第27話 見守っていますよ
何とも複雑な心境で迎えた月曜日、の仕事終わり。
私はガチャ空間の中に立たされていた。
自分から来たわけではない。
ガチャ空間に入らないようにいつもの道を通らず、
わざわざ別の道から迂回して帰っていたのに、
まるで、あちらから迎えに来たように私はここに連れて来られていた。
当然ながらガチャを引くつもりもないし、引きたくも無いのだが、
こういう事をされると引かないといけないのかと思わざるを得ない。
取り敢えずガチャに近づいてみる。
相変わらず液晶に映るのは、
やかましい演出とともに映る【一回1000円!!!】という文字だ。
こっちの感情を考えないその無機質過ぎる画面に対して、
私は千円ではなく蹴りを入れたくなるが、したところで虚しいだけだ。
溜息をつき、無駄な足掻きだろうが、
この空間から出ようと私はガチャを素通りして歩みを進めるが、
結局ある程度進んだところで壁に当たる。
やはり、ガチャを引かないと出られないみたいだ。
「そりゃ、そうよね……」
────でも、ちょっと試してみるか。
携帯を取り出し、アプリを開いて下げていたステータスを最大まで戻し、
私は壁がある場所目掛けて、全力の蹴りを繰り出した。
「はぁっ!」
だが、ブヨンとした感触とともに私のキックは虚しく弾かれる。
……予想はしていたが、こうも簡単に返されるとムカつく。
やっぱりガチャを引くしかないのか……。
いや、諦めるのはまだ早い。
ガチャの筐体を破壊出来ればここから出ることは可能なのかもしれないけど、
あの頑丈そうな筐体を蹴ってみるのは痛そうだしやりたくない。
じゃあ、どうするかと考えても自分では何もいい案は浮かばなかった。
……うーん。あんまり頼って困らせたくはないんだけどな。
私はダメ元で笠羽ちゃんに電話をかけてみる。
前回試した時、家族や友人には繋がらなかったので、
今回も駄目だろうと思っていたが、何故かすんなり繋がった。
──っていうか滅茶苦茶出るの速い。
電話かけてから出るまで1秒も経ってないんじゃなかろうか。
『もしもし、佐藤さん? もしかして何かお困りごとですか?』
「流石ね、笠羽ちゃん。お察しの通りよ。
ちょっと困ってて、知恵を貸してほしいの」
『えへへ。わたしなんかで良かったら、いつでも力をお貸ししますよ♪』
有り難い言葉に甘えて、私は今の状況を笠羽ちゃんに説明し、
どうすればガチャを引かずに済むかを聞いた。
しかし、返ってきた言葉は予想外に無慈悲なものだった。
『ごめんなさい、佐藤さん。
非常に申し上げにくいんですけど……
現状、ガチャは引くしか選択肢がないと思います。
というよりも、これから運営がやる事は全て受け入れるしかありません』
「……は? う、嘘でしょ?
だって笠羽ちゃん、運営を信用するなって……」
『はい。運営は絶対に信用しちゃ駄目です。
でも、だからといって運営が促してくる話を拒絶する事は、
今の私達では……出来ないんです』
「ど、どういう意味?」
『大前提として、ガチャ運営は私達人類とは一線を画した能力を持っていて、
非科学的な事象や現象を引き起こせる超次元の存在です。
その存在に抗うには何らかの有利が取れる情報や、
強力な助っ人が必要不可欠ですが、
今のわたしにはそういった伝手がありません。
佐藤さんも……無いですよね?』
「…………ないけど」
『それにわたしが調べた限り、
佐藤さん──いえ、〈花の候補者〉に該当する人は全員、
ガチャを引かないとその空間から出させて貰えなかったらしいんです。
わざと手や足に怪我を負わせて、物理的にガチャを引けない状態にしたとしても、
運営はその手足を直ぐに回復させてきたらしく、
結局、ガチャを引くしかない状況は変わらなかったと聞きました。
なので、ガチャを引かないという選択肢は選べないのが現状なんです』
「…………」
そうなのかもしれないとは、私も薄々察していたが……
こうもはっきり『運営には逆らえない』と聞くと、やはり心が重くなる。
でも、だったら私はこのまま操り人形になって生きていかなきゃいけないって事なの……?
『佐藤さん』
「──!」
私が暗い未来を思い沈んでいく前に、
笠羽ちゃんの静かながらに確かな声が私を引き上げてくる。
『心配は要りません。必ず、相棒であるわたしがこの現状を打開してみせます。
大丈夫です! わたしは事前イベントで1位になるくらいには優秀な人間なんですからね!』
おちゃらけた様子で笠羽ちゃんはそう言って、私を励ましてくれた。
……そうだ。笠羽ちゃんは凄く頭が良いのだし、
彼奴等に力では敵わなくても、知恵さえあればどうにか出来るかもしれない。
それが淡い期待なのかもしれないのは分かってる。
けれど、少しでも可能性があるのなら……笠羽ちゃんのように足掻いてみるべきだ。
「……ありがとう、笠羽ちゃん。頼りにしてるわ」
「はい! 任せて下さい!」
心を立たせてくれた笠羽ちゃんにお礼を言った後、
私は先程の会話で気になった事を聞く事にした。
「そういえば笠羽ちゃん。
さっき私が調べた限りって言ってたけど、どうやって情報を調べてるの?」
『あっ、それは色々ですね。ネットで調べるのも一応してますが、
主には事前イベントで仲間だった人達から賞金と引き換えに情報を引き出したり、
知り合えた〈花の候補者〉の人達とやり取りして、情報を集めたりしてますね』
「へ、へぇー……成る程、そんな事してるんだ……」
マジか……。
この子前世でスパイかなにかだったりしたの?
女子高生がやってる事とは到底思えないんだけど……。
「──って、ちょっと待って? 賞金を使って情報を集めてるって言った?」
『えっ? はい。そう言いましたけど』
「そういう事をしてるなら、笠羽ちゃんのお金だけなんて駄目よ。
やるなら私の賞金も使って。同じ仲間なんだから負担は均等にしないと」
『いえいえ! 私が勝手にやってる事ですから、
佐藤さんに支払って頂くなんて駄目ですよ!』
「でも、笠羽ちゃんはご両親と分かれてから、どうやって暮らしてるの?
多分、一人暮らしよね? お金に余裕なんて無いんじゃ……?」
『……あー、大丈夫ですよ?
ちょっとしたツテがあるので、別にお金に困ってる訳では……』
笠羽ちゃんは少し困ったようにそう言い淀んだ。
ま、まさか……!?
「その伝手って、パ、パ、パ──」
『そんな事してませんよ!!
ただ、その、コスプ……ちょっと工夫を加えたマッサージをしてるっていうか』
「してるじゃない!!?」
『してませんって!! 本当にマッサージ店なのは間違いないんです!
ただ、身元が不確かな人間を雇ってくれる所だと、
ちょっとした"コツ"が必要だったってだけで、
わたしの身体はまだ清廉潔白です!』
「それのどこが清廉潔白なの!?」
身体は潔白だとしても、仕事内容は邪悪真っ黒じゃない!
結局いかがわしいバイトだってことは間違いないし!
絶対にこのままにはしておけない! 何とかしないと!
「笠羽ちゃん、今すぐにでもそのバイトを止めて、
私の家に引っ越して。家賃は払わなくていいから」
『え、えっ!? で、でもそんなの、佐藤さんに迷惑を』
「いいから!! そんなの気にしないでいいから!! さっさと引っ越して!!!」
『はっ、はいぃ!』
よし。これで笠羽ちゃんの身も財布も守る事が出来た。
っていうか、勢いで言ってしまったが笠羽ちゃんと共同生活か。
こんなにいい子で可愛い子が常に家にいて、
帰ったらおかえりなさいと言ってくれるのか。
……やば。楽しみになってきた。
あ、でも私の今住んでる所ってそんなに広くは無いのよね。
引っ越してとか言っちゃったが、二人で暮らすには狭いかもしれない。
だったら一緒に物件を決めればいいじゃない! それもまた楽しそうでいい!
「笠羽ちゃん、詳しくは私が家に帰ってからゆっくり話しましょう。
取り敢えず私はこの目の前の仕事を片付けるわ」
『え、えっと……はい、分かりました。
でも、いいんですか? 私達知り合ってその、
まだ一週間くらいしか経ってないんですよ?
それで同居するなんて……』
「笠羽ちゃんは私と一緒に暮らすのは嫌?」
『い、嫌だなんて! 寧ろ凄く嬉しいです!』
「ふふっ。良かった。じゃあ決まりね。
なるべくすぐに帰るから、悪いけどちょっとだけ待っててね」
『は……はい。えへへ。その、楽しみに待ってますね?』
約束を取り付けた後、お互いに挨拶をして私は電話を切った。
あぁ〜、楽しみだなぁ〜。
今、私の脳内では仕事から帰った私を笠羽ちゃんが、
エプロン姿で迎えてくれるイメージが浮かんでいる。
こっちから誘っておいて、ご飯用意させるとか図々しいけど、
笠羽ちゃんなら自分から進んでやってくれそうだ。
帰ったらおかえりを言ってくれる人がいて、
温かい食事が待っているなんて、どれだけ素晴らしい事だろうか。
待ち遠しい未来を妄想し、沈んだ気持ちが大分軽くなる。
引きたくないガチャも、今の気分であれば引きやすい。
どうせ引かなくてはいけないのだし、また暗くなる前に引くのがいいだろう。
そう決心した私は財布から千円を取り出し、ガチャに投入した。
ガチャの液晶画面の表示が切り替わり、
可愛らしいキャラクター達が楽しげに楽器を鳴らす演出が表示された後、
いつものようにガチャアイテムが排出される。
そうして出てきたのは金色の装飾がついた黒い筒だった。
その筒を拾ってよく見てみれば、それはどうやら剣の柄のようで、
筒の中には隠されている剣先が見えていた。
黒い柄には金色の蛇が這っているような装飾が成されていて、
丁度剣の鍔と柄頭にあたる所が蛇の頭になっている。
どちらの蛇もリアリティのある精巧な造形で、
鍔にある蛇はパカリと口を開けていて、柄頭にある蛇は逆に口を閉じていた。
……厳ついデザイン過ぎて、私の好みじゃないなぁ。
【R(レア) スクワダ】
スクワダは折り畳み式の刀身が鞘に納められている護身用の剣です。
柄頭にある蛇の頭を押しこむと柄に納められた刀身が飛び出すようになっております。
護身用の為、強度や切れ味には期待せず、無理のない範囲でご使用下さい。
────護身用の剣か。
あのゴスロリ殺人鬼のような人に襲われても対応出来る様に、
一応通販とかで持ち運べる警棒か何かでも買おうかと思っていた矢先に、
こういうのが出てくるなんて……運営が気を効かせてくれたと言う事だろうか。
まぁ、こんな気の使われ方された所でムカつくだけだけどね。
気を使うならもっと根本的な所で気を使って欲しいものだ。使うけどさ。
「……さてと、じゃあ帰りますか」
ガチャを引かないといけないこの時間は残業と思う事にしよう。
いやしかし、残業しているというのにお金が減るとはこれ如何に。
……駄目だ、考えないようにしよう。
思考を切り上げ、笠羽ちゃんと話をする為、私は早足で帰宅した。
そうして家に帰った私は笠羽ちゃんにさっそく電話を掛けて、
引っ越しの計画を一緒に立て始める。
笠羽ちゃんの話を聞けば、どうやら借りてる部屋には
思っていたよりも多くの荷物があるらしく、そう簡単には引っ越し出来なそうだった。
なので、私と笠羽ちゃんに二人で住める部屋を決めて、
そこに引っ越しまでの間は、笠羽ちゃんが元々住んでる所の家賃と、
食費を私がいくらか負担するという事で、話は纏まった。
支払うお金は全額でいいと私は言ったのだが、
笠羽ちゃんは断固として頷いてくれなかったので、折衷案としてそうなった。
話し合いでは二人して中々折れなかったので、
気付けば時刻は深夜二時過ぎになっていた。
纏まった後、私は慌ててお風呂に入り、ベットに潜り込む。
そして、二人での楽しい暮らしを夢見ながら、
ゆっくりと眠りに落ちていくのであった。
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