第26話 いいタイミングですね

……今日は本当に忙しい日だ。


苦難を分かち合える友と出会えたと思ったら、

一目ではっきりと強敵とわかる奴にも出会う。

神様がいるのなら一期一会をもっと大事にして欲しい。


今だって、華奢な体格な筈のゴスロリ少女は、

刀身の幅が私の腰くらいある大剣を、

まるでやせ細った木の棒みたいに軽々と扱い、

深々とコンクリートの地面に突き刺していたのだ。

──そう、土の地面ではなく、石で作られた地面にだ。

これ程までに強敵とわかる指標があるだろうか?


信じられない程の馬鹿力……多分ATKだけなら確実に私より上だろう。

どれ程〈成長玉〉を使えばあんな真似が出来るようになるというのか。

……不味い。私は今武器を持ってきてないし、

日常生活に支障がないようにするためにステータスもかなり下げたままだ。


いや、いや……待って。そもそも私は今イベントに参加してない。

じゃあ今、この状況だと私は────




あの剣の攻撃を一度でも受けたら、死ぬ。




それに気づいた途端、私の身体からは脂汗がブワッと吹き出した。


まずい、まずい。

殺される。このままじゃ殺される。

このままじゃ、私の身体はあの大剣で、

ケーキみたいに二等分にされて殺されてしまう。


置かれている状況を理解した私は胸が苦しくなり、

呼吸が荒くなっていく。

そうなりながらも私はこの危機を打破しなくては思い、

何か武器になりそうなものを探す。


しかし、忙しなく辺りを見渡しても、

どこにも剣の代わりになるものはなかった。


何せ今、私がいる場所は住宅地だ。

都合よく鉄パイプやら木の棒が落ちてるわけもない。

そんな場所で平気で襲ってくるこの少女は本当に頭のネジが外れてる。


…………くそっ、どうすればいいの!!?


「あら? もしかして貴女。武器を持ってきてないの?」

「──!!」


やばい。気づかれた。

手持ち無沙汰にキョロキョロしていたから……!


私が気付かれた事に酷く動揺していると、

甘音と名乗った少女は何処からともなく剣を取り出して、

私に向かってゆっくりと放り投げてきた。

ガシャンと音を立て、私の前まで投げられたそれは、

一見すると何の変哲もないロングソードに見える。


──いや、っていうか今、何もない所から剣が出てこなかった?

その疑問を私が深く考える前に甘音は口を開く。


「貸してあげる。何の能力もない"模造品"の剣だけれど、

 貴女なら充分な得物になるでしょう? じゃあ、もういいわよね?」

「!? ちょっ」


私が剣を拾う事をする前に甘音は私に向かって、

大剣を振りかぶりながら突撃してくる。

いや、貸したなら拾うまで待ってよ!


私は慌てて剣を拾い、また紙一重で振り下ろされる少女の剣撃を

持った剣で受け流すように受け止める。

それにより少女の剣はけたたましい音を響かせながら地面に滑り落ちた。


「……っ」


重い。なんて重い一撃だろう。

マトモに受けてたら間違いなく頭から真っ二つになっていた。

甘音は自分の剣を受け流された事が意外だったのか少しの間呆然としていたが、

ニヤリと笑って、私の胴体目掛けて大剣を横薙ぎに振り払った。

その剣を私は後ろに大きくジャンプすることで避けるが、

バランスを崩してその場に尻餅をついてしまった。


不様にもお尻を地面につけてしまった私に対して、

甘音は僅かに首を傾げたが、すぐにその隙をついて、

私に向かって大剣を振り下ろしてくる。


何とかその斬撃を正面から受け止めるが、

相変わらずとんでもない力だった。

あまりの力に自分の額に当たるギリギリの所まで大剣の侵入を許してしまった。


自分の頭を真っ二つにしようと押し迫る恐怖に、全身の力が抜けそうになるが、

それをギリギリの所で何とか堪えて、私は眼前の死神と対話を試みる。


「あ、あんた! 一体何なの!? 

 まだあいつらのイベントは始まってないでしょ!?

 なんで私を狙うのよ!?」


甘音は私がした質問に首を少し傾けて不思議そうにしていたが、

直ぐに愉快そうにクスクスと笑い、意外にも律儀に答え出した。


「あらあら。お姉さんは自分の価値をわかってないのね。

 貴女はあの"運営"から特別視されてるのよ?

 第一イベントでは貴方を虐めたら虐めた分だけ、報酬を貰えた。

 だったら、イベント外であっても虐めたら報酬が貰えそうじゃない?

 だから、"ワタクシ達"は貴方を襲う。単純な理屈でしょう?」

「なっ……!?」


つまり、この子はお金欲しさに私を殺そうとしてるのか!?

しかも、何の根拠もない思い込みで!? ふざけんじゃ……!?


「まぁでも、ワタクシ自身は別に報酬なんてどうでもいいのだけれどね」

「はぁっ!? な、何!? さっきと言ってる事違うんだけど!?」

「言ったでしょう? "ワタクシ達"って。

 あくまでワタクシの組織がそういう方針ってだけ。

 そう、ワタクシはただ……」


甘音はそこで言葉を区切り頬に手を当てて、頬を赤らめた。

そして、恍惚して嗤いながら、じっとりとした口調で言い放った。


「ただ、ワタクシは貴方と殺し合いたくて……貴方に会いに来たの」

「……は?」


漫画やアニメでしか聞いたことがないぶっ飛んだセリフに思考が止まり、

私は思わず剣に入れた力を一瞬だけ抜いてしまう。

しまったと思ったが、甘音はその隙を突こうとはせず、

何故か一旦私から離れて距離を取った。


そして、うっとりとした表情で話を続ける。


「ワタクシは幼い頃から生き物を殺すのが大好きだったの! 最初は憂さ晴らしでアリを踏み潰して殺した時だったわ。あの時、目の前でうっとおしく這い回っていた存在が私のたった一度の攻撃で何もかもが終わったのを見た時、ワタクシは興奮したの凄く興奮したの。それからというもの、ワタクシは色んなものを殺したわ。アリから始まって、昆虫、ネズミ、猫と、殺す対象をどんどん大きくしていったの。殺す対象を大きくすればするほど、私の興奮も大きくなったわ。そしてある時思ったの。だったら、あれだけ大きな生き物である"人"を殺したらどんなに楽しいだろうって。そんなあの日、私はあの事前イベントへの招待状を貰ったの。人を擬似的にだけれど殺せるイベントだっていうから私はとびきり喜んで参加したわ。あぁ楽しかった! あのイベントの興奮は今でも鮮明に覚えてる。あのイベントはワタクシにただ殺す喜びだけじゃなく、強い敵と戦う時の高揚も教えてくれたの。イベントを終えた後に、運営から貴方がとても強い存在だと聞いたわ。話を聞いたワタクシは直ぐにでも貴方と戦いたいと思った。でも、私がこの東京に着いた時に見かけた貴女の顔は凄く疲れていたわ。そんな状態の貴方と戦っても楽しくないと思って、今日まで貴方の精神状態が回復するのをじっと待っていたの。だからね。今日、この日、この時を迎えられて私はとっても滾っているの! 滾って滾ってしょうがないの!!」



────甘音の突然の自分語りを私は殆ど聞き流した。



そして、少し聞いてしまった部分だけ切り取ってみても……。

結局、このサイコパスは私が強いって聞いたから戦いに来たという話だ。


なんて傍迷惑なやつだ。

サバンナにでもいってみれば、もっといい相手がいるだろうに。


っていうか、いつから私の跡つけてたんだこいつ!

ストーカーに、銃刀法違反に、現段階で殺人未遂の役満の犯罪者のゴスロリ少女。

こんなやつが現実にいるという事実を私は到底信じられなかった。


甘音は息を荒くして上機嫌だったが、

急に不満げな表情になって首を傾げた。


「でも、何だか予想よりも……まぁいいわ。

 戦っていれば良くなってくるでしょう」

「───ひっ!」


甘音はまた大剣を振りかぶって私に突撃してくる。

スピードとしてはドーピングしたあの不幸押付眼鏡よりかは遅いが、

それでも普通の人間が出せる速度じゃない。


そんな速さであの分厚くて重そうな大剣を片手で振りかぶって、

嗤いながら突撃してくる様は私を萎縮させ、戦意を失わせてくる。


怖い。怖い。

この大剣で斬られるのが怖い。

イベント時のあのバリアがあるという安心感は、

私にとってとても大きなものだったことを改めて知った。


再度、辛うじて甘音の振り下ろしを受け止めるが反撃出来ない。

腕も脚も震えてしまって力が入らず、そのせいで徐々に大剣が私に迫ってきた。

命を奪おうと、ガリガリと音を立てながら私の顔まで近づいて、

赤黒い刃先が私の頭の中身を見ようと、極限まで近づいてくる。


やがて甘音が持つ大剣の刃先が、私の髪の毛が触れる。

その僅かな感触が、私の心を酷く乱した。

自分の歯がガチガチと音を立てる。

目の前の景色が涙で歪み、助けて欲しいと心が叫びだす。


今にも崩れ落ちそうな私を見た甘音は、

歪ませていた口端を不愉快そうに下げて、唸るように声を発した。


「…………貴女、どうしてそんなに震えてるの?

 "花"の候補者だというのに、どうして?」

「!」

「おかしいでしょう? 貴方は第一イベントで優勝したのに。

 確かにあの第一イベント参加者は大抵が雑魚だったけれど、強い人もそこそこいたわ。

 そんな中で貴方は頂点になった存在だというのに……今の貴方にはその鋭さを全く感じない!!」

「うっ……!」


甘音は苛立ちを剣に注ぎ、

私が持っている剣の腹に大剣をより一層強い力で押し付けてくる。

金属同士が激しく擦れる音が耳で響く。

その音がまた私の恐怖を刺激して、私の目からはついに涙が溢れてしまう。


甘音はそんな私を見て、更に不機嫌そうに顔を歪ませた。

しかし、それ以上力を込めようとはせず、

それどころか剣を押し付けるのを止めてくれた。


そして剣を地面に突き刺してそれを壁変わりにして、

深い溜息をつきながらズルズルとその場に座り込んだ。

体育座りになった彼女は非常に悲しそうな声色になって呟く。


「興醒めだわ……本当に興醒め。

 ワタクシはてっきり、貴女が落ち込んでいるのは

 イベントに参加しても、碌に強い人と会えなかったからだと思っていたのに。

 貴方はただ、戦いが怖かっただけなのね」

「…………」


そんな人間あなた以外にいるわけないでしょ。


そう言いたかったが、その言葉で甘音が

どんな行動に出るのか分からなかったので何も言えなかった。

戦いが怖いのは本当だし……。


「でも、まぁ……」


そして、甘音はまたもや顔を変化させ、あの歪んだ笑顔を見せてくる。


「完全に不意をついた一撃と、

 ワタクシの本気に近い突進を完璧に凌いだのだから……

 "本物"なのは間違いなさそうよね?」

「っ……」


じっとりと甘音は恋する乙女のような顔をしながら私を見つめてくる。

こんな状況でそんな笑顔を見せられた所で、私にとって不気味でしかない。

私がそんな甘音に怯えていると、甘音は立ち上がって大剣を片手で抜いて背を向けた。


「仕方ないわね。まだ貴方とこうして戦うのは

 まだ早かったようだし、ここでお暇させて頂くわ」

「えっ!? ほ、本当に?」

「ワタクシがここで嘘をつく理由なんて無いでしょう?

 貴方の実力に合う戦士の心が実るまで、

 ワタクシは貴女の敵とはならないわ」

「…………それってつまり」

「当然、実り次第収穫しに来るわ。

 だから、いつでも武器はお持ちになっててね?

 あぁ、それとその剣は差し上げるわ。

 ワタクシとの親睦の証として受け取って?」


有無を言わせない迫力がその言葉にはあった。

迫力に負け、私はこくこくと首を立てに振りたかったが、

何故か私の身体は動かなかった。

まるでそうする事を私の"身体"の意志で拒んでいるようだった。


だから、私は甘音をジッと見据える事しか出来なかった。

そんな私の様子を見て、どうしてか甘音は特別嬉しそうにする。


「あぁ、その目! 良い、良いわ!

 貴方は自分の心は屈しても、身体だけはワタクシを拒むのね!? 

 あぁあ! 堪らない!! 貴女の身体には武神の魂が眠っている!!!」


両頬に手を当て、目をかっぴらきながら甘音は凄く喜んでいた。

くねくねと身体を揺らしながら不気味に笑う様は

まるで新種の妖怪かと思う程に恐ろしかった。


「はぁ……良い夜だったわ。とっても名残惜しいけど、

 貴女の成長をワタクシは非常に心待ちにしておきましょう。

 それでは──ご機嫌よう」


そう言って甘音は初めと同じ礼を執る。

その瞬間、甘音はまるで最初から居なかったかのように、忽然と姿を消した。


全く姿が見えなくなった事で私は危機感を覚え、

思わず剣を構えて身構えた。

しかし、暫く待っても一向に攻撃はこない。

姿を消して移動したのなら足音がした筈だが、そんな音は一切しなかった。


まさか、瞬間移動でもしたの?

そうだとすると──甘音はそれを可能とするアイテムを持っている事になる。

私はその事に更に恐怖を覚えたが、

どうやら甘音は本当に今の私には興味がないみたいだ。

恐らくもう暫くの間は襲っては来ないだろう。


「……はぁー……」


その事に安心感を覚えた私は、

張り詰めていた胸を撫で下ろし、重々しい溜息を吐いた。


……これ以上、ここにいて待ち構えていても仕方ない。

そう思った私はさっさと家に帰って眠ることにした。


強張る足を引き摺りって、トボトボと家に向かって歩く。

甘音に襲われるまではあれだけ楽しかったのに、今は苛立ちと疲労感しかない。

相棒である笠羽ちゃんにこの事を相談したいが、心配をかけたくないし、

早速おせっかいになるのも嫌だったので、止めておいた。


暗く沈んだ家路を辿り、やっとの思いで倒れこんだ寝所は

冬でもないのにとても冷たく感じた。

明日は月曜日なのに……こんな気持ちで会社なんて行きたくないよ……。


布団に包まり、せめてもの気晴らしに動画でも見ようと思って携帯を開くと、

笠羽ちゃんからメッセージが届いている事に気が付いた。


そして、そこには今日会ってくれて話を聞いてくれた事の感謝の言葉と、

これからも仲良くして下さいという意味のメッセージが書かれてあった。


その温かい言葉を目にした私は、荒んだ心が随分と軽くなったのを感じた。

私にはこの子が、頼りになる相棒がいてくれるのだと、改めて思えた。


深い感謝を込めて、丁寧にメッセージを笠羽ちゃんに返した後、

私は温かな思いを感じられる文面を写してくれる携帯を抱き枕にして、

安らかな眠りに落ちていく。


これからの日常の憂いを忘れて、

ただ楽しさに溺れるままに、ゆっくりと……。



「────おやすみ。笠羽ちゃん」



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