「別に優しさで考慮してる訳ではないわよ?
ただ余りにその人達の生活を無視した招集の仕方だと、
次にその〈枯葉〉を使えなくなってしまう可能性があるからってだけよ」
「はぁ……そういう理由でしたか。ブレない姿勢で逆に安心しましたよ」
? どういう意味──
……いや、そういう事か。
例えば仕事をしている最中の〈枯葉〉の人に対して招集をかけた場合、
その人は無断で仕事をサボった事になる。
しかも本人は自分が何故そうしたのかわからない状況だ。
普通の会社なら自分で理由も分からずに仕事をサボる人を起用したくはないだろうし、
最悪の場合クビになってもおかしくない。
そして、もし、仕事をクビになってしまった人間を招集した時。
その人間が次の職につけず、ろくに食事も取れてなかったら、
精神も肉体もボロボロで、まともに活動出来る状態では無くなっているかもしれない。
きっと、こいつの組織はそういった有事に対する懸念を解消する為に、
その人達の生活に配慮をしているんだろう。
……人の事なんて、使う道具程度の認識か。
やっぱり碌な集まりじゃない。
「さて、ワタクシの用事は終わったから、これでお別れとさせて貰うわ」
「わざわざありがとうございました。出来ればもう二度と会いたくないです」
「うふふふ。残念だけど、きっとまた会う事になるわ。
ワタクシはその時を楽しみにしてるわ。じゃあ、また」
甘音が優雅にゴスロリの裾を両手で摘んで礼をした瞬間、甘音の姿は消えた。
あの時と同じだ。
足音もせずその場に最初からいなかったように忽然と姿が消えた。
やはり、彼女は瞬間移動出来るアイテムを持っているようだ。
……私もそういうのが欲しいんだけどな。
笠羽ちゃんは携帯を取り出して、
敵感知アプリを開いてその場に甘音がいないことを確認する。
そして、反応がない事を知ると深い溜息をついた。
「はぁ……。折角佐藤さんとデートしてたのに台無しにされた気分です」
「全くね。本当なんで、私はこんなに運がないのかしら……」
「あぁ、佐藤さん。落ち込まないで下さい!
まだ今日は終わってません! まだまだ楽しめばいいんです!」
「ははっ。そうね。じゃあどこに行こっか。
あの古着屋はもう行けないと思うけど……」
「任せて下さい! こんな事もあろうかと、
次の古着屋の候補はリサーチしてありますから!」
「おぉ! 流石笠羽ちゃん! 頼りになるわね!」
用意周到とはまさにこの事を言うのだろう。
それから私は笠羽ちゃんに手を引かれて今日を目一杯楽しんだ。
3日後に訪れるであろう危機も、この子が一緒なら乗り越えられる。
そんな安心感に包まれながら。
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