第23話 造花として素晴らしいです

両親から生まれなかったことにしたい。


……なんて悲しい願いなんだろう。

どれ程辛い思いをすればそんな願いを本気で叶えようとするんだろうか。

意地の悪い冗談や、その場で怒りでカッとなって、

そう言ってしまうのはまだあるかもしれない。

けれど、生き残るのが前提だったとしても、

そんな人が平気で死ぬイベントで勝ち上がってまで、

その願いを叶えたいと思い詰めてしまうなんて……。


想像しただけで怖気立つ。

この子はそれ程までに実の両親を憎んでいたのか。


しかし、自分を奴隷のように扱おうとした両親なのだから、

そう思ってしまうのも当然かもしれない。

でも、だからって……いや、私がどうこう言える立場じゃない。

この子の感情はこの子にしかわからないのだから。


……それにしても、この悲愴な願いに対して私はなんて答えればいいのだろう。

同情して「それで良かったと思うよ」なんて、

軽々しくなんて言えるわけない。

笠羽ちゃんもきっと凄く悩んだ末にそう願った筈だし、

別に正しい事だと思ってやったつもりじゃないだろう。

だからと言って、「辛かったでしょう」と寄り添うのもどうなんだろうか……?


どう返すべきかと私が悩んでいると、

笠羽ちゃんは申し訳なさそうにして眉を落として頭を下げてきた。


「ごめんなさい。困らせてしまいました。

 わたしの身の上話なんてどうでも良かったのに。

 話すべきじゃなかったです」

「えっ? いや、そんな事……」

「いえ、話した後の事をもう少し考えておくべきでした。

 ……わたしはただ、わたしが叶えた願いを話す事で、

 佐藤さんに運営の力がどれ程のものであるのかを伝えたかっただけで……。

 余計な心配をお掛けしてしまいました」

「う、ううん。全然余計なんかじゃないって。

 少なくとも私にとって、まだ笠羽ちゃんは私のパートナーだもの。

 貴方の身の上話を聞けるのは嬉しいし、

 話してくれて凄く有難いと思ってる。

 だから、笠羽ちゃんが謝る必要なんてないわ」

「…………ありがとうございます」


私が言った言葉に笠羽ちゃんは困ったように笑ってくれる。


うん、かわいい。やっぱりこの子は笑顔が似合う。

それに何だか最初の頃の笑顔よりも魅力的に感じる。

そうだ。ずっと辛い思いをしてきたのだから、もっと笑顔になるべきだ。


「佐藤さん。そういって貰えるのは凄く嬉しいです。

 でも、わたしはそういって頂けるような人間じゃないんです」

「さっきまでの話を聞いても、私はそうは思わないわ。

 笠羽ちゃんのせいじゃない事ばっかりだったし、

 それだけ笠羽ちゃんは追い詰められてたんでしょ?」

「……それだけじゃないんです。わたしがあのイベントに優勝した後、

 わたしは報酬と引き換えに、"ある指示"を運営から受けていました。

 だから……わたしは佐藤さんの仲間になったんです」

「──!?」


あの時の出会いは偶然じゃなくて、

仕組まれてた事だったってこと!?


あぁー、道理で都合よくこんなに有能な娘が仲間になってくれたわけだ。

運営は最初からこの子を私に味方をつけるつもりで────


「わたしは運営から受けていた指示は

 “佐藤真知子の敵か味方になれ“というものでした。

 報酬はそれぞれで、一番厄介な敵になる事が出来れば現金300万円を。

 佐藤さんの一番優秀な味方になる事が出来れば、

 適当なガチャアイテムを貰えるというものでした。

 そして、わたしは……佐藤さんの敵になる事を選んだんです」

「は、はぃい!?」


でっきり仲間になるように言われていたのかと思っていたが、真逆だった。

いや、どういう事!? 

敵に成ることを選んだって全くそんな素振り無かったし、

居てくれて助かった記憶しかないんだけど……!?


「佐藤さん。あのイベントでの

 わたしが出した指示をよく思い返してみてください。

 何かおかしかったと思いませんか?」

「い、いや、どこもおかしなとこなんて……」

「わたしは佐藤さんに木の陰に隠れて、

 近づいて来た敵が何か行動する前に潰すように、

 5メートルまで敵が近づいたら突撃するように指示を出してましたよね? 

 確かに敵に何もさせないようにする戦略は、

 敵の能力が不明な戦いでは有効な戦術だと思われたかと思います。

 でも、必ずしも佐藤さんが先手を取る必要は無かったんです」

「え、それって……もっと私にとって安全な戦い方があったってこと?」


笠羽ちゃんはこくりと頷いた後、

ズボンのポケットから手帳を取り出して、

ペンで図解を書いて説明し出した。用意がいいなぁ……。


「例えばこうしてわたしが先に〈水鉄砲〉で攻撃して敵の不意をついて、

 注意を引き付けた後に別方向から佐藤さんに突撃してもらうとか、

 力がとても強い佐藤さんに敵に剣を投げつけて貰い、

 吹き飛んだ敵の隙をついて一斉に攻撃するとか、

 他にも取れる戦術はありますが、

 要するに佐藤さんのリスクを抑える事は充分に可能だったんです。

 ……まぁ、佐藤さんが強すぎたので、

 結果的にあの戦術は上手く機能しちゃったんですけどね」


つまり、笠羽ちゃんは一見有効的な戦術を私に提供する事で、

優秀な味方であると見せかけていた訳か。

わたしに矢面に立って貰う作戦を建てる事で、

バリアの防御可能回数をなるべく減らそうとしていたと。


成る程、確かに立派な“敵”の考えだ。

でも──


「……笠羽ちゃん。でも、やろうと思えば

 もっと私を陥れる事が出来たんじゃないの? 

 たとえ他の参加者に協力してもらって私を罠にはめるとか」

「……可能なら、そうしていたと思います。

 ですが、佐藤さんは強すぎたんです。

 わたし一人ではいくら戦略を立てても、

 ステータス値のゴリ押しで突破されそうでしたし、

 他の人の手を借りようにも〈枯葉〉の人達は

 〈造花〉の私には貸し出されません。

 同じ〈造花〉の人達も私と同じ指示を受けていましたが、

 わたしはあの人達を蹴落として勝ち上がったので……」

「……あいつら、指示だけ出して自分達では何もしないのね。

 現地で仲間を募るのは? それも駄目だったの?」

「あの第一イベントの参加者は、私達〈造花〉と、〈枯葉〉の人達と、

 一般の参加者の3グループに分ける事ができます。

 先程説明しました通り、わたしは一般の人以外には頼れないのですが、

 あれだけ広い公園の中で、上位陣と、〈枯葉〉の人達を避けて

 一般の参加者だけを探すのは非常に困難ですし、

 余りにも時間が掛かってしまいます。

 それに、そんな事で時間を使っていると、

 他の〈造花〉の人が先に運営に評価される恐れがあったので、

 わたしは仕方なく一人で、佐藤さんに近づくしかなかったんです」

「……そう」


説明を続ける笠羽ちゃんは平静を保とうとして、

引き続き無表情の仮面を被っている。

けれど、その仮面はひび割れていて、そこから漏れ出した声は震えていた。

敵だったという発言を少しでも嘘だと思いたくて、

執拗に質問していたが……この様子だとそれは杞憂だったらしい。


ただ聞くだけの私よりも、

きっと笠羽ちゃんの方が辛いのだと、そんな風に思えた。


「……あの作戦は佐藤さんの突撃が敵に防がれ、

 混戦になる可能性も考慮に入れて立案したものでしたが、

 佐藤さんの動きが速すぎた為に、最高効率で敵を倒せる戦術と化してました。

 そして、たった二回起きた戦闘らしい戦闘でも、

 佐藤さんは不意打ち以外の攻撃は全部防げてしまってました。

 正直、わたしは内心で震えてましたよ。

 こんな冗談みたいな人、どうやって倒せばいいんだって」

「………あはは、それは残念だったわね」

「……もう充分伝わりましたよね。

 わたしは佐藤さんの仲間に相応しくないって。

 わたしは、お金欲しさに佐藤さんに擦り寄ったんです」

「…………」

「それでも今日、わたしが佐藤さんと会った理由は、

 運営の残虐さと非道さを伝える為で、

 わたしなんかよりもっと信頼出来る人と

 仲間になった方がいいと提案する為です。

 佐藤さん、本当にごめんなさい。

 わたしは……貴方の相棒に、なれません」



笠羽ちゃんはそう言って、深々と頭を下げてきた。



──ショックではある。


でも、私だって別に笠羽ちゃんに

何も思惑がないと思っていた訳じゃない。

寧ろこんな有能な子が都合よく私の仲間に

なってくれた理由が分かってスッキリしたくらいだ。

っていうか、私が笠羽ちゃんと仲間になった理由も

相当酷いのだから、お互い様な位だろう。


ただ、実際に裏切者でしたって聞いたら……

結構辛かったってだけの話だ。

だから、この子がそんな風に謝ってくれる必要はない。


「笠羽ちゃん。顔を上げて?」

「…………でも」

「私は裏切られたなんて思ってない。

 私が仲間を欲しがってた理由があるのと同じように、

 笠羽ちゃんにも色々あるんだろうなって最初から分かってた。

 だから、笠羽ちゃんが気に病む必要なんてないのよ」

「……っ」


笠羽ちゃんは少しずつ顔を上げて私を見つめてくる。

苦しそうで泣きそうな顔だ。

代わりに私は"心のままに"最高の笑顔で迎える。

私の為に話したくない過去を喋り、

思い返したくもない惨劇を語ってくれたお礼にしては安い返礼だ。


でも、これが今の私に出来る精一杯のお返しだ。

だから、穏やかな笑顔になりながら私は話を続ける。


「笠羽ちゃん。私だって貴方を利用してたわよ? 

 心細くて辛いからって、貴方にずっと頼り切って、

 自分はただ指示に従うだけでいいって甘えてたわ。

 だから私は貴方を責める理由もないし、

 それこそ、"権利"なんてない。そうでしょ?」

「……違いますよ。それはわたしが、

 佐藤さんを仲間に誘ったからそうなっただけで」

「だとしても、私は貴方に本当に助けてもらったって思ってる。

 私は貴方に感謝してるし、これからも私を助けて欲しいって思ってるの。

 勿論、貴方が嫌なら私はそれを無理強いなんてしないわ」

「…………」

「笠羽ちゃん、貴方が許してくれるなら、

 私はずっと貴方と相棒のままで──友達でいたい。

 きっと、おんぶにだっこになっちゃうと思うけど、

 それでも、力仕事なら役に立てると思うから……駄目かな?」


私が素直な気持ちを伝えると笠羽ちゃんは俯いてしまい、

長い金髪が肩からサラリと落ちて、そのまま動かなくなってしまった。


……私の気持ちは伝わっただろうか。

っていうか、どさくさに紛れて友達になろうとか言っちゃったけど、

ちょっと踏み込み過ぎたかな……?


笠羽ちゃんはそのまま暫く沈黙を保った。

膝に置いた手は固く握られていて、よく見ると身体は少し震えていた。

その間に私は温くなっているコーヒーを飲み、

緊張している心を落ち着かせる。


それからコーヒーを半分くらい飲み終わった時、

笠羽ちゃんは再び口を開いてくれた。


「…………佐藤さん。私は、笑顔が嫌いなんです」

「! ……うん」

「親もクラスメイトも、参加者の人達も。

 どの人の、どの笑顔も嫌いでした。

 あの人達が向けてくる笑顔についてる目はわたしを見てない。

 いつだって、その先にいる自分を見てました。

 誰も、わたしの事なんて気にかけてくれなかった」


笠羽ちゃんの告白に私が驚きつつも返事をしたが、

その返事よりも早く言葉が続けられる。

私の返事を聞く余裕もないのか──笠羽ちゃんは独り言のように話を続けた。


「誰かの笑顔だけじゃなくて、自分の笑顔も嫌いです。

 わたしの笑顔はいつだって嘘で、誰かを欺き操って、

 何かを隠すためのものでしかありません。

 わたしの笑顔に釣られて縋ってきた人達は、

 わたしの指示を聞くだけで、わたしを助けようとはしない。

 作ってきた笑顔の後に残るのは、いつだって虚しさと苦痛でした……。

 だから、私は笑顔が嫌いなんです」


「佐藤さんの笑顔も最初は嫌いでした。

 きっとこの人も同じだと思っていましたから。

 でも……佐藤さんの笑顔だけは違った。

 最初は分かりませんでした。

 わたしは誰かの笑顔なんて見たくなくて、

 人の顔をはっきりと見ないようにしてましたから」


「でも、わたしを必死に守ってくれて、庇ってくれた時から、

 わたしは始めてこの人の笑顔が見たいって、思ってしまったんです。

 そして、いざはっきりとその瞳を見たら、

 佐藤さんの笑顔には……その目には……しっかりとわたしが写ってた」

 

「──嬉しかった。わたしをちゃんと見てくれる人の目は、

 こんなにも綺麗なんだって、初めて知ったんです」


「佐藤さん、わたしはあなたの笑顔が好きです。

 佐藤さんにはいつまでも笑ってて欲しい。

 だから……だからこそ、わたしなんかが隣にいるべきじゃない。

 離れるべきだって……佐藤さんの言葉を聞くまで……そう、思ってました」


そこまで話した後、笠羽ちゃんは漸く顔を上げてくれた。

上げた笠羽ちゃんの顔は酷く不安そうで、

今にも零れそうなくらいに目尻には涙が溜まっていた。


「佐藤さん……わたしは……貴女の、

 相棒のままで、いいんでしょうか?」


そんな状態のままに、笠羽ちゃんは掠れた声で私に尋ねてくる。

私は笠羽ちゃんの質問を聞いて安堵した。

そして、その気持ちのままに笑みを零して質問に答える。


「──本当に奇遇よね。笠羽ちゃん」

「えっ?」


本当に良かった。そう聞いてくれて。

私を、受け入れてくれて────



「私は貴女の笑顔が好きよ。

 だから、ずっと近くで貴女の笑顔を見ていたいわ」



偽物の笑顔でも、私は笠羽ちゃんの笑顔が好きだ。


そんな思いのままに言った言葉を聞いた笠羽ちゃんは

目を大きく見開いて、その端から一筋の涙を零した。

それから両手を自分の顔に当てて、静かに泣き続けた。


暫くの間そうしていた笠羽ちゃんだったが、

やがてゆっくりと起き上がって、

私に向かって照れくさそうに微笑んでくれた。


「…………佐藤さんが男の人じゃなくて良かったです。

 とんだ口説き文句じゃないですか。もう」


笠羽ちゃんはまだ溜まっていた涙を拭いてから、

反論するようにそう言った。

確かにクサ過ぎるセリフだった気がする。

うっ、急に恥ずかしくなってきた。顔が熱い。


「あはははっ。さ、佐藤さん顔真っ赤ですよ? あははっ」

「ははは……言っておいて何だけどさ。

 今のセリフなかった事に出来ない?」

「いーえ、忘れませんよ……絶対に」



────そう言って笠羽ちゃんが見せた笑顔は、

これまでの笑顔より、ずっと魅力的で眩しいくらいに綺麗だった。


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