第24話 必要な過程なのです

そんな会話を交わした後、

私達はお互いに恥ずかしくなって顔を赤くしてしまう。

空気を入れ替える為に笠羽ちゃんが、

コホンとわざとらしく咳払いをした後、再び話を切り出してくれる。


「えっと、取り敢えずわたしの話はもういいとして、

 最後にあの運営の目的について話しますね」

「……!」


あぁ、そうだった。

第一イベントの最後ら辺で笠羽ちゃんが言っていた。

もし他の参加者が生き残っていたら、

運営の目的から考えて私と戦うことになっている筈だと。

それが分かる理由が私には分かってなかったが、

笠羽ちゃんは後で詳細を話すといっていた。


運営の目的か……。

少なくとも私にとっては十中八九碌なものじゃないんだろうなぁ。

これまた聞きたくはない話だけど……こんな目に合う理由をわかっていた方が、

これからの気持ちの持ち様も少しは楽になるだろう。

私が笠羽ちゃんの話を聞くために姿勢を正した。


「運営の目的、それは……"強い戦士を作る事"です」

「強い、戦士?」

「はい。私達事前イベントの参加者は皆、

 佐藤さんみたいな強い人……若しくは強くなりそうな人に対して、

 味方になるか敵になるかを選択させられます。

 そして、その殆どの人がその人の敵になるように仕向けられています。

 ガチャアイテムなんて市場価値がどうなるかが不透明なものより、

 手っ取り早く賞金が欲しい人が大半ですからね」

「……確かにね。でも、なんで運営は戦士を作りたいの?」

「そこはわたしも気になる所だったのですが、

 運営は答えてくれませんでした。

 聞けた事といえば『きっと貴方方も必要になる』って回答くらいで……」


運営の目的がそれだとするなら、

第一イベントはその強い戦士を育てる為の演習だったって事?

真っ先に思うのは「いや、あんたらでやりなさいよ!」というツッコミだが、

私達も必要になるとはどういう意味なんだろう。


っていうか、その言い方的に、

運営は私達人類とは違う生き物なの?  


今まで私が体験してきた事や世界中で起きている変化から考えて、

人智を超越している存在である可能性は考えていたけれど、

やっぱりそういう事なんだろうか?


……いや、今重要なのはそこじゃないか。


「笠羽ちゃん。つまり私は

 その"強い戦士"の条件に当て嵌まってるから、

 運営に目を付けられてるって事よね?」

「そうです。運営はその"強い戦士"の候補者を

 〈花の候補者〉と呼んでいましたが、

 事前イベントではその障害となる人材を用意するためのもので、

 わたしが参加した関東地区で行われた事前イベントの上位陣は、

 皆佐藤さんの敵か味方になるかを選択させられていました。

 そしてその時、運営は言ったんです。

 『どうか佐藤真知子を育てて下さい』って」


──名前もわからない複数人の"親"に囲まれて袋叩きに合うとか、

どんな世紀末な家庭だ。頼むから育児放棄して欲しい。


「だからこそ、わたしは他の参加者がまだいるかどうかを確かめた時に、

 もう残った参加者は居ないだろうと判断したんです。

 もし誰か生き残っていた場合はその参加者を

 佐藤さんと戦わせるように仕向けてくる筈ですから」

「……確かにそれなら戦わせないで終わらせる事はしないわよね……。

 でも、確証っていう程では無いような気がするけど……?」

「佐藤さん、わたしは運営の社長に

 『その〈花の候補者〉の人に、事前に参加許可を取ったんですか?』って、

 聞いたんですけど、そいつがなんて答えたかわかりますか?」

「え? な、なんだろ?

 『取ってるわけ無いじゃないですか?』とか?」


実際私は聞いてないのだし合っていると思っていたが、

笠羽ちゃんは眉を顰めながら首を振って否定した。

そして、苦虫を噛み潰したような顔をして答える。


「『それだと何の成長にも繋がらないじゃないですか』……です。

 何の躊躇も悪気もなく、あいつはそう笑顔で言ってました」

「……最悪ね……」

「その後、似たような質問を何回かしたんですけど、

 全部"成長に繋がるかどうか"であいつは判断してました。

 その時にわたしは理解したんです。

 こいつにとって、自分の目的以外のものは全部糧で、土台なんだって」


そこまで徹底してるとなると、

笠羽ちゃんがそう考えるのも無理はない……か。

確証というよりは確信に近い感じだが、

笠羽ちゃんと同じ立場なら、きっと私もそう思って行動していただろう。


「佐藤さん。

 あの運営には人情や慈悲なんて存在しません。

 例え、あいつらのお陰で良い生活が送れるようになって、

 便利で健康な身体になっても、それは全部幻想で、

 あなたを搾取するための"撒き餌"でしかありません。

 だから、絶対にあいつらを信用しないで下さい。

 ……これで私が伝えたい事は全部です」

「…………」


──私はあのガチャを引いてから、私は何を得られただろう?


通勤が楽になった? 

ジャムの蓋を簡単に開けられるようになった? 

超人じみた戦闘技術を手に入れた?


正直言って、どれも私にとっては大した餌じゃない。

そう、運営から貰った餌は余りに質が低く不味い。

なのに、私はこれからもその飼い主の為に、強制的に働かされるの?


「……笠羽ちゃん、運営は第一イベントの後も私に何がしようとしてるの?」

「まだ詳しくは聞かされてはいませんが、

 社長はイベントを定期的に行う予定だと言ってました。

 だから、きっとまた佐藤さんはイベントに参加させられると思います」


……まだ、私を苦しめようとするのか。


もういいでしょ。

こんな臆病な私なんかよりもっといい人がきっといるでしょ?

どうして私に拘るの? どうしてこんな目に合わせるのよ?


私は微かに震える手でカップに残っていたコーヒーを飲み干す。

もう冷たくなっていたコーヒーでは、

私の乾いた喉を潤すには不十分で、物足りなかった。

頼んでいたケーキも一口食べてみる。


……あぁ、コーヒーによく合うしっかりとした甘さだ。

それでいてくどくないし、お互いの良さを引き立てて、

私の心を満たそうとしてくれる。



────だけど、まだ足りない。



「……笠羽ちゃん、コーヒーのおかわりいる?」

「へ? あ、はい。欲しいです」

「じゃあ、奢ってあげる」

「えっ、いいんですか!? で、でもそんなのわる」

「その変わり、わたしがこれからやることに何も反応しないでね」

「え」


私は店員さんを呼び、笠羽ちゃんのコーヒーを頼んだ後、

メニューのケーキ一覧を指さしながら、なるべく無感情を貫いてこう言った。


「ここからここまで一つずつ下さい」

「は、はい!?」

「……っ」


店員さんは物凄く驚いた顔をして、私を見てきた。

笠羽ちゃんはというと一瞬だけ驚いた顔をしたが、

すぐにいつもの笑顔に変わった。


「えっ、と、か、畏まりました。少々お待ち下さい」


店員さんは困惑しながらも、注文を伝えにカウンターに戻っていった。


もういい。もういいんだ。

もう、私は疲れた。疲れたときには何がいい?


そう。甘いものだ。

甘いものを摂取すれば、

忽ち気分爽快、意気軒昂、無病息災と、いい事ずくめじゃないか。

幸いそれが出来る充分なお金もある。


あぁ、そうだとも。

だから、私のこの選択は正しいんだ。

森羅万象、この世はスイーツで出来ているんだから。


残っていたショートケーキを私は早口で食べ切り、

暫く待った後に頼んでいたスイーツがテーブルに並べられる。

りんごのタルト、チーズケーキ、モンブラン……と、

テーブルが徐々にスイーツで埋め尽くされていくのは実に壮観だ。

全ての注文が揃ったとき、カフェならではの

小さくて可愛らしい二人用のテーブルには、

スイーツ達がギチギチに詰まっていた。


美しい……ここには人類の夢が集っている。


「…………」


笠羽ちゃんは何も言わない。

スイーツを凝視したまま微動だにしてない。

きっと笠羽ちゃんもこの景色に感銘を受けているのだろう。


さて、もう機は熟した。

いざ──実食だ。


「うーん! 美味しい~!」

「…………」


うまい! うまい!

どのスイーツも最高だ。

よく旨味が練り上げられている。至高の領域に近い。


私は次々にスイーツを食べていき、

食べ終わったら皿を重ねてを繰り返して、テーブルの空間を広げていく。

その間も笠羽ちゃんは何も言わずに、私をずっと見つめていた。

心なしか笑顔が引き攣っているように見えるが気の所為だろう。


全てのスイーツを食べ終わり、

幸せを噛み締めていた私はとあることに気が付いた。



「…………食べ過ぎたわ」

「…………ですよね」


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